第3話 わからないものは、わからない



そう言えば、この部屋はなんだろう?

生活感がまるでない。

小さなチェストと机と椅子、寝台と壁に掛けられた鏡。

この部屋にあるものは、それで全部だった。

鏡がないと思っていたのは、勘違いだったようだ。

どれだけ余裕なかったんだ、私。

さっそく鏡で自分の姿を見てみた。

確かにそこには、お化けと瓜二つの顔があった。

というか、体を借りているのだから、似ていて当たり前なのだけど。


「ここって、医務室か何かですかね?」

「(私の部屋だ)」

「まさかの自室!?」

「(これで十分だろう)」


必要最低限という意味ならば問題ないのだろうが、モデルルームだってもっと家具が置いてあるし、生活館もある。

壁に掛けられたシンプルな鏡で、改めて自分の顔を見てみる。

可愛いとも美人とも言えない顔だった。

いたって普通だが、シミもしわもなく肌はきれいだ。

口元のほくろが印象的かもしれない。

素材はいいので、化粧でもすれば化けるかも。

黒髪、黒い瞳。

体は細身の割に、胸は大きい。

両手で掴んで、余りあるサイズ。

寄せなくとも、谷間ができる。

触ると柔らかい。

永遠に揉んでいられる。

今まではちょうど手のひらサイズだったので、これだけはめちゃくちゃうれしい。

まるで夢のようだ。


「(人の体で何をしている?)」

「いや、その。今までなかったものがあるので、つい、出来心で」

「(まさか、お前は男か?!)」

「いえ!れっきとした女性です!佐藤真琴といいます!」

「(そうか)」


すごい焦りっぷりだったな。

確かに、男の人に体の中に入られたら、私だって死にたくなるよなぁ。


「あのー、あなたのお名前は?」

「(ここでは、リノと呼ばれている)」

「リノさん、ですね」

「(今はお前の名前だ。覚えておけ)」

「はい!」


リノ。

覚えずらい。

呼ばれた時、反応できるだろうか。

リノ、リノ、と、彼女の名前を頭の中で繰り返す。

絶対忘れそう。

能面お化け、改め、リノさんは、自分の置かれた状況に慣れようと必死に色々試しているようだった。

そのなかで、判明した事がいくつかあった。

彼女は、当然のように、鏡に映らない。

お約束で、壁を通り抜けられる。

その辺を自由に飛び回れる。

物に触ることはできないが、気合いを入れれば、触ることができる。

テンプレ的な幽霊と変わらないじゃん。

突っ込みを入れたかったが、止めておいた。

そういえば、と。

今、着ている服は、黒ワンピースに白いエプロン着用の、ザ・メイドと言わんばかりのものだった。


「あのー、リノさんはここでどんな仕事をしていたんですか?」

「(人殺しをしている)」

「は?」


突拍子もない答えに、思わず聞き返してしまった。


「人殺し、ですか?」

「(正確には、対象者を事故に見せかけて殺すための目測を付けている最中だ)」

「さ、左様ですか」

「(あぁ。そのために、今はここで女中の真似事をしている)」

「真似事」


オウム返しのように、何度も相手の言葉を復唱する。

だめだ。

話が突拍子過ぎて、理解が追いつかない。

私はどうやら、おとぎ話の世界にでも迷い込んでしまったようだ。


「(お前の仕事はなんだ?)」


頭を抱える私に向かい、能面お化けはそう尋ねた。


「学生です」

「(どんなことを学んでいるんだ?)」

「普通科なので、特にこれといって特筆すべき点はないのですが、部活は吹奏楽部です」

「(よくわからないな)」

「改めて考えると、私にもよくわかりません」


人殺しが仕事って、どういう仕事なんだろう?

よくわからん。

それきり、話す話題もなく、静かな時間が過ぎていく。

彼女は、壁の向こうとこちら側を行ったり来たりして遊んでいるが、私にはすることはない。

暇だ。

リノさんは、空中を泳ぐようにくるくる回り、とても楽しそうだ。

贔屓目に見て、彼女は楽しんでいる。

そう。

現状を楽しんでいるように見えるのだ。

正直、私もそっち側が良かった。

壁抜けとか、めっちゃおもしろうじゃないか。

恨みがましい目で見ていたら、それに気付いた彼女は、空中にさかさまに静止した。

さかさまになっても、髪が乱れたり、スカートがめくり上がったりはしないらしい。

一体、どんな法則なんだ。


「めちゃくちゃ楽しんでませんか?」

「(あぁ、そうだな)」


そして、相変わらずの無表情で、彼女はそう言った。


「(この姿も悪くない)」


くっそ!

そっちのほうが楽しそうじゃないか。

なんだか、めちゃくちゃ羨ましいぞ!!



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