第18話

 いつものように作業着で教室に入るとウィルに手をつかまれた。


「ちょっと来い」


「乱暴したら絞め落とすよ」


 下になった柔術家。その恐ろしさを心に植え付けてくれる。


「ち・が・う! 陛下からお前宛に荷物が来たんだ!」


「中身はなに?」


「いいから来い」


 そのままついていくと校長室に連れて行かれる。

 中には腕組みしたミアさん。その前のテーブルにはスパナ!


「うお! スパナだ!」


 片目片口スパナ。仮止め用も仕上げもできる大きなスパナがある!

 これで設計しなくてすんだ。


「すっげー! 存在したんだ! よっしゃ! ボルトをどこかで作ってる! ヒャッハー!」


 私大興奮。それほど素晴らしいものなのだ。


「……レイラちゃん。これの名前がわかるのね」


 どうやら大きなボルトは売っていないらしい。


「えっとスパナでしょ?」


 なんでスパナごときでみんなお通夜みたいになってるの?


「……かつてこの世界には魔王がいた」


「みたいですね」


 ゲームの設定だがなんの意味がある?

 魔法って言いたいためだけに作られた後付け設定だと思うよ。


「これはその魔王の杖よ」


「実家に帰らせていただきます」


 まずいよまずいよまずいよまずいよ!

 なんかまずい予感がするよ!


「まあ落ち着け」


 だがウィルが襟をつかむ。うおおおはなせえええええええ!


「魔王は火を噴く兵士と空を飛ぶ船で世界を焼き尽くした」


 銃……いやロケットランチャーとヘリコプター作ったのかな? いや……違う。作ったんじゃない。作れたなら王国の祖になっているはずだ。

 スパナを持っていたってことは、たぶん軍隊ごと異世界に転移して整備スタッフの中で階級が高い人がいたんだ。

 それで戦国自●隊状態で生き残ろうとしたのか。似たような境遇の人たちに合掌。


「魔王と悪の軍勢を倒した勇者がこの地に国を作り、不思議な武器は宮殿の地下に封印された……」


 リバースエンジニアリングできなくて困って埋めたんだね。

 よし、ごまかそう!


「非道なヤツがいるものですね! そんな悪いやつは皆殺しですよ! 凌遅刑ですよ!」


 凌遅刑ってのは要するになぶり殺しってことね。


「オイコラ、銃を作ったやつのセリフとは思えねえな。なあおい! お前ごまかしてるだろ?」


 ぶにぶにぶにぶにぶに。

 うおおおおお、ほほを突くのはやめろ。ダイレクトに悪意を感じてムカつくから。


「な、なにを言ってるノヨ? 私はキレイな令嬢ヨ」


「なぜ片言になっているんだ? なあキレイな令嬢さんよ」


「ウホ、私、バナナ大好き。タマネギの皮ずっと剥く」


 ほどよく知能指数が下がったところで、私はスパナを説明する。


「しかたないなあ。これはネジ、ボルトを回す道具です! 珍しくもないって、これステンレスじゃん!」


 喉から手が出るほど欲しいステンレスちゃんである。

 できれば、電車のフレームに使うアルミ合金もオナシャス!


「……悪魔の鉄を知っているのね」


「知ってるってこれ、ただのクロム合金なんですって!」


「作り方わかる?」


「ぜんぜん!」


 合金作るのに電気炉必要じゃん。

 電気作るのに蒸気機関必要じゃん。

 電力作るほどの蒸気機関作るのに合金が必要じゃん。

 合金作るのに電気炉必要じゃん。

 ……無限ループマジ怖い。

 たぶん軍隊の人たちも素材で詰んだに違いない。


「こほん……とりあえずクロムとの合金です。作り方はわからないッス」


 鉄の融点が約1500度。

 この世界でも木炭を使って溶かすことは一応可能。

 でも生産量は少ない。

 インチキして私の作ったミスリルとかオリハルコンを加えても生産量はたかが知れている。

 融点660度のアルミを作る方がまだ近道のような気がするがやり方は知らない。ボヤッとした作り方は伝えたので研究待ちである。

 今は鉱山の生産量を上げるのが一番の近道だろう。

 人が死ぬのは坑内作業だが、これはダイナマイトである程度解決と。

 地味にキツいのは坑外の選別作業らしい。ベルトコンベアが必要である。

 鉱山のためにベルトコンベア欲しいじゃん、蒸気機関を作るのに鉄が必要じゃん、生産量を上げたいじゃん、鉱山のためにベルトコンベア欲しい……

 だめだ! また無限ループだ!

 げふッ! なぜ日本の学校は異世界転生対策で小学校から合金の作り方を教えぬのだ!

 今必要だわ!

 なんかムカついたから、暇なときミスリルインゴット作ってその辺に放置しようっと。


「神話も知らないくらいだから、魔王の関係者ではなさそうね」


 たとえ関係者であってもなにができるということはない。

 もう死んでしまったものだし、埋められたものを掘り返すは難しいし、掘り返してもレストアできるとは限らない。

 そもそも道具があっても50年前の原動付き自転車でレストアとかオーバーホールは1年がかりだ。

 何年かかるかわからない。

 中の制御ソフトは軍用のなので、安定性重視でわざと古いやつを使っているんじゃないかな。だから丸ごと吸い出して解析するのは簡単そうだ。

 ……と言っても機体専用のものだから参考程度にしかならないけど。


「そもそも残党なんているんですか?」


「いるわけないでしょ。だから陛下もこれをあなたに渡すの」


「って……くれるの?」


 スパナを手に取る。


「ええ、レイラちゃんなら扱えるだろうって」


 よっしゃー! スパナちゃんゲット!

 貰えるものはなんでも貰う。無料は美徳。フェ●ンギ人金儲けの秘訣にも書いてあった!


「レイラ、うれしそうだな」


「こんなんテンション上がるわ! もうね、もうね!」


 ステンレスである。

 ステンレスなのだ。

 アルミニウム合金とステンレスは転生組にとっては憧れのアイテムなのだ。あとチタンください。


「お前がうれしそうならそれでいいや」


「うん?」


「気にすんな。それとな頼まれてた光の聖女の件だが」


「おおーっと、それ重要!」


「まずリリアナに兄上が言い寄っている。じきに外堀が埋まるだろうな。兄上は手段を選ばぬお人だ」


 最悪だ。もうね、いろいろと詰んでいる。


「それと……なにやら貴族学院でにおいがするって噂が立ってる」


「におい?」


「俺たちのような、な」


 気になってくんくんと作業着の匂いを嗅ぐ。

 油とスス、それに火薬の匂いがする。

 まずい。早急に洗剤作らねば。セスキと石けんが必要だ!

 石けん工場って結構頻繁に人が死ぬけどね……いきなり沸騰からの爆発であふれた石けんに飲み込まれるのよ……。

 これ本当。異世界転生名物せっけんの製造は、工場レベルだと常に戦いよ。

 たいていの製造業は手順を間違えると人が死ぬのである。現●猫バンザイ!


「そう、そのにおいだ。職人ってのは独特な匂いがするもんだ。貴族学院の生徒は知らない匂いだろうけどな」


「ウィルは、なにかが起こってるって思ってる?」


「わからん。だけど面白そうだ。レイラ、銃の納入をするときに寄るぞ。調べよう」


 何が起こっているのだろう?

 本当にわけがわからない。

 そんなエピソードはなかった。

 私一人がシナリオを放棄しただけでいろいろと崩れてきているとか……まっさかー!

 どんだけ悪役一人に依存してるのよ、この世界。

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