第30話
まずは報告を。
とうとう作ってしまった……ジュラルミンを。
いろいろと段階を飛ばしているが作ってしまったのだ。
リリアナちゃんより早く、しかも作ったのは鍛冶士ではなく錬金術師だった。
まずは経緯から。
研究用として錬金術師に配った端末で電気を自由自在に使えるようになった。
すでに幾人かは実装したプログラミング言語を理解していて、毎日プログラムを作っている。
そこで私は、作り方を錬金術師に教えた。知っているというより、「こういうアイデアどうよ」とそそのかしたわけだ。
方法はホール・エルー法である。と言っても専門ではないので、中学の科学部でのボヤッとした知識を教えた。アイデアと言い張るのには逆に適していたので誰も疑問に思わなかった。
そしたら……錬金術師はすぐに作ってしまった。
そして合金としていろいろ混ぜるテストを経て、ジュラルミンの完成である。
なお、これはまだ初期。錬金術師たちは、さらに改良を加える気でいる。
これで汽車は完全なものになった……いや、スペックオーバーした。
予定よりかなり軽量化できてしまったのだ。
ここで大学に行ってソーラーカーでも組み立てていれば、もっと軽量化できたかもしれない。でも実はアルミ合金にしては中途半端な軽量化に収まったことを私だけは知っている。とても残念だ。
あとは自動車の応用である。動力は蒸気機関。まだ他のエネルギーの利用ができないのでこれでいく。
あ、そうそう。とうとうベアリングを作ることに成功した。
私ではなく、特科の男子発案だ。すごいぜ男子!
まず最初に蒸気駆動式の研磨機を作って、鋳造した玉を研磨していく。ミスリルだけどね。
まさに力技である。いいのかこんなので。ファンタジーバンザイ!
蒸気機関車用だけ最初はミスリル銀を使っておく。ミスリル合金を丸めて、ミスリル合金のヤスリというかミスリル銀の粉をまぶした蒸気式サンダーで研磨する。完全にインチキである。
単位を揃えたため、ほとんどの製品の精度はミリ以下。ようやく工業製品を名乗ることが許される水準に近づいた。
そして組み立てると機関車の完成。鉄道のレールが問題だったんだけど、しばらくは鋳鉄で行くしかない。19世紀後半まではこれでやっていたのだ。すぐ壊れるけど。シーメンス・マルタン法……だったよね? 要するにまともな製鉄技術ができるまでお預けだ。
しばらくは交換頻度を上げるしかない。お値段国家規模。ここだけリアル。
なお、今のレールの形に辿り着くためには、元の世界ではたいへんな苦労があった。でも私は形を知っているのでそのまま作ってしまう。
これでレールは完成したのだが、明らかに鉄道の敷設の手が足りてなかった。
砂利詰んで、木を置いてレール敷いて……あの無人島開拓番組で見た状況なのだ。
個人でやったら百メートルで数年がかりだもね。そうか、鉄道って国家事業レベルだったのだ。
お金はあれど、人手が圧倒的に足りない。
ここで一度詰んだ。……と悩んでいたら、陛下から勅命状がやって来たのだ。
『蓄音機100台を納入せよ』
「これはなんぞ?」と思った。仕組みが簡単だから真似できないものでもあるまいし。
ウィルも鍛冶士ギルドもわからない。
結局、今まで頼ったことのない商業ギルドを呼び出したのだ。
私たちは結果的に商業ギルドを遠ざけていた。
だって商売の都合で邪魔されたら嫌だもの。
物は流すし、手数料もたくさん渡した。王都への物流もまかせた。とにかく仕事も金も回していた。
でも話し合いには参加させなかった。ウィルもそれには反対しなかった。やはり干渉されるのがいやなのだ。
ウラヤー商業ギルドのギルドマスターがやって来る。
ちなみに各ギルドは全国組織ではない。リアルタイムの通信手段がないからだ。
電話がなけりゃそりゃ全国規模の組織は無理だよね。
「お呼び出しありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
ギルドマスターは涙目だった。
内部で突き上げられていたらしい。
ウィルはギルドマスターに話しかける。
「今日呼び出したのは、陛下に蓄音機の納入を求められた。我々は蓄音機に関しては玩具だと思っていて重要視してなかった。王都でなにがあったのか教えてくれ」
商業ギルドにも一台納入したので蓄音機の存在は知っている。
するとギルドマスターはとてもいい笑顔になる。
「その件でございますか! はい、蓄音機は王都の美術館で公開されておりまして、連日一目見ようと人が押しかける騒ぎになっております。レイラお嬢様の加工技術が美しいと評判で、機能もですが外観まで美しいと評判でございます」
「は?」
板金溶接して、旋盤で削った部品つけただけだよ。
なにそのモナリザ扱い。っていうか、増やすの?
「え、なんで、100個納入って話になるの? 1つだけの方が価値があるんじゃない?」
「おそらく主立った諸侯と外国要人へ贈答されるのだと思われます」
仕組みは簡単。同じ物を作るのも容易だ。
でも外国は前段階として再生できない蓄音機で波形を見るという経験をしてない。
音波というもの自体理解してないかもしれない。
だから仕組みを理解するまでには、かなりの時間を要するだろう。
当然、無線の仕組みは思いつかないだろうし、電話なんてはるか遠くだ。
軍事利用ができるまで、かなりの時間が必要だろう。
工作も旋盤で作っているが、これこそテクノロジーの産物だし、旋盤で作った完成品を見ても真似ができない。
つまり銃なんかとは違い、贈答用で自慢しまくるにはちょうどいい品だ。
ちょっとした万博気分だよね。
「オラオラ、分解でもなんでもしやがれー! 同じものは作れても仕組みはわからないだろ! ぐあーはっはっは!」である。
でも外国をなめるのはいけない。幕末日本というチート国家みたいに、次にやって来たらリバースエンジニアリングされてコピー品が普通に稼動していたという騒ぎになってしまう。
「なるほど。陛下の思惑は理解した。ギルドマスター感謝する。いつものように配達は商業ギルドにまかせるぞ」
ウィルは不自然に話を打ち切る。
ギルドマスターは「ようやく話し合いに参加させて貰えた」と喜んでいた。
ギルドマスターが帰ると、ウィルは大きくため息をついた。
「くっそ、ババアどこだ!」
「ミアさんなら錬金術師の監督で忙しくてつかまらないよ」
ミアさんはウラヤーの錬金術師のまとめ役である。
もう最近ではあちこちを飛び歩いている。
捕まえるのは至難の業だ。
「あああああああ! くそ、レイラ、10分だ」
ウィルは珍しくイライラしている。
「なにがよ?」
「録音時間を10分にしてくれ。もうわかったぞ。修道院だ。聖歌を吹き込むつもりだ」
「どういうこと?」
「オペラは一幕一時間越えだ。吟遊詩人の曲は配るには権威が足りない。そしたら修道院の聖歌しかないだろう」
修道院の聖歌は要するに、息継ぎなしのプログラミングをするための練習歌だ。
小さいころから歌って肺活量を増やすようにできている。といっても、これは私が勝手に主張している説だが。
たしかに最大で10分くらいを想定しているため、歌姫の曲よりは短い。
「あー、つまり、誰でもわかるものを録音すると。なんでミアさんが?」
「修道院から連絡を受けてないはずがないだろうが!」
なんとまあ単純な連絡ミス。
つまり業務多忙によりサクッと忘れていたという所だろう。
「でもなんで保護者に直接連絡するのよ?」
「還俗した王族だからな。身内だと油断して失礼なことをしないように注意を払っているんだろ」
うっわー、面倒くさい。こういうの嫌い。
「わかった。ロウ管を長くすりゃいいだけだから、改造しておく」
「目立つの嫌い」とはどこの転生者もいう言葉だけど、いざその立場になったらわかった。
単純に自分の研究の時間が減る。
設計図はちゃんと作ってあるから、製作は丸投げできるけどさ。
「了解ッス。んじゃ、やるべか」
と言いつつ、私の頭の中は、労働者を派遣してもらうために陛下への手紙に何を書こうかと思案していた。
そしてお嬢様育ちの私は、この世界のどれだけの人が仕事を渇望していたのかを知らなかった。
私にとって悪い話じゃないんだけどね。
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