第19話

 せっかく納入しに行くのに、馬車だとインパクトが弱い。

 これは誰しもが思うところだ。

 なので蒸気機関を木の馬車につけて走行することにした。

 どうしても積載重量の問題が出るがしかたがない。使い捨て上等。

 アルミとかチタンとか……いや、鉄の合金でいいから欲しい。

 作れるけどまとまった数は揃わないのが現状だ。

 この銃の納入と引き替えで鉱山の権利を貰おうと思う。

 反射炉が必要だ。できれば電気炉が。いや工場が欲しい。あと水力発電のダムとか火力発電とか。

 ……いつになったら得意分野の電気に辿り着くのだろうか?

 とりあえずゲルマニウムの鉱石をもらおう。うまくやればラジオを作ることができる。真空管はすでに作ることはできるので、これさえあればラジオ局のできあがり。

 なぜかウィルが興味津々だった。高確率で王家が滅んじゃうよって言っているのに。

 同じくメディアの構築と言えば印刷だ。これにもウィルは興味津々。

 話のネタに出したら印刷機を作れとウィルがうるさかったのでフライス盤で文字盤は作った。

 今、特科の男子が本体を作っているところだ。

 もしかしてウィルは王家が滅ぶのを望んでいるのだろうか?

 心の傷があるかもしれない。じっくり聞かなければならないと思う。


 さて、蒸気自動車(笑)はポッポッポッポと音を立てながら走る。

 前回の失敗から学んで出力はだいぶ落とした。

 軽くするためにフレームは木製。いや正確には荷馬車にエンジンをつけただけだ。

 爆発したら死亡確定である。

 エンジンを積んで、その冷却のため幌はなし。雨天走行不可。

 今回はブレーキと一緒に旋盤と同じような安全装置もつけた。

 スピードは試作型と同じ程度。最高で人の全速力くらいだ。

 これでも休憩を入れなくていいので、トータル性能では馬車よりはかなり速い。

 この数カ月で産業革命の発明で死人が出まくるの現場を実感した。

 本当にガンガン死んでガンガン発明をするのが産業革命なのだ。

 要するにだ、実験をするたびに私かまーくんが危うく死にかかっている。

 火薬工場は珪藻土のやつからコルダ……名前を言えない火薬に切り替えた。

 もう三軒ほど小屋が吹き飛んでいる。魔術的な防御ができる錬金術師でも怪我人の山を築いている。

 わかっていても避けられない。それが事故なのだ。

 心の底から発明家とは偉大である。

 最初に作った人だけじゃなく、国産機を作った人も偉大だ。

 私がやってもぜんぜん上手くいかないもの。ダメ出しの山よ。

 蒸気機関も爆発しまくり。

 それでも止めようという話は誰からも出ない。

 もしこれらを外国が生産したら……というのもあるのかもしれない。

 今回の蒸気機関はテスト済みなので大丈夫だ。

 蒸気自動車の運転は技術大好きっ子まーくんである。

 でもたしか、最初の蒸気機関を積んだ車って事故を最初に起こした車だったんだよね。

 まさかあ……

 がつんッ!

 ママチャリくらいのスピードが出た自動車が産業学校の門に激突する。

 石壁ががらりと崩れた。

 やると思った。やはり事故った。やってしまった。この世界初の交通事故である。

 まーくんがいるのにまたもや事故である。

 ちょっと待て、ちょっと待てよ!

 前も事故もまーくんのミスだ。もしかして、そんはずが。


「ねえねえウィル。もしかしてさあ、まーくんって不器用なの」


「一つの才能に恵まれたものは他の才能に恵まれないものだ」


 見た目がクール系男子というその姿に騙された。

 やはり不器用なのだ。


「なるほど。ちょっと運転代わって」


 ハンドルをぶん取り私が運転する。

 敷地から出して、広い場所まで行けばまーくんでも運転できるだろう。

 そのまま運転する。

 この物珍しい機械の噂はウラヤーの街に広がっていた。爆発事故と一緒に。不本意である。

 市民たちが私に手を振る。私も手を振り返す。

 街の中では徐行。歩きよりも遅く。

 街の門から外に出る。人も少なくなっていく。

 ここからは多少飛ばしても許されるし、事故の危険性も少ない。


「まーくん交代」


 するとうれしそうな顔でまーくんが運転をする。

 後ろからはジョセフ率いる荷馬車と国軍の護衛たちが付き添っていた。

 それぞれ銃を持っているので、たとえ襲撃があっても返り討ちだろう。

 なおダイナマイトは試作品を含めすべて没収された。悲しい。

 高低差のない舗装された道なのでスポーツタイプの自転車くらいのスピードを出す。久しぶりのスピード感。

 荷馬車のジョセフたちを引き離す。足の速い軍馬に乗った護衛たちだけがついてくる。彼らも途中で交代する予定だ。

 私たちも途中で水と燃料の補給をしなければならないので、そこで休憩。

 それでも馬よりは手がかからない。トータルでは馬よりかなり安くすむ。馬力は余っているので車両を連結すれば積載重量もかなり多くなる。

 そうか、馬の世話や休憩がないだけでも蒸気機関って革命的な発明なんだ。まさに流通革命だわ。

 最近の私は鋼材がどうやっても手に入らなかったせいか焦っていたようだ。発明が血なまぐさかった。反省。

 しばらくは蒸気機関車と線路の開発に専念しよう。

 ガラガラと音を立てて馬車は進む。

 少し車軸の摩耗が怖い。

 ゴムタイヤが作れなかったので、しかたなくミスリル製の自動車……というより主にミ●四駆とラジコンカーを模した作りになっている。

 さすがに自動車はバラしたことがない。現代の専門学校でもパーツを組み合わせて製作することはあるだろう。でも何もないところから作ったことはないはずだ。大学の工学部でソーラーカーレースにでも出なければコア部分に触ったことはないと思う。

 そしてミ●四駆すら難しいのが私たちの現状だ。どうしても玉軸受のベアリングが作れなかったのだ。

 熱して溶けた金属をコロコロ転がして作るのは……それはビー玉か。

 鉄球だとプレス加工かな? やり方はおぼろげに知っている。

 だけどベアリングに使えるほど精度の高いものは産業用の機械がなければまず無理だ。

 正確な量、自動的に金属を溶かす技術。大規模な施設。どれも私にはない。

 やはり産業革命の発明家はリアルチートなのだ。

 自分の能力は偉大なる先達のコピーにすら達していない。

 なので車軸はそれほどもたないだろう。特にスピードを出したときは。

 おっとスピードを落とさねば。


「まーくん、少しスピード落として」


「了解です師匠」


 一応、グリスとして名前を出すと大炎上する海洋生物の油はつけてある。

 変速機のようなものとボイラーの火力でスピードを調整している。

 まーくんは変速機。後ろに乗車している特科の男子はボイラーの調整である。

 男子たちは空気を読んでスピードを緩める。

 四人乗りでスピードはわざと遅くしているが、パワーは充分。機関車も夢ではない。

 乗り心地はそれなり。一応板バネのサスペンションはついている。

 なんちゃってリジットアクスルサスペンションである。

 これはラジコンから。現代の車って凄かったんだなの一言である。

 特に強度に関してはデータがないので神に祈るほかない。

 金属疲労で折れませんように……。

 乗り心地は微妙。

 でもそれでもウィルが驚くほどの乗り心地らしい。

 私は不満である。ちゃんとした車両を作れないなんて!

 おかしいなあ。

 普通科主催の後援会に来た大学の経済学部の教授が、


「もうね、自動車なんて誰にでも作れるんですよ。だから産業を転換しなきゃならんのですよ」


 なんて暴言吐いてたけど、一向に作れる気がしない。簡単って設定はどこに行ったのだろう?

 そりゃそうだ、誰でも作れるわけがない。自動車はこれまで数百万人はいたであろう世界中の技術車者の血と汗の結晶なのだ。

 パーツの一つ一つに創意工夫があるのだ。

 それはもっと人が多い建築や土木だったらもっと顕著だろう。絶対に再現は無理。

 みなさん! 異世界転生するなら高校なら機械科、大学なら工学部ですよ! わかりますね!

 ……どうして他の転生者は楽々作れるの? 誰かコツを教えて。


 さてさて、私たちがわざわざ車で乗り込むのには訳がある。

 今回の納入にはいくつもの建前が用意されている。

 第二王子の政治利用に、国は庶民のことを考えてますよアピールに、とにかく大騒ぎできるイベントだったらなんでもいいなどである。

 貴族学校で魔道士との技術協力を結ぶというのもその一つだ。

 第二王子の関連学校と言えど、向こうは貴族。最初からこちらをバカにしているはずだ。

 だから度肝を抜いて対等の関係を築いてやる。

 目だって目だって目だってくれる。

 そしてリリアナに会って話を聞く。

 本人がアーサーとの結婚を望めばなにもしないであきらめる。

 だけどもし助けを求めたら。交換研究員とか適当な名目で奪還する。これが計画だ。


 水と燃料の補給はたったの一回。予想よりも少ない。

 半日もせずに王都のすぐ近くまで辿り着く。これほどまでに王都とウラヤーの街は近かったのか。

 王都に辿り着くと大勢の見物客が蒸気自動車を一目見ようと押しかけていた。

 ウィルと私は見物客に手を振る。

 私が魔王のスパナを掲げると見物客たちがわけもわからず大喜びする。

 それがこの世界における産業革命の始まりだったのだ。

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