第33話

 帝都に着く。冬で食料が少ないから、前のようなお酒を飲んでの大騒ぎはない。でも屋台にはいろいろな食材が並んでいた。

 私も少しだけ食料を運んでいた。馬車数台分かな? 多く見えるけど、石炭や尿素と比べるとほんの少しだ。行商人という商売は、これで終わってしまうかもしれない。でも今度は鉄道に連結した卸売り市場に大量の雇用が生まれるはず。荷物の運搬や積み降ろしも今の何倍も必要に……なるはず。

 当たり前と言えば当たり前だけど、王都の近郊には大量の畑がある。食料の移動は何日もかかる。だから量も品目も限られている。だから各都市ごとに作っている。

 鉄道の開通で荷物を運べるようになったので、他の都市に持っていく用の開拓地を造成した。

 その一角に試験農場がある。私は運営に直接関わってないけど、「やるならついでに骨粉と草木灰を撒いたおいた方がいいよ」とはアドバイスした。

 そしたら貴族学院の先生たちが、素焼きのプランターで、土のみ、尿素添加、尿素と骨粉または草木灰添加、尿素と骨粉と草木灰添加で実験をした。そしたら私の言ったことが証明され、良い結果が出た。

 次の秋には作物がガッポガッポとできるだろう。上手くいけばだけどね。害虫の問題は残ってるし。

 人足たちが荷を降ろす。彼らも冬の食料には困らないだろう。

 私は時間をかけてボイラーを消火。灰や燃えかすをかき出し清掃する。この作業ってさ、人にまかせればいいと思うじゃん。ちゃんとできないの。教育されてないから。できるのは特科の男子と錬金術師の一部だけ。彼らはこの世界では超絶エリート技術者なのだ。


「お嬢、異常なしだ」


 私が後片付けをしていると、先に王都で待っていた特科の男子が声をかけてくる。


「了解。あとでベアリングを見てもらって」


「了解ッス」


 ススで真っ黒になった私は外に出る。

 貴族院の先生とミアさんが共同でスピーチをしていた。

 私は門の側にある兵士の詰め所で礼服に着替える。メイドさんが着替えを手伝ってくれた。できれば自分のことは自分でやりたい。

 今回私は騎士扱いなので、騎士団の礼服だ。我ながら……無駄に似合う。くっころ騎士よりは凜としている。

 これフラグじゃね? と気づいたときには遅かった。……遅かったのよ。

 ロングブーツを履いて、手袋をすると着替えを手伝ってくれたメイドが戸を開ける。

 すると「わあっ!」と声がした。

 小屋のまわりを人々が取り囲んでいる。

 おばさんが声をあげる。


「あれがドラゴン? ずいぶん可愛らしい人じゃない」


「ああ、誰だ。メスドラゴンなんて言いやがったのは」


 ふふふ。メイク成功。一生これで通してくれる!

 私は笑顔で手を振る。

 ちょっとしたアイドル気分だ。

 今度はオッサンが噂話をしているのが聞こえる。


「でもよう、あの嬢ちゃん……騎士をぶん殴って再起不能にしたって」


「俺の弟が工事の人足だったんだけどよ。荒くれ者三人を素手でのしたってよ」


「ひゅーッ! アイツの身体を見ろよ。鋼のようだぜ」


 どうして酒場に現れたコ●ラみたいな感想になってるのだろうか。サイ●ガンねえよ!

 私は少しムカつきながらもメイドさんに渡されたスパナをかざす。

 黄色い悲鳴が上がる。

 プロレスの悪役レスラーの入場みたいになっているが、気にしたら負けだろう。

 そしてメイドさんに案内され、広場へ向かう道に行くと馬車とウィルが待っていた。


「愛する人よ。よくぞ困難を乗り越え計画を成功させた。大義であった(棒)」


「愛しい殿下のためなら火の中に入ることもいといません(棒)」


 私は騎士扱い。スパナを置き膝をついて手を胸に当てる。

 なんかスパナがメイスみたいな扱いになってきた件。変な文化を作ってしまった……。

 ウィルが私の手を取り、馬車の中に入る。

 そして手を振り出発進行。


「レイラ……恥ずかしくて死にそう」


「私も……」


 無事に賢者タイムを迎え、ウィルのSAN値下降中。私も死にたくなる。

 私たちはそういうタイプじゃないんだって。

 城に着くとテンションが下がったまま玉座の間に案内される。


「……どうした二人とも。暗い顔をして」


 なぜか陛下に心配される。


「いえ……なんでもない……です」


 陛下にはわからぬだろう。

 技術職が社交をしたときの賢者タイムなんて。


「お、おう、そうか」


 なんというか、すでにお城は実家感覚。

 陛下にもかわいがられているしね。

 陛下はクスクスと笑う。それを横目に仏頂面のアーサー。


「今日はお前たちにこれを渡そうと思ってな」


 そう言って陛下が手をあげる。

 すると戦争でもないのにフル装備の騎士がなにかを持ってくる。


「それはかつて世界を救った勇者が持っていたとされる聖剣だ」


 聖剣イベント来ちゃったー!

 なぜか私に聖剣イベント発生。


「ま、なにぶん世界が狭かった大昔のことだ。『世界』と言っても、この街と周辺を救ったのだろうがな」


 なんだろうか、その圧倒的な説得力は。


「レイラ、聖剣を解析してくれ。その剣にかかった魔法は今まで誰にも解き明かせなかったのだ」


 あんれー?

 なんかおかしいな。なんで急に言いだしたんだろう?

 だって、銃の増産に、鉄道網の敷設、化学肥料の実験にとやることだらけだ。

 OSの普及だって、今の話し合いが終われば、始まるはずなのだ。……実際は、政治学とか統治学とか法律学、外交の先生まで交えての大議論になっている。OS自体の噂はもう外国に漏れていて、各国は秘匿されたOS目当ての魔術結社狩りに精を出しているらしい。

 なお、魔術結社に在籍してた先生曰く、私のOSは別次元らしい。

 そんな中、聖剣の解析とは一体どういうことだろう?


「陛下、『今』ですか? もしかして、なにか起こったんでしょうか?」


「……相変わらず賢いな。隣国ウェランディアでドラゴンが現れた」


 おーっと、待ってくれ。今陛下が大事なことを言った。

 隣の国でドラゴン? ちょっとイベント起こるのが早すぎだよね?


「そんな……ドラゴンなんて……恐ろしい」


 ウィルは本当に驚いている。

 どうしよう。聖剣は光の巫女、つまりリリアナちゃんと親しくないと発動しない。

 私がシナリオを変えたせいでドラゴンを倒せないとか嫌すぎる!

 真面目に解析しないと!

 私は騎士に差し出された聖剣を眺める。それだけ必死だったのだ。

 剣の腹にはギザギザの加工がされている。刃は普通なんだけど、なんだこれ。うん、ギザギザ? ……じゃないわ。


「ウィル、メモある?」


 完全に普段の口調になっていた。だけどウィルは指摘もせずに、ペンと羊皮紙を従者に頼む。

 私は剣をつかむ。手尺で長さを測る。手尺は電気工事士試験実技のテクニックだ。

 一握り8センチ。親指まで入れた人握りは10センチと。10センチの長さに大量の点が刻まれている。

 指一本の長さに大量に書込まれていながらも縦の並びは規則的。

 いち、にい、よん、ぱ、じゅうろく……2進数だ。

 こ、これは……プログラム言語ですらない。2進数での命令直打ち。

 機械語ですよ! まじか!


「気づいたようだな。それが聖剣にかけられた魔術だ。だが今まで誰も唱えられなかった。解析すらままならぬ」


「これは……天才です」


 2進数の機械語直打ちで、この異常な行数。

 私だって最初にやったのは、補助記憶装置へのアクセスと開発言語の作成だ。なんたる執念!


「ではレイラよ。解析を頼むぞ」


 これは軽く死ねるぜ……とは言わない。

 これは私にしかできない分野だ。これは私に対する世界からの挑戦状なのだ。

 なんだか燃えてきたぞー!

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