第32話

 その後半年ほどかけて線路は完成した。

 私は二年生になった。

 とてもいいこととしては、金属加工技術が上がったおかげで、ストーブを大量生産できた。石炭燃料のダルマストーブ。とても性能が高い。庶民の家に暖炉はなかったけど、これ一台で暖を取ることができた。石炭は大量にあるしね。

 おかげで王都近郊の都市の死亡者数はいつもの年の10分の1以下。

 雑に『風邪』と分類されてる流行性のいろんな病気も流行らなかった。

 ダルマストーブの上でお湯を沸かすのが流行して、部屋の湿度が高かったからかも。

 ここ1年で学んだことは、なにかを作るたびに、それが別の技術に派生し新しいものを産み出していく。

 私がもたらした設計図、それにチームを組んでの開発手法こそ、本当のチートだったのかもしれない。

 私一人で何もかも作る必要はないのだ。

 線路の話をする前にうれしい話を。まーくんが貴族学院初等科の教科書に載った。

 正確に言うと「印刷物として発行された最初の教科書に偉人として掲載された」である。

 危険を恐れず蒸気自動車のテストパイロットになった騎士の話だ。

 私の名前は出ないし、出さない。セキュリティ上の問題と、文化の問題が複合的に混ざり合っている。

 殺されちゃうと困るよね。っていうのが一番かなあ。この世界じゃまだ技術者の名前を出すのは一般的じゃないし、しかたないよね。基本的に体育会系優位だし。

 一年に一度、学術のすっごい文化祭をやるイベントを作ったノーベルさんって、やっぱり偉大だ。

 私も死んだあとは、遺産で楽しいイベントやってもらうようにしようっと。

 おまけに、まーくんは軍人としても寝技のテキストで大成功を収めた。今ではちょっとした英雄である。

 プロパガンダなのかなあ。陛下って好戦的じゃないだけで、なんでも使い倒すよね。


 さて、列車の話だ。ウィル、、、による鉄道計画は冬の終わりに完成を迎えた。

 試運転は当然のように英雄マックスが運転を担当する。

 その噂は瞬く間に王国中を駆け巡った。

 冬の暇なときの一大イベント。しかもウラヤーと王都の屋内はダルマストーブで暖かい。

 これは行くしかない。とかなりの人が思ったようだ。冬だというのに王都とウラヤーに人が押し寄せたのだ。

 私にはピンとこなかったが、冷静に考えたらスペースシャトルの打ち上げみたいなものだ。そりゃ来るわ。

 なお、私は機関士として乗車する。絶対に失敗できないからね。

 今回のミッションは貨物の運搬。

 私の想定だと人を運ぶつもりだったんだけど、貨物を運ぶ方がより重要だそうだ。

 これが成功すれば、物資に困ることはなくなる。それだけじゃない、荷の積み降ろしや線路の敷設で大量の雇用が生まれる。食料を大量に生産しても、遠くに運べるのでロスも限りなく小さくなる。つまり全力で開墾しても投下した資本を税収で取り戻すアテができたのだ。「民を何十年食わせてやれるんだ!」とは陛下の言葉である。

 経済とか政治とか難しくてよくわからん。


 今回運ぶのは石炭とストーブ。それに尿素。……できてしまった。世界を変えて人類を救う発明。

 みなさんおなじみ尿素クリームとか、窒素肥料に使われる。化学肥料なのだ! マジで作ってしまったのだ! 私が関わっていない所でこの世界の人が作ったのだ。

 私が詳しい分野ではないが、これが凄いことだけは知っている。

 中世と現代の農業では面積あたりの生産量が違う。品種の違いもあるんだろうけど、肥料の差が大きい。質もそうだけど、量がまるっきり違う。私はこの辺はボヤッとすらわからないので、凄い以上の感想は出せないけど。

 もし現代農法が生まれたら、世界を救っちゃう発明である。勇者とかじゃ救えない人数を救えちゃうと思う。

 他にも、尿素配合のクリームが生まれたら、白塗り文化の終焉が近い。絹雲母とクリームで天下取れちゃう。

 水銀と鉛の中毒で真っ黒になった歯茎を、エキゾチックな扇で隠す時代が終わるのだ!

 私も中毒症状で廃人にならずにすむ。科学バンザイ!

 というわけで機関車である。

 ボイラーはすでに暖まり、石炭を入れていく。

 今回の機関車は大型。水を沸騰させるだけで四時間くらいかかる。

 相変わらず蒸気のロスは多いけど、それでも王都まで一時間で走ることができる。

 往復で二時間。日に二便が限界だけど、これは無駄じゃない。本当はもっと遠くまで行ける設計なのだ。

 ただ怖いのはベアリングの耐久力。当方には耐久度試験のノウハウがないため、実際使ってみるしかない。たぶん耐久度は足りてないと思う。往復はいけると思うけど、採算を考えたら怖い。

 ベアリング超難しい。さすがレオナルド・ダ・ヴィンチが実用化で詰んだだけある。

 だけど、どこが壊れるかとか、どのくらいで壊れるかとかのデータが重要なのだ。データを共有して次に生かす。こういうのの積み重ねがノウハウだと思う。


「出発!」


 汽笛の音が聞こえる。

 私は温度を下げないようにスコップで石炭をくべていく。

 なお機内はとても熱い。まだ寒い時期でよかった。

 おかしいな。転生前は鉄道会社は志望してなかったんだけど。

 本当は大学行って警視庁のサイバーポリスになるのが夢だったんだよねえ。

 それがだめだったら、勉強していたボイラーと電験三種でビル管理関係の会社に入ろうかなと思っていた。

 今やエンジニア兼機関士よ。どうしてこうなった。

 本体が軽いせいか、汽車は時速にして25キロくらいで走る。

 若干ショボく感じられるかもしれないが、この世界の感覚ではメチャクチャ早い。

 馬みたいに休憩ないし、貨物を大量に運べるし、人もたくさん運べるし。

 まさに革命的出来事が今起こっているのだ。

 線路の脇には人が集まっている。飛び出さないように騎士や兵士が人を整理している。

 そんな中を列車は駆け抜けていく。

 ガタゴトと列車が揺れる。王都ではウィルが待っている。

 世界は変わる。もう流れは止まらない。

 人は増え、死人は減る。

 危険な生物に打ち勝ち、勝利者として共存を探る。

 戦争は……まあ考えないようにしよう。

 さー! 次は何作ろう! やっぱり飛行機だよね!

 だから私は、このあとの陛下がなにを考えているかなんてわかってなかった。

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