第2話 どうしてこんな目に


「うわぁ!」


落ちる感覚にびくっとして、思わず叫んでしまった。


「うぉう!!」


目の前には、すごい形相の女性がいた。

2度びっくりした。


「ご、ごめんなさい」


ベッドに寝かされていたようで、その女性からやんわり距離をとろうと、起き上がろうとして、違和感に気付く。


「え?」


胸が大きくなってる。

髪の毛が伸びている。


「え!」


声が違う感じがする。

そして、何より。


「えぇー!!」


目の前の女性は、空中に浮いている。


「お、お化け!」

「(誰がお化けだ!)」


女性がこぶしを振り上げてきたので、とっさに両手で頭を抱えた。

ぶん、と思い切り振りかぶって、殴りかかってきたと思った。

それなのに、その手は私をすり抜けていった。


「お、おばけだ。ほんものの!」

「(ちがう!)」


お化けは、空中をぐるぐると回り、全力で否定してくる。

空中を飛び、物を通り抜けられるのに、お化けじゃないわけがない。

ぜったい、この世のものじゃない。

ばたばたと部屋中を逃げ回り、ドアまで移動して、勢いよくドアノブを開けた。


「お、お、」


床に膝をつき、這いながら部屋を出ると、すぐ近くに誰かの足が見えた。

顔を上げると、茶色の髪の男性がすぐそばに立っていた。

よかった。

人がいた。


「おばけ!お化けがあそこに!」

「……大丈夫ですか?」

「(いい加減にしないか!)」


男の人の足にしがみつき、全力で訴えたが、彼はいぶかしげな顔をする。


「何も見えませんけれど」

「だって、ほら!そこに!」


どんなに訴えても、彼は見えないと言うばかり。


「……お疲れなのでしょう。本日はこのままお休みください」

「待って!一人にしないで!憑り殺される!」

「(誰が殺すか!)」


男性は私を引き剥がし、変な顔のまま、歩いて行ってしまった。


「待って!信じて!話を聞いて!」


どんなに助けの手を求めても、足音は遠ざかっていく。

終いには、お化けに足を掴まれ、部屋の中に引きずり戻された。

そうして、ばたんと、外に続く扉は閉められる。

ドアノブに手をかけたが、がちゃがちゃという音を出すばかりで開けられなかった。


「と、閉じ込められた!」

「(話を聞くのはお前だ!阿呆!)」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「(いいかげんにしろ)」


怖がる私を放って、お化けは壁を抜けて、どこかへ行ってしまった。


「一体私が何したっていうんだ」


体も声も自分のものじゃない。

鏡がないからわからないが、この調子なら、顔も別人のものだろう。

部屋の隅に座り込み、寝台から引っ張ってきた布団をかぶった。

正直、怖くて怖くてたまらなかったから。

どうしてこんなことになったんだろう。



うずくまって、しばらく経った頃、こんこんと、控え目な音が聞こえた。

思わず構えるが、それが扉を叩く音だと気が付いて、かぶっていた布をばさりと取って、這いつくばりながらドアへと向かう。


「(おい)」


不意に声がかかる。

びくっとして、体が固まった。

まだいたのか。

振り向きたくない。

けれど、興味には勝てなかった。

ゆっくりと首を動かして、声のする方を見た。

西洋風の女中服に身を包んだ黒髪の女性が、床にあぐらをかいて、どっかり座っている。

顔が怖い。

よく見ると、服は私が着ているものと同じみたい。

こんこん、と、急かすようにノックは続く。


「(早く出ろ)」

「はいっ!」


腰が抜けたのか、立つこともままならず、這いながらドアノブに手をかけた。

震える手で、ぎゅっとノブを回すと、あっけなく扉は開く。

そこには、スーツ姿の男性が立っていた。

彼は私を見降ろすと、にっこり笑って、私を押しのけて部屋に入り、そのままドアを閉めた。

それから、スーツ姿の男性はしゃがみ込み、目線を合わせてくる。

詐欺師みたいな笑顔で、私の警戒心はマックスになる。


「いやー、すみません」


薄い笑顔のまま、彼は開口一番、私に向かって謝ってきた。


「こちらの手違いで、こんなことになってしまい、申し訳ない」


わけも分からず、ぽかんとする私に向かって、彼は説明を続ける。


「新人に担当させたんですけどね。まさか、こんなミスを仕出かすとは思ってもみませんでしたよ。いやー、じんせいって、本当に何が起こるか分かりませんよね」

「はぁ」

「まぁ、そういうわけなんで。新人のミスですから、多めに見てやってくれませんか?」

「すみません。仰っている意味がよくわからないんですけど」

「ですからね。新人のミスで、あなたは本来行くはずのない場所に来てしまったんです」


新人新人と、うるさいくらいに新人のせいだということを連呼してくる。

そこまでは理解した。

アホな新人のせいで、私はこうなった。

だからなんだと言うのだ。

なんだか、怒りがわいてきた。

とりあえず、話を進めようと、小さく頷いてみる。


「それでですね、まぁ、新人のやったことなんで、許してやってくれませんか?」


男性は、悪びれもせずに、にこにことうすら笑いを浮かべている。


「あの、お化けがそこにいるんです。見えますか?」


男は、にんまりと笑う。


「えぇ」

「ほんとですか!?」

「はい。だって、その体の持ち主は、彼女ですからね」

「は、はい?」

「ですからね。あなたは、彼女の体を間借りしている状態なんですよ」

「はぁぁあああ???」


あまりにも酷い説明だ。

間借りだと?

わけわからん。

どーいうこと?


「申し訳ありませんねぇ。事情が立て込んでいるもので、少しだけ彼女に貸していただけませんか?」

「(そんなバカな話があるか!)」


お化けさんも、たいそうご立腹なようだ。

その気持ち、よくわかります。

男性のバカみたいな笑顔にも、へらへらと謝るつもりなんてないと言わんばかりの顔にも、腹が立って来た。


「……そんな虫のいい話はないですよね?」

「ですよねぇ」


男性の態度にも、腹が立って仕方なかった。


「無理ですよ。絶対に許しませんから」

「まぁ、そこを何とか、穏便にですね」

「こっ、こんなわけのわからない状況に、はいそうですか。なんて言うと思ってたんですか?!」

「はい。だから、こうして上司の私が直接謝りに来ているんですけどね」

「(私は体を返してもらえればそれでいい)」


能面みたいに表情の変わらない幽霊は、体を返せと訴えてくる。

そりゃそうだ。

いきなり赤の他人に体を乗っ取られたのだから、そう願うだろう。

しかし、私は違う。


「あなたはそれで良くても、私は違うの!弁護士雇って民事で争ってやる!」

「困りましたねぇ。あなたの肉体はすでに処分されていて戻ることができないんですよねー。本当に申し訳ない」

「絶対思ってないでしょ!」


彼は、うーんと考えた後、ぽんと、手を叩いた。


「わかりました!では、こうしましょう!」


まさに、いいこと思いついた!みたいな顔で、うすら笑いから、いいことおもいついっちゃったという顔に変わった。


「こちらからいくつか提案させて頂き、あなたがその中から選ぶ。というのはどうでしょうか?」

「わかった。あんたの上司に言いつけてやる」

「おぉ、怖い怖い。まぁ、今日のところは、話だけでも聞いてみませんか?どうするかは、そのあとで考えて頂くということで」


そして、彼が提案してきた内容というのが、これまたどうにも飲みこめない案ばかりだった。


「このまま、ここでこの姿で生きるというのはいかがでしょうか?」

「(そんなこと、許せるわけがないだろう!)」

「ですよねー」

「(当たり前だ!)」


能面お化けは、すごい勢いで男の人に掴みかかっていった。

そりゃそうだよ。

もし、私が同じ立場だったら、絶対に拒否します。


「分かりました。では、この世界で生まれ直すというのはいかがですか?最近流行ってるでしょう。異世界転生ってやつ」


まぁ、そうかもしれないけれど。


「ちょっと考えさせて下さい。大事なことなので、安易に決断はできません」

「ですよねぇ」


スーツ姿の男性は、うなりながら天を仰ぎみている。

きっと、いい案を考えているのだろう。


「元の世界に帰る、というのは無しですか?」


うーん、それはねー、と独り言を繰り返す男性は、渋い顔を向ける。


「魂を違う次元に持ってきちゃったので、それは無理ですねー」


私の希望をあっさり拒否した男性は、時計を見る。


「あぁ、もうこんな時間だ。また来ます。すみませんねぇ。これでも忙しい身の上なんですよ」


とか言って、唐突に去っていこうとした。


「待って!私はいつまでこのままでいればいいの?」

「ほんの少しの間ですよ。では!」


片手を上げて、別れのあいさつをする男に大事なことを聞くのを忘れていた。


「待って!お名前は!」

「神です」


そう言って、スーツ姿の神とやらは、にっこり笑って消えてしまった。


「き。消えた!」


ドアから入ってきたのに!

そうして、彼が消えてしまうと、部屋に残されたのは、能面顔の幽霊がいっぴき。

おそるおそる顔を向けると、彼女は相変わらずの能面顔で、私に文句を言ってきた。


「(どうしてすぐに条件を飲まなかったんだ。体を返してくれ)」

「そんなこと言われましても。あれが確約された話かもわかりませんし」

「(それはそうだが)」


能面おばけは、くるくると空中を回る。

そこで、気づいていしまった。

彼女、足があるぞ。と。

なんだ、足あるじゃん。

幽霊でもなく、お化けでもない、生きているのか、死んでいるのか分からない状態なのかもしれない。

では、残された可能性はただひとつ。


「あの、もしかして、妖怪になったんですか?」

「(そんなものと一緒にするな!)」

「すみませんっ!」


終いには、怒られてしまった。


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