第23話

 貴族学院。貴族が学ぶ学校である。

 男子は主に魔術や剣術、それに官僚としての法律や宮廷作法などを学ぶ。

 女子教育はお察し、歌とダンスと詩、それに宮廷作法。魔術はよほど才能のある子に限定される。

 男子は、ほぼ全ての貴族。女子は伯爵以下を中心に通うことになる。

 産業学校と同じで学費は無料。

 ただし暗に要求される寄付金は膨大。

 入学をすると男子は学院騎士団に強制的に入団。つまり騎士見習いの身分になる。コーエンが調子にのっていたのは、まさにこの制度のせいである。

 女子は基本的に婿捜し。貴族の婚姻は義務ではあるが、目先の利益を追求して嫌いな相手と地獄のような生活を送るのは、長期視点では誰のためにもならない。放置すると血が流れるから。

 恋愛結婚、いや自分で選んだという責任が必要と経験から学んだわけである。

 ゆえに貴族学院の女子は恋愛至上主義。キラキラしてる。私が学院にいたらストレスで寝込んでいただろう。

 そうキラキラしていた。

 剥がれる化粧、鉛と水銀のパウダーが太陽光に照らされて。


「顔芸やめろ」


 ウィルに注意される。

 なお護衛は、まーくんと近衛騎士団である。


「だって白粉の有害物質が光に反射してるんだよ。吸い込んだらアウトだよ!」


「毎日使ってなければ大丈夫なんだろ?」


「まあそうなんだけどさ。さすがにこれは想像してなかったわ」


 そう、彼女たちは女学生。化粧はじめたころ。つまりバカスカ使う。

 男子にたとえれば高校デビューで面白い髪型にしてくるとか、絶滅危惧種の短ランとかボンタンにしてくるとかだ。

 もしくは色気づいた体育会系が制汗スプレー使いまくって臭くなった教室。

 黒歴史に乾杯!

 だもんでメイク係がいる夜会よりも粉量50%増量。男子の健康被害で頭が痛くなる。たぶん、男子もお湯で化粧を落としたときに、通気口から出てくる湯気に混じった鉛とか水銀を吸い込んでるよ。

 歯茎が赤黒くなって血が出てきたらそろそろ人生終了が見えてくる。

 もしかして化粧作るのって世のため人のためかも。

 いやむしろ今すぐペストマスク欲しい。

 受付で陛下からの書状を渡す。すると黒髪長髪で眼帯をつけたおっさん(美形)が出てくる。


「理事のブロック・ラムレイです。ウィリアム殿下。ようこそお越しくださいました」


「突然の訪問ですまない。こちらはレイラ・ロリンズ。私の婚約者だ」


「この方が、あの……コーエンを再起不能にしたというドラゴン……」


「いいえ。人間です」


 一応否定する。

 ああ、そうかコーエンくんはここの卒業生だよね。そりゃ知ってるわけだ。

 コーエンくんは、次の日に大怪我をしたため、まだ学生である弟に家督を譲ることになった。まだ若いのに……。

 なんでも「メスドラゴンが……メスドラゴンが……」とうわごとのように繰り返しているらしい。

 女子に素手で負けたのがそこまでショックだったのか。

 ちなみにコーエンくんが隠居したため、誰にも処分なし。なぜなら誰一人として魔法を使わなかったから。あくまで、ささいな喧嘩として処理された。

 私が殴りかかったので騎士は魔法を使えなかったらしい。もし女の子相手に喧嘩をして(この時点でアウト)、さらに魔法を使ってしまったら、一族郎党責任を追及される。

 たとえもみ消したとしても、「ああ、あの女子に魔法を使った腰抜け一族の」と誰にも相手されなくなるらしい。社会的抹殺である。怖いよ。

 ちなみに、例えば女性暗殺者相手なら魔法の行使は許される。敵だからだ。ここら辺の線引きは難しい。

 なので、ウィルもまーくんも魔法が使えず、騎士のパンチで鼻血ぶー。

 だけどウィルは知っている。もし魔法を使ったら、私の電撃で全員その場で情けない姿を晒したであろうことを。

 私の魔法で一方的に殲滅させられたら二度と表に出られない一族になってしまう。かなりの人数が。さすがにそれは王族的に避けたかった。

 鼻血出そうがなんだろうが、しょうもない喧嘩に落とし込まないといけなかったのである。なお二人は内緒で近衛の騎士たちに「たった3人で10人に勝つとは実にすばらしい」と褒められたらしい。いーなー。いいなあ!

 つまり私が短気を起こして殴りかかったのは、奇跡の逆転満塁ホームランだったのだ。偶然の産物だけど。

 そして一連の噂は王都を駆け巡り、メスドラゴンの噂を知らないものはいなくなった。ぴぎゃー! ぎゃおー!


「噂とはだいぶ違うお嬢様のようですな」


 ラムレイさんは本当に不思議そうに私を見た。

 えっへん。今日の化粧は、かわいい系ナチュラルメイクよ!

 服も流行を追いすぎない10代かわいい系でまとめている。

 いつまでもラスボスではないのだよ!


「まあ、見た目はな。この見た目通りならどんなに楽か……こほん。ラムレイ卿、書状にあるように魔術の教授たちと話をさせてくれ」


「教授を講堂に集めております。ですが実は書状にある文言がよくわからなかったのですが……」


「まあすぐにわかる」


 講堂に向かおうとしたそのときだった。

 なにやら匂いがしたのだ。

 あれ……なんだっけこの匂い。知ってるぞ。


「ああ、この悪臭ですか? どうやら学院の雨水用の配管が錆びたようで……申し訳ありません」


 違う。錆の匂いじゃない。

 農業じゃない。火薬でもない。これ金属の匂いだ。

 工業高校じゃない。旋盤でもない。たたら製鉄の工場じゃない。アルミダイキャストの工場でもない……。

 あー! 思い出せない。これ、これ、なんだっけ! 特徴的な匂い。

 そう、恐ろしく鉄臭い……あ……そうか。


「ウィリアム殿下……」


 私は外向けの言葉遣いでウィルを呼ぶ。

 これでも一応気を使っているのよ。


「どうしたレイラ」


「この匂い……知ってます。鉄器の匂いです。それもかなり独特なものです」


「鉄器?」


 そうこの匂い。中学生のときに両親と旅行したときに嗅いだ匂い。岩手県の名物「南部鉄器」の工房だ。

 いや南部鉄器そのものじゃないだろうけど、この世界の標準的な製法以外の鉄があるかもしれない。


「ラムレイ卿。学院内に錬金術師の工房はあるか?」


「ええ、工房はございます。錬金術は趣味の分野ですございますが、一応基礎学問として数人の講師がおりますので」


「あとで見学することは可能か?」


「ええ、もちろん。伝えておきましょう」


「ありがとう。では先に会談を済ませてしまおう。レイラ、焦って今すぐプリントするなよ。お前のOSがどれだけ便利なものか見せつけてやるのだ」


「はい殿下♪」


 ラムレイさんに気を使って、令嬢っぽい黄色い声をちょっとだけ出してみた。

 はい、まーくん。青い顔をしない。ちょっとお嬢様ぶってみただけだって。

 私たちは案内されて会場に入る。

 これは戦場だ。

 かつて私のいた世界であった戦争。

 OS戦争なのだ。

 誰もが使っていいし、原作と区別するなら改変も可。それがオープンソース。

 オープンソースはこの世界で生き残ることができるのか。

 魔術プログラム一本で生きてきたであろう、おっさん技術者たちを説得しなければならないのだ。

 それと謎の匂い。それが金属だったら。もしかすると合金を作ってもらえるかもしれない。

 テンション上がってきたぞ!

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