お弁当
「ねえ、帰らないの?」
「まだ帰りませんよ」
桃花の目的である良平と付き合うことは達成されたけど、帰る気配が一切ない。
特に帰ってほしいということはないが、まさかここまでくっつかれるとは思ってもいなかった。
放課後から一秒たりとも離れていないんじゃないかというくらいにくっついてる。
「そういえば詩織はまだ帰ってこないな」
学校が終わってからだいぶ時間がたっているのにも関わらず、詩織は帰ってきていない。
「詩織ちゃんは友達と遊ぶみたいですよ」
「そうなのか?」
「はい」
詩織は良平と違って友達が多いので、学校終わりに遊びに行くことはあるだろう。
「先に言っといてくれたら帰りにご飯を買ってきたんだけど」
良平は料理することができないから、基本的には詩織任せ。
だから何かしらの理由で作ることができないなら、連絡くらいしてほしい。
もうすぐ十二時になるので、リビングにカップラーメンなんかがあるか確認する必要がある。
「ご飯については大丈夫ですよ」
鞄から何かを取り出す桃花。
「お兄さんのためにお弁当を作ってきました」
ピンク色の布に包まれた四角い物体はお弁当箱のようだ。
詩織に好きな食べ物についてなどを聞いていたみたいだし、食べてほしくて作ってきたのだろう。
布を取り箱を開けると色とりどりの美味しそうなおかずが並んでいる。
良平が好きなおかずを中心にして栄養バランスも考えられており、とても丁寧に作られているのがわかった。
「箸が一つしかないけど、持ってくるか?」
「いえ、私がお兄さんにあーんってして食べさせてあげるので、一つでいいんです」
「あ、そう……」
これは良平の予想であるが、詩織が一枚噛んでいるはずだ。
恐らく詩織に「告白するから二人きりにさせて」と言い、友達と遊びに行ってもらっているのだろう。
流石に子供ができたと桃花が言うなんて詩織も思っていないだろうが。
「お兄さん、あーん」
桃花はタコの形に切られたウインナーを箸でつまみ、良平の口元に持ってきた。
そして良平はそれを普通に食べる。
「どう……ですか?」
少し心配そうに良平のことを見つめる桃花。
きちんと良平の好み通りに作ってあるとはいえ、美味しいと思ってくれるか心配なのだろう。
「うん、美味しい」
その言葉を聞いた桃花は飛びっきりの笑顔を見せ、「良かった」と呟く。
きっと普段から家で作ったりしているのだろう。
それくらい美味しいと思わせるタコさんウインナーだった。
「次は卵焼きです。あーん」
卵焼きも食べていく。
お弁当のおかずだから半熟ってわけではないが、オムレツみたいにふわふわとした食感だ。
どうすればこんな卵焼きが作れるのは不思議なほどだ。
「めちゃ美味しい」
良平の口から素直な感想が漏れる。
桃花に気に入られようと媚びを売っていることがないというのはわかっているので、本人は本当に嬉しそうだ。
「お兄さんが喜んでくれるなら、明日以降も作りますよ」
「じゃあ、お願いしようかな」
色仕掛けがダメならば、胃袋を掴んでしまおうと思ったのだろう。
下手に誘惑するより、餌付けした方が良平には効果的かもしれない。
恋愛はしなくても生きていけるが、食事は生きていく上て必ず必要な行為だ。
だから美味しいご飯を食べさせてあげた方が手っ取り早い。
「桃花も食べないと」
「そうですね」
桃花は自分で食べようとするが、良平に手を掴まれたことにより止められてしまう。
「お兄さん?」
「付き合うとか初めてでよくわからないんだけど、俺が食べさせた方がいいのかなと」
そんなこと言われるなんて思っていなかったのか、桃花の顔が一瞬にして赤く染まっていく。
「い、いいんですか?」
「問題ないよ。このままだと俺が全部食べちゃいそうだし……」
本当に美味しすぎるので、このままだと桃花が食べる分がなくなってしまう。
小柄だから少食だと思うが、ほとんど食べないのはよろしくない。
「じゃあ、お願いします」
「何にする?」
「卵焼きで」
良平は頷いてから卵焼きを箸で摘まんで「あーん」と言って桃花の口元まで持っていく。
「あ、あーん」
卵焼きが口の中に入ると、美味しいのか少し口元がニヤけているような気がする。
良平に食べさせてもらって嬉しいという気持ちもあるだろうが。
「お兄さん、付き合ってくれてありがとうございます」
突然なお礼。
桃花は嬉しそうな悲しそうな複雑な表情をしていることから、やっぱり罪悪感があるのだろう。
「いきなりどうした?」
「だって……私はお兄さんを脅すという最悪な方法で彼氏にしたんです。それでも嫌っている様子がないので」
「確かにビックリする告白方法だったけど、めちゃくちゃ嫌ってわけじゃない」
本当に嫌だったら何が何でも付き合うことはなかっただろう。
それにあの写真だって桃花のスマホを無理矢理奪って消すことだってできる。
でも、そこまでしないってことは、絶対に嫌ってことではないのだろう。
既にパソコンやクラウドにバックアップをとられていたら、良平にはどうしようもないが。
「ありがとうございます」
桃花は良平の胸に顔を埋めた。
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