第20話

 王都に着く。

 王都はお祭り騒ぎ。

 ジョッキを持った人たちや、家族連れでごった返している。

 私は品良く手を振る。

 よかった。今の私は白のドレスである。

 化粧も鉛や水銀入りではなく絹雲母で作ったものだ。中学で化粧品工場の体験コーナーに行っててよかった。

 化粧はナチュラルメイクというか高校生がちょこっとやるやつ。

 このド派手な顔にメイクを施すデメリットはよく知っている。

 かと言ってしないとあっと言う間に肌が荒れる。

 この世界の水は硬水なのだ。ああ面倒くさい。

 水銀や鉛が健康によくないのはこの世界の人たちも頭のいい人たちは気づいている。でもやめない。

「はっはっは、異世界人は遅れてるぜ!」と笑ってはいられない。

 だって私たちの世界だって1930年代には放射性物質入り化粧品が流行したのだ。

 今の私たちならこのヤバさがわかるだろう。

 だけど当時の人たちは政府が危ないよって禁止するまでやめなかったのだ。

 つい最近、私が中学生のときだって化粧品の回収騒ぎがあった。

 つまりリアルタイムでは健康被害なんてわからないし、啓蒙したところで効果はあやしいものだ。

 ラジオかテレビ、それに新聞があれば別なんだろうけど。

 それ以外だったら、例えばド派手な顔の女優さんが使う化粧品が流行るだろう。そして派手な顔はここにある。

 つまりだ。自分の身の安全のためにも化粧品のアピールに絶好のチャンスなのである。

 女を利用するな気持ち悪いって思われるかもしれない。でもね、これだけは言わせて。


 やっぱりおっかねえよおおおおおおおおッ! 水銀中毒と鉛中毒おっかねえよおおおおおおおおッ!


 口先で何を言おうとも冷静になったら怖いものは怖い。

 あの厚塗りを体感して冷静になったときの恐怖ときたら。もうね、もうね!

 廃人になるとか本当にシャレにならない。

 死刑を回避してもその先が悲惨な死に方とかは嫌なのである。

 と、いうわけで一生分の化粧品の確保と事業化。さっさとしないと死ぬ。物理的に。

 なお、石けんも欲しい。

 普通一番最初に作る品だと思われがちだ。でもね、灰から作ると超臭い物体Xができあがる。これはせいぜい洗濯用かな。

 でもこちらはニトロ的なグリセリンを作っている。グリセリンが作れるのだ。

 だが、やはり冷静に考えると爆発事故に直結する。いや、ニトロじゃなくても石けん工場の爆発事故はとんでもなく多い。

 産業革命から現代までの石けん工場での死人の数は半端ではないのだ。

 安全な製法が確立されてる現代でも、いきなり沸騰して石けん素地に飲み込まれるとか、爆発するとかがたまにある。

 工場に絶対的な安全とかありえない。日本でも宅地と工業地帯で法律違うのはそういうことなのだ。

 うーん、やはり人海戦術で失敗しつつ情報を共有する方法しかない。錬金術師のみなさんにがんばってもらおう。

 一見すると非道なやり方だけど、その見返りは大きい。

 公衆衛生的に死んだ人間の数百倍は人が助かるし、錬金術師が食える商売になるのだ。

 実際、ウラヤーの街では火薬工場などの雇用はうなぎ登り。すでに食える商売なので錬金術師がこぞって集まっているほどだ。

 そりゃそうだよね。国にダイナマイトや散弾銃を納入するし、蒸気自動車はパレードをするほどなのだから。

 もう彼らは産業に命、いや人生をかけている。私には撤退も中止も許されない。

 自動車で広場まで走る。まーくんも運転に慣れたのか、徐行していたからか、とにかく事故を起こさなかった。よかったよ。

 広場につくと国軍が音楽奏でながら行進してくる。

 おいおい、陛下が甘い人だって? ちゃんと広告戦略を知っている賢い人じゃない。

 ちゃんと世界最初の発明を政治に利用できてる。この感覚はアポロ時代でも通用するよ。

 馬に乗った将軍閣下と陛下が私たちの前に出る。


「我が息子、それに婚約者のレイラよ! よくぞ我が命を完遂してくれた!」


 ここで陛下はまるっと自分の手柄にしちゃう。

 でもいいのだ。奈良の大仏を作ったのは工事の人だって誰でも知っている。でも名を残すのは命令した人なのだ。世の中そんなもんよ。


「敬愛する市民諸君よ、もう人間が怪物を恐れる日々は終わった。この銃とダイナマイトがあれば、我らはあの邪悪なオークの軍団も槍も通さぬ人食い熊も恐れる必要はない! 我々は勝利したのだ!」


 あくまで危険な生物を仮想敵とする。どこかの国ではなくあくまで敵は怪物。

 私が言い張った内容と同じ。だけど私にはできない芸当だ。


「さあ、我が愛する市民たちに新しい武器を見せよ!」


 陛下がそう言うと後ろに控えていた兵士が銃を構える。

 ここ数カ月、必死に練習したんだね。そういう自信が垣間見える表情だった。

 別の兵士が鳩を放つ。

 空高く飛び立った鳩へ銃を持った兵士が狙いを定め引き金を引く。

 空を飛んでいた鳩に命中、鳩は落下していく。

 鳩さんごめんね。でも食料が安定したら君らは人間の食料から外れるから。そのうち駅でおっさんにパンをもらう生き物になるからね。

 市民たちはいっせいに沸き立った。

 本当は怪物の被害は地方の方が深刻なのだ。だけどそれでも彼らは世の中がよくなることを感じていた。

 その後、式は楽団のパレードや歌姫の歌。曲芸師の技や道化師の笑いを披露しながら進行する。

 道には屋台が出て、たくさんの料理が並ぶ。

 とにかくにぎやかに楽しく。市民を飽きさせないように。

 客席を見ると、うちの親父まで呼ばれている。相変わらず機嫌が悪そうだ。

 第一王子の姿はない。そりゃ面白くないだろう。こっそり自分の手柄にしちゃうくらいのしたたかさが欲しい。でもプライドが許さなかったのだろう。これじゃ内部でウィルを推す声が高まっちゃうね。

 市民たちは食べて、飲んで、歌って、踊った。

 そして後から来たジョセフの銃を納入し式典は終了。

 気が付いたらもう夜になっていた。

 私とウィルは城の城門の上にいた。

 私はふっとため息をつく。


「屋台で買い食いできなかった……」


「お前、それか! ここまでやってそれが感想なのか!」


 ウィルがたまらずツッコミを入れる。


「えー、だってー、リンゴ焼いたやつ欲しかったよー」


「あのなあ……ホラこれ」


 そう言ってウィルは油で揚げたパンを差し出す。


「おおー! わかってんじゃん。こういう高いお店じゃ絶対に出さないヤツが欲しかったのよ!」


 私は貪るように食べる。美味。誠に美味!


「焼き栗もいるか?」


「いるー!」


 栗の殻を剥きながら、ピッピッと端末をいじる。


「あのさーウィル」


「なんだ?」


「これからさ、どちらかがいきなり死んじゃうかもしれないじゃん。だからこれ渡しとくね」


 大量の魔法の用紙を印刷する。


「なにを物騒な。なんだこれ経典か?」


「えっとね、それを全部見て。読まなくていいから」


「何百枚あると思ってやがるんだ」


「いいから全体を見たらさっさとめくって」


 目でコードを見る。それだけでインストールされる。

 ウィルは5分ほどで全部を見た。


「なんもおきな……え? なんだカーネル? おい……な、なんだこれは」


 ウィルが激しく瞬きをする。

 システムは無事に起動したようだ。


「これが私の使っているシステム。コンパイラも付属してるよ。説明書とかのドキュメントはいつでも呼び出せるから困ったら見て」


 フリーのOSのコードを拝借している。

 ウィンドウシステムも搭載し、コンパイラもある。

 工業高校御用達、関数電卓もあるよ。


「これでウィルはどんな魔法でも自由に使えるよ。私と違って基礎ができてるんだし」


「……いいのか。こいつは秘伝じゃないのか?」


「いいの。誰でも使える。それが一番大事。ウィルに渡すのだって、そろそろ頃合いだと思っただけだし」


 私の発明を見て理解してくれた。そんな仲間に最初に配りたい。


「ありがとよ。……でな、お前に言いたいことがある」


「なに? 愛の告白?」


「もっと心の余裕があるときに渡せー! このおバカ!」


 ぎゃぴいいいいいいいいいいいッ! ごめんよおおおおおおおおおッ!

 私の悲鳴が城にこだました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る