第2話 すずしろ様

 高校時代、3人は同じ文芸同好会に所属していた。

 13年前の春。

 同級だった新也と林は1年で、入部した文芸部は存続の危機だった。入部希望届けを出しに行くと、同好会にするにしても3名はいるという、顧問の説明を受ける羽目になってしまったのだ。

 そこに、「失礼します」と声をかけてきたのが、1年先輩だった藤崎だった。藤崎のの入会でたった3人ぽっちで始まった同好会は、当初難航した。

 林は茶道部と兼部していたから、月、水は同好会へは顔を出さなかった。藤崎もやはりバスケット部と兼部していたから、月、水、金といなかった。

 夏が過ぎ、2年になった藤崎が大きな大会を終え、バスケット部を退部した頃に、新しい女子会員が2名増えた。彼女たちは華道部と兼部だった。

 もう、部活動への昇格も自由だと顧問は言ったが、会員同士話し合ってまだ兼部の会員も多いことだしと、同好会のままいこうということになった。

 そんな年の、冬。12月の初めにそれは起こった。

「新しい女子会員がさ、学校の怪談……七不思議をモチーフに作品を書きたいって言い始めて」

「へぇ、知らなかった」

 悔しそうに林が相槌を打つ。その日はちょうど、林のいない金曜日だったのだ。

「俺と、新也と、その女子部員2人で。一番学校の怪談として有名な、花子さん……すずしろ様を呼び出さないかって話になった」

「勿論、俺は反対したんですけどね……」

 すずしろ様はマズい、そういう直感が新也にはあったという。けれど、それを大ぴらに言うことは出来ない。そこで弱々しい新也の反対意見は早々に却下されてしまった。

「すずしろ様の噂って、林は知ってたか?」

 藤崎が聞く。

「僕は知らないです。正直、怖い話とかにはあんまり興味がなくて……」

 出身が田舎なんで、暗い夜道や古い建物にも慣れてますしね、と林は言う。

 藤崎は頷くと、説明を始めた。

「すずしろ様の話はこうだ。高校にあった3つの棟の内、一番奥の棟の3階、女子トイレの一番奥の個室にすずしろ様って子供の霊がいる。まずは、一番奥から順番に個室の扉を叩いていって、『すずしろ様、すずしろ様。おいでください』ってトイレの入り口でお願いをする。そうすると返事の代わりに鈴の音が聞こえる。そうしたら、すずしろ様が来たってことだから、一番奥の個室をノックして、呼んだ本人が入る。そうすると……」

 何かが起こるって言われてた、と藤崎は声を潜めた。

 林が小さく悲鳴を上げた。

「ちょっと、すでに思ってたより怖いですよ。で、何か起こったんですか?」

「そこからは僕が話すよ……藤崎さんは見てない部分もあるから」

 嫌そうに新也が手を上げた。

 ピューと藤崎が口笛を吹いた。林と藤崎が一緒にやんややんやと囃し立てる。キッと藤崎を睨んだ新也だったが藤崎は気にしない。

「はあ……。誰が、おまじないを唱えるか、すずしろ様を呼びだすかって話になりました。じゃんけんをして、……負けた僕になりました」

「じゃあ、すずしろ様を呼び出せたんだ?」

 林が小声で聞く。

 カウンターの後ろで忙しく立ち働く店主の奥さんたちにはなかなかに聞かせづらい展開になってきていた。

「うん。藤崎さんと女子会員が3人して入り口の廊下側に立っていた。僕は嫌な予感がしたから、まずは入り口ですずしろ様に呼びかけた。『すずしろ様、すずしろ様』って。そしたら、……呼びかける度にちりーんてもう音がするんだ。3人はもう面白がって、奥から順にドアをノックしていく僕に着いてくるってことになった。女子の個室は4つ、一番奥に掃除道具を入れておく個室もあったから、一応そこも入れて全部で5つ、2回ずつ名前を呼んで、扉を順々に開けていった。その度に、鈴の音がどこからともなくする……」

「そう、その音が俺にも聞こえたんだよな」

 な、と。藤崎も小声で新也の方へ少し身を乗り出してくる。

「なんとなく聞こえるって音じゃなくて、本当に鈴の音って感じの音だったからかもしれない」

 感慨深そうに語る藤崎からは怖がっている素振りは全くない。新也はぶるりと体を震わせて、林へ向き直る。

「もう僕は、本心では逃げたくて逃げたくて……けど、何っていうか……女子もいたし。せんぱ、藤崎さんも見てるだろ。1人では逃げ出せなかった。……呼び出しておいてこのまま放っておいたら危ないかもって気持ちもあった」

 藤崎が目を丸くする。

「そうだったのか、お前」

「そうですよ、一応。……責任は感じてたんで。最初からやらなきゃ良かったって」

 それで、と新也は続ける。

「全ての扉を叩き終わったら、今度は一番奥の個室に入らなきゃいけない。怖かったよ、本当に。何かいるのは分かってたんだから。けど、僕は、一番奥の個室に、掃除用具入れの隣の個室に入った」

「……どうなったの?」

 息を飲んで林が聞いてくる。藤崎がニヤニヤと笑った。

「出たんだよな、すずしろ様」

「そうです。……鈴の音はもうなかったです。僕は個室に入って便座の蓋を締めて……そこに座って待ちました。ほんの数分だったと思うんだけど、永遠に感じたよ。右が掃除用具入れで、左が隣の個室だった。暫く待ったら、ふいに、右からノックの音が聞こえたんだ。トントンって。僕は聞いた、『……すずしろ様ですか?』って。そうしたら……仕切り板の下の隙間から、手が出てきた。白い子供の手だったよ。手を握っていた。握っていた手を開くと、血の色の鈴が乗ってた」

「うわ、怖っ……」

 林は思わずと身を引く。藤崎がくくっと笑って引き継いだ。

「トイレの外、廊下で見守っていた俺たちも実は大パニックだった。ノックの音がしたと思ったら、トイレの中から新也が何かをささやくのが聞こえた。そうしたらにゅっと、掃除用具入れの扉の下から、上靴の両足が覗いたんだ。つま先の赤い部分だけが、2つ。中からぴったりと掃除用具入れの扉に張り付いているようだった。勿論中には誰もいないはずだ。だってさっき確かめたんだから」

「キャーって叫び声が聞こえて、僕も堪らなくなってトイレの個室を飛び出ました。そうしたら、トイレに入ってきた藤崎先輩とぶつかって……視界の端で、上靴の先がスッと用具入れの中に消えるのを見ました」

「俺は、急いで用具入れの扉を開けた。そしたら誰もいなくて、……代わりに」

「代わりに、赤茶けた小さな鈴が床にびっしり落ちていました」

 これで話は終わりです、と嫌そうに新也は頭を下げた。

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