第31話
世界は変わってしまった。
私は自覚してなかったが、本当に変わってしまった。
まず異世界ファンタジー世界の話だ。
まず中世なので人間の平均寿命は30代後半。これは子どもがバンバン死ぬからである。
成人まで生きられた男性の平均寿命は50歳くらい。たいてい病死だけど事故死も多い。
成人まで生きられた女性の平均寿命は40歳を切っている。女性だけがことさら過酷な環境にいるからではない。死亡原因のトップがお産なのだ。お産怖い。
これは戸籍があるわけではないので、正確な数字ではない。でも身分に関係なくすぐ死ぬ。
これは冬が過酷で体力がなかったり、食糧事情が悪かったり、そもそも消毒の概念がなかったりと、原因は複合的だ。
私は医学知識がないので、せいぜい正●丸作って、フェノールの研究をさせるくらいだ。なにもできない。今まで科学苦手と言いながらも多少の知識はあったが、医学薬学は本当に専門の大学に行かなければ、知識に触れる機会はない。
体育大学でトレーニングの方法を学んだだけでも、この世界ではチートである。いや本当、だって私のボヤッとした知識だけでも、近衛騎士団に感謝されたもの。
いや印刷機の実験がてら、まーくんが書いた寝技の本が革命を起こした。冗談ではなく、近衛騎士団の教練プログラムに導入された。
あ、そうか。柔道を海外に持って行ったときと同じか。近いうちに、この世界にフェアバーン・システムが生まれると思う。
……話が脱線したが、何が起こったかというと、化学が生まれた。科学もかな?
私のボヤッとした知識を実践していくうちに、自分独自のレシピを試すものが続出した。
ニトロというか、フェノール化合物に行き着いたのであとは早かった。
OSの魔術支援機能も拍車をかけた。
リスクなしに、ありとあらゆる実験を手軽にできるようになったのだ。
私はなんにも考えてなかったが、道具の使い方は世間が考えるものだったのだ。いや本当。
それはまるでインターネットのごとく。私の知らないところで日々大発見がされ、報告されていく。
そう、社会の速さが変わったのだ。
そして最初の医学に戻る。アルコールと正●丸。それと口をすっぱくして言ってる微生物の存在。
それらは「レイラ予想」として「まあそう言うことを言ってる人がいるよ」程度の話だった。
だけど、いろんな実験をするうちに、私の予想は信憑性を増していったのだ。
顕微鏡が開発されるのも時間の問題だろう。
あと、なんとか染色。菌を染色して見やすくするやつ。これに関しては名前も思い出せないレベル。
この辺は異世界人の皆様にがんばってもらいたい。私わからないから。化学だけでも死にそうになるのに、医学と建築は本当に無理。
つまり私の存在によって、発展への足がかりができたわけだ。
もう恐れることはない。世界は光を手にしたのだ。照明じゃなくて希望的な意味で。
私はいつ死んでも大丈夫だね。
そのうち医学も進化するんじゃないかな?
そしてもう一つ。
お嬢様育ちすぎて、経済とか社会とかの勉強が足りてないことが判明しました。
やはり現代日本は、中学校レベルで世界経済まで教えるチート教育でした。いやマジで。
だってね、中世ファンタジー世界の失業率なめてたのよ。
山賊とかの犯罪者のほとんどは失業者。冬になると王都に逃げてくる農民多数。傭兵や冒険者のほとんどは失業者だし、実質日雇い労働者。しかも字も読めないし、計算もできない。ちなみに両方できるのにやってる人は確実に指名手配されてる犯罪者ね。
江戸時代の異常な識字率がマジでうらやましい。
だってプログラム教育とか無理ですもの。旋盤もできるかなあ。旋盤技師ってやはりエリートだ。
そりゃ古代にピラミッド建てて失業対策しますわ。
何が言いたいかというと、陛下に出した手紙である。
はっきり言って想定外の人数が集まった。第一陣だけで数百人。
ただし、未経験者多数。これが日本だったら大歓迎。でも実際は一から教えないといけない。
労働者たちが石を運ぶ。私はそれを見ていた。
工事の親方たちは、王都から招集された。
怒鳴り声がここまで聞こえてくる。
日本だったらブラック労働になるのだろう。でもあいつら態度悪いからなあ……。
親方が怒っているのに堂々と休憩してタバコを吸っている集団がいる。一番悪質な三人。
いや工事は命がけなので、集中力が切れる前にこまめに休憩するのはいいと思う。
でもあいつらずっと休んでいるよね。
「おらぁ、てめえら! 休んでんじゃねえ!」
まあそうなるよねえ。
「うるせえジジイ! どうせ逆らったって首が落ちるだけだ! やれるもんなら、やってみやがれ!」
犯罪者確定。
私が呆れていると、犯罪者たちと目が合う。
「おうおうおうおう、貴族の姉ちゃんがいるぜえ!」
「作業着なのによくわかったな」
私は胸を張る。
「そんな綺麗な格好、貴族しかいねえよ。なあ、おじさんたちと酒飲まねえか?」
『いいことしてやるよ』という言葉が聞こえたらぶん殴ろう。
私は心に決めた。
まーくんをはじめとして、護衛の騎士たちの目つきが変わる。
でも私は笑顔だった。
「ちょ、やめろ! お前ら! そいつだけは怒らせるな!」
すぐ近くにいたウィルが怒鳴りながら走ってくる。
「いいことしてやるよ」
はい、遅かった。
私はオッサンの腹目がけてスパナをフルスイング。
「げびょ!」
悲鳴が聞こえる前に私はもう一人に近づいていた。
そして股間を蹴り上げる。
つぶすように蹴ってはいけない。
水鳥が羽ばたくように優しく。雛が飛び立つかのように。
それが一番痛いらしいよ。
「んま!」
悲鳴というか苦悶が聞こえた。
そして最後の一人の鼻をつまんで引っ張る。
「むぎゃ! 放せ! てめえ」
目に指を突っ込まれなかっただけ感謝して欲しい。
鼻を引っ張って親方のところまで連行すると、指を放してやる。
「てめえぶっこ」
と言った瞬間に鼻のあたりに裏拳。
スパーンといい音がして男は倒れた。
アホには寝技すら使ってやらない。
「あーあ……メスドラゴン怒らせちゃったよ……。おーい、お前。そこのレイラお嬢さんはなあ、近衛騎士より強いんだぞ。運が悪かったな」
「ひゃ、ひゃい」
「あのな。そこのレイラお嬢さんな。普段は口数が多いんだわ。でも今は黙ってる。ってことは、そうとう頭にきてるぞ。謝っておけ」
「す、すみましぇん」
ウィルは頭を抱え、私の護衛の騎士たちも頭を抱える。でも守らない。この辺に妙な信頼感がある。
こうして、私という恐怖を植え付けてしまったわけだ。
ちなみに親方たちは完全に私の味方である。
だって普通は無礼討ちよ。女の子にボコボコにされるだけなら、かなり優しいよ。
この事件の結果、工事のスピードは恐ろしく速くなっていくのだった。
なお、この事件で私とスパナはセットとして語られることになる。
ひどい!
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