第29話

 ウラヤーに帰ったら新しい道具が発明されていた。

 これは、私が一人で『なんでもできるチート勇者』でなかったことが、かなり影響してるかもしれない。

 ここにある道具はわかるところの図面は書いたけど、わからないところはみんなで知恵を出し合った。

 ミ●四駆を大きくした蒸気自動車だって、歯車の所はそのまま大きくすると強度と潤滑剤の問題が浮上した。

 いつも使っている魚っぽいけどがっつり哺乳類なあの動物の脂だけでは足りず、いろんな油を試したりしたのだ。

 そもそも歯車に対する知識が足りない件……。

 と、まあ、私は一人ではなくチームで仕事をしてたんだよという話。

 ウラヤーに帰ってきたら、旋盤の芯出し作業用の新しい道具が作り出されていた。

 トースカンだっけな。水平線を引く道具。こっちは目視で芯出しを行う。たしか教科書で見たような……でも記憶にない。そんな道具を産業学校の生徒たちは作り出してしまったのだ。

 それだけじゃない。曲尺を二枚貼り合わせて、45℃の所にさらに物差しを生やしたような道具まで作った。

 使い方は曲尺の直角部分に円柱を挟むと、ちょうど45℃方向を通る物差しが中心を通る。なので線を引いて回転させてもう一つ線を引いて×字を作るとそこが中心というわけだ。うわーお、その発想はなかった。単純にして正確。すごいね。

 ローテクの世界ってすげえ。江戸時代の職人さんって公定尺がない時代に誤差ミリ以下で物を作ってたんだものね。私の中で江戸時代チート説が浮上中。

 さすがアメリカ人が二度目に来たら持ってきた品が全部コピーされてたしゅげえ職人国家。

 いやそれだけじゃない。初期の無線技術なんて電気工事士試験レベルで理解しているけど、どうしてあれを思いついたのかわからない。いや、そもそも蓄音機自体がチートレベルの発想だ。どうしてレコード作れたの?

 最初の蓄音機を作った人もすごいけど、やはりエジソンは最高レベルのチート能力者なのだ。それしか説明がつかない。

 というわけで、私はエジソン先生への感謝の念を抱きながら、蓄音機を作っている。

 本当はライフル作りたかったんだけど、ウィルにストップをかけられているからだ。

 蓄音機は、小学校の夏休みに開かれた「子ども科学体験」で作ったことがある。樹脂製の使い捨てコップに針で音を記録するやつ。

 樹脂はないからロウで代用。たしかエジソンの作ったのも同じ構造だったと思う。

 回すと針が動くようにして、あとは似たような形にすれば完成。電気的な増幅器もなにもついてないのでこれで充分。

 動作部分はハンドルを手回しの手動式。

 ギアの送り機構でロウを削掘する針が移動する。途中でのやり直しはきかない。早くMP3作りたい。

 ゼンマイとかは成功したら作ってもらおう。

 オートハンマーで作った板金や、旋盤で作ったパーツを溶接していく。

 溶接機はまだ作れないけど、錬金術師の何人もが私の術式で溶接職人になった。まあいいか。雇用を生んでるし。


「うっし」


 一度作ったことがあるので、すぐに完成。

 構造は単純だが、やはり……考えついた人は天才だと思う。

 だってこの技術が21世紀でも使われてるもの。電気信号なんかに変換しているだけで基本は同じ。

 やっぱりすごい。

 完成したので試運転。録音時間は約三分。一曲入るかもって程度だ。


「では最初に『ワレワレハウチュウジンダー!』」


 思いっきりくだらないものを録音してくれる! と、張り切ったときだった。


「なにをやってやがる」


 ガシッと頭をつかまれる。


「いえ、録音を……」


「録音ってなんだ?」


「だから音を記録して再生する装置を作ったのよ」


 ウィルはよくわかっていないらしい。

 なので針を開始位置に送り、切り替えレバーを操作して録音モードから再生モードに切り替える。

 そして私は動作レバーを回して今録音した音声を再生する。


『ざあ……ざざざざざ……ワレワレハウチュウジンダ』


「ね? 録音できたでしょ。やっぱりちょっと音が小さいなあ。静電気で蓄電する装置をつけてスピーカーに流してみようかな」


 初期の電話と同じ機構でなんとかなると思う。さすがに作ってみないとわからないけど。

 初期の音声機器は設計図が残ってないので再現が難しい。でもローテクは理解できるギリギリの所をついてくるので本当に楽しい。

 これが原子力とかになると、説明聞いてもわからないもんね。


「これを今度電波っていうのに変換して流すと、遠くの所に声を送れるんだよ」


「おっとレイラ婆さん。ちょっと待て。今重要な事を言ったよな」


「なんだよウィル爺さんや。音楽流したり災害情報を流したりと、とても便利な道具なんじゃぞ」


 21世紀においても、まだラジオは滅んでないので、やはり凄い技術なんだなと思う。

 端末にちゃんと使える通信プロトコル搭載して、ストリーミング放送するまでの繋ぎと考えているけど、なんだか人類が滅ぶまで使えそうな気がする。

 こういう人類が滅んでも使えるローテクって、わりと生き残るんだよね。

 アマチュア無線だって趣味の人口は減ったけど現役だし。


「ええっとな。遠くに命令が出せる軍隊って強いと思わないか?」


 無線通信ができてから戦略が変わったんだっけ。よくわからん。

 要するに将棋盤の駒みたいに、ちゃんと言うことを聞いてくれるってことだろう。


「そりゃ便利だけどさ。魔法でできないの……って、一行送るのに何分歌うんだよって話か」


 機械語での音声入力である。息継ぎが極端に少ないため酸欠必至と言えるだろう。

 私だって、OS作っている最中に何度も落ちかけたのだ。その苦しさはよくわかる。


「そういうことだ。それを魔法を使わずにできるっていうのか?」


「軍事ねえ。まあいいけどさ。私は政治には関わらないから。その能力がないしね。だいたいさあ、どこと戦うの? 隣の国?」


 私は政治的には無力だ。

 女性だからとか、この世界独特の事情じゃなくて、性格的に無理だ。向いていない。

 だから政治は丸投げだ。戦争だろうが勝手にしてくれ。


「戦争の原因なんて金か土地か食料と相場が決まっている」


 じゃあ、なおさら政治はまかせるしかない。

 私が政治に口を出したら、国民の足手まといにしかならない。


「それに戦争をする相手は人間とは限らない」


「ドラゴンにモンスター。人間が住むには世界はあまりにも非情だ」


 なるほど。ドラゴンねえ。とても強い動物らしい。

 さすがに見たことのない生き物を仮想敵にするのは難しい。ドラゴンを見たらたいてい死ぬので図鑑もないし。

 像撃ち銃とかが必要なのかな。

 それにドラゴンは怪獣と仮定すると、そんなのが出たら経済がメチャクチャになるよね。それで生き残る最後のチャンスをかけて戦争になるのか。


「なんとなくわかった。好きにして。でもさウィルはそんなに戦争したいの?」


「いや、しない方がいい。でも避けられない」


 つまり、まだ異世界では世界が滅んじゃう兵器が登場したことがない。

 だからまだ安全に戦争ができると思っているのだ。

 でもさ、リリアナちゃんも押さえたし、なんとか回避できないかな?

 そもそもなんで戦争って起きたんだっけ?

 思い出せないのは特に説明がなかったからなんだけど……


「それはいいとして。レイラ、それは父上に送っておけよ。あのオッサン、仲間はずれにするとすねるからな」


「はいよー」


 銃やダイナマイトとは違うので、直々に献上する必要はないだろう。

 説明書と一緒に送っておこうっと。

 と、自分の作ったものの価値をわかってない私は、蓄音機に運送屋さんのタグをつけたのだった。

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