訂正しても結婚を迫ってくる

 二人が付き合いだして翌日、良平は桃花と登校するために、家の前まで来ていた。

 インターホンを鳴らすか迷ったが、家の人がいたら何を話していいかわからないので、スマホのチャットアプリで桃花にメッセージを送り、待つことにしたようだ。


「お兄さん、お待たせしました」


 メッセージを送って一分ほどしたら、桃花は家から出てきた。

 桃花はすぐに良平の腕に抱きついて、昨日の夜に一人でいた寂しさを埋めていく。

 とても笑顔であり、この様子を見たら桃花がベタ惚れだということは誰だってわかる。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 二人して学校へ向かう。

 学校に近づくにつれて学生が増えてくるので、二人のことを見る人が増え、「妊娠したって噂は本当だったのか……」や、「こんな現実を突きつけてくるなんて世の中は残酷だ」などと嘆いている人がいる。

 本気で殺しそうなくらいの視線を多数向けられ、良平は桃花が本当にモテるんだと実感した。


☆ ☆ ☆


 学校では二人の噂で話が持ちきりである。

 やっぱり桃花というのと、妊娠したって言葉は本人の口から発せられたというのが大きいだろう。

 学校でも一人の時間が多かった良平にとっては周囲からの視線に慣れておらず、非常に居心地が悪い。

 面倒くさいな……と思いながら、良平は桃花を連れて教室に向かう。


 教室には大体二十人くらいの人がいた。

 その全員から視線を向けられ、男子からは「良くも神崎さんを……」言われ、女子からは白い目で良平のことを見ている。

 ここにいる人たちは桃花の言葉を直接聞いているので、噂と思っている人はいない。


「桃花」

「はい……」


 全員が二人のことを見ている中、桃花は深呼吸をした。

 一度自分から言った言葉を訂正するのだから、緊張してもおかしくない。


「あの……皆さん、聞いてください。昨日は妊娠したと言いましたが、勘違いだったようです」


 突然の訂正にクラス中の人たちがキョトンとした。

 当たり前だ。もう学校中で噂になっているのに、いきなり妊娠していないと言われたのだから、そんな反応になっても仕方ないだろう。


「お兄さんはきちんと避妊をしてくれましたし、昨日の夜に生理がきましたので、妊娠していません」


 あくまで付き合うための嘘とは言わずに、勘違いだったと言った。

 それについては良平からどうこう言うつもりはない。

 もう桃花と付き合っていることは隠しようのないことだし、高校生の男女が付き合ったのなら、そういったことをするのは普通だろう。

 二人はまだキスまでしかしていないので未経験ではあるが。


「私から誘惑したので、お兄さんのことを悪く言わないでください」


 桃花は誠心誠意の想いを込めて頭を下げる。

 いくら自分が撒いた種とはいえ、彼氏が何か言われるのは嬉しくない。

 だから良平が一切悪くないことを桃花は説明した。

 そんな説明を聞いている内に女子の方は白い目を向けるのは止めてくれたが、男子はやっぱり殺意のこもった視線を良平に向けている。


「お兄さんは無表情で感情がないかと思われがちですが、私を家まで送り届けてくれて本当は優しいんです」


 途中から完全にノロケに変わってしまってしまい、良平ですらキョトンとしてしまう。

 どんなイケメンが告白しても堕とすことができないと言われる桃花がこんな風になるなんて、誰も予想すらしていなかった。

 頬を赤らめて良平のことを語っている桃花は本当に恋をする乙女のようだ。


「ねえねえ、佐藤くんは神崎さんのどこが好きなの?」


 一人の女子が二人に近づいて話しかけてきた。


「えっと……誰?」

「まだクラスメイトの名前を覚えてないとか興味なさすぎでしょ。私は三司恵里菜(みつかさえりな)だよ」


 少女はため息をしながら自己紹介をした。


「それでお兄さんこと佐藤くんは神崎さんのどこが好きなの?」


 リスのような可愛らしい大きな瞳を良平に向けながら訪ねる。

 どこが好きと聞かれてもまだそんな感情がないので、正直に答えられるはずがない。


「えっと、妹と桃花が仲が良くて家に遊びに来たりするんだけど、そこから話すようになって自然とかな」


 なので適当に誤魔化すことにした。

 それを聞いていた男子が「何で俺には妹がいないんだー?」と叫び出す。

 良平が本当にうるさいから黙ってほしいと思ったが、面倒なので何も言わなかった。


「ほうほう……じゃあ、容姿だけで好きになったりはしなかったの?」

「そうだな。まあ、可愛いとは思っているよ」

「か、かわ……」


 そんなことを言われるとは思っていなかった桃花は顔をを真っ赤にさせる。

 他の人からは言われたりしているが、好きな人から言われるとやっぱり嬉しい。


「いやー、ご馳走様です」


 恵里菜は満足したかのように笑みを浮かべて友達の元に戻って行った。


「お兄さんって女の子の友達がいたんですか?」

「いや、初めて話した人だが……」


 クラスメイトの名前すら覚えていない良平には、女の子の友達なんてもちろんいない。

 だから話すことは業務的なことばかりだ。


「そうですか。来年には私たち結婚しますから、あんまり女の子とは仲良くしないでくださいね」


 一瞬の沈黙の後、クラス中が煩くなったのは言うまでもない。

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