第17話
「お、おっす。まーくん」
朝、まーくんに挨拶をする。
廊下で待ち伏せしていたようだ。
ここ一ヶ月ほどこんな感じだ。
「お師匠様。おはようございます」
まーくんは片膝をつき手を差し出す。
主君への敬礼である。
弟子の愛が重すぎる件。ただし恋愛感情まったくなし。
「まーくん……クラスメイトなのでいつも通りでお願いします。つうかウィルの護衛についてください。おなしゃす」
「かしこまりました」
まーくんはすくっと立ち上がる。
それはヒヨコの雛のごとく。私の後ろをついてくる。
そうだウィルに返そう。
思いつきで私はウィルを探す。確か教室にいるはずだ。
教室に入るとウィルの顔をつかむ。
「ウィルえもん! まーくん、どうにかしてくんろー!」
「無理だ。マックスは騎士の中の騎士として育てられた。一度でも忠誠心を持ったら最後まで面倒見てくれる」
カルガモの雛か! 重いわ!
「ぐぬぬぬぬぬ」
「それよりレイラ、ついに完成したみたいだぞ」
そう言ってウィルは庭を指さす。
そこにあるのはずんぐりむっくりとした機関車。
試作品第一号である。
小さめの実物で走行テストなのだ。
線路も今回のためだけに数メートルだけ作った。
正直言うと線路の耐久力が心配である。
「それで……今回のパイロットは? 何度も言うけどボイラーの強度計算はしたよ。でもね、強度計算そのものが間違ってる可能性があるのでなるべく頑丈な人。できればダイナマイトの爆発に耐えられる程度の人じゃないと危険だからね! 本当に死んじゃうかもしれないんだからね! いなければ私が乗るから」
「大丈夫だ。マックスなら王都でも有数の盾魔法の使い手だ。爆発呪文も平気なはずだ」
なるほど。ダイナマイトでも耐えられるか。
そしたら迫撃砲作れそうだから実験に協力してもらおうっと。
と、外道なことが一瞬頭を掠めたが、すぐに冷静になった。
やはり友だちの怪我は嫌だ。失敗だけはしないように注意して作業をしよう。
確か絶対にやっちゃいけないのは空だき。
コークスや石炭が空だきで赤くなった状態で水蒸気をかけるとガスが出て爆発する。爆死か1000度の熱でボイルされる。実際事故も起きている。魔法で大丈夫かな?
本当にそれが怖い。
今回の機関車は一応、ピストン式。シリンダーを圧力で動かして車輪を動かすものだ。
これは知っている方式がこれだけだったという単純な理由である。
なお、材料が足らないため精度は低い。かなりのエネルギーロスがあるはずだ。
燃料は石炭。今までの蒸気機関は全て薪を使っていたので初めての試みである。
コークスとか作りたかったけど、本当に蒸し焼きにするだけなのだろうか。
コークスっぽいなにかが市販されているが、なんだか精度が悪そうで使えない。
わからないので錬金術師の人たちに丸投げした。研究してもらっている。
わからないことばかりだ。自分の無知を実感する。知識チートって本当は難しくない? 実は茨の道? なんで他の転生者は楽に作れるん?
……少し後悔した。
私は庭に行く。さあ動かそう。
まずは動く箇所に成分名を出したら怒られる注油作業。生前先生にこれをしないと軸が燃えるって言われたけど、たぶんこの試作品じゃそこまでのスピードは出ないと思う。……けど自信はない。とりあえず実際作った人の言葉は重い。大人しく従っておこう。
油を入れてあふれた油を拭き取る。
次にボイラーへ水を張る。普通の水だ。本当はこれはダメだ。
普通の水じゃカルシウムがこびりついてダメになる。シーズンが終わったときの加湿器みたいになってしまうのだ。
だから本当は蒸留水を使う。ただしコストが高く時間がかかる。
薪使い放題とかは予算的には可能でも住民感情が悪くなる。無理。
だけどこいつは試作品だ。それほど回数は使わない。
コンタクトレンズの洗浄液のグレードで迷うようなものだろう。
普通の水でやってみた。
「空だきだけはだめ」
小さくつぶやいてから油をふいた布に火をつけボイラーに入れる。
次に薪を放り込む。薪に火が付いたのを確認してからボイラーにショベルで石炭を放り込む。
本当だったら均一に放り込まなければならないが、それは難しい。
もしかすると鍛冶職人ならできるかもしれないけど、私では気をつけるのが精一杯だ。
圧力計を見る。針はピクリともしない。
水が沸騰して走れるようになるまでこの試作品で一時間半はかかる。
まだ使えない。この待ち時間がじれったい。
あ、そうか。だから蒸気機関車は廃れたのか。やっぱ、電気って凄いよね!
「んじゃ、とりあえず外に出ますか」
数時間はボイラーの管理をすることになる。
私は外に出てみんなのところに歩いて行く。
なぜ外に出るかというと顔が真っ黒になる。
本当にシャレにならないくらい真っ黒になる。
爆発コントみたいになるのだ。
「ふう……まーくん。まだ待ってね」
「お疲れ様です。お師匠様」
もー、まだお師匠様って言ってる!
あとで絞め技かけてやろう。
「レイラ、どうだ? 無事に動いているか?」
ウィルは少し不安そうだ。
「今のところ、怖いくらいに順調だよ。そう……怖いくらいに」
プログラムでもなんでもそうだけど、わかりやすいエラーが発生しないと逆に恐ろしい。
とんでもないことが裏で起こっているかもしれないのだ。
生前、電気の実習で調子こいて計器を爆発させたことがある私が言うのだから説得力がある。
「不吉な事を言うな。自信を持て」
「いや自信はあるんですけど、経験上ヤバみが……非論理的ですが」
私は必死に考えていた。非論理的でもこういう勘は当たる。
なんだろうか?
どこか間違っていないだろうかと。
たいした力は出ない。エンジン単体での試運転でもそこまで力は出なかった。
だから大丈夫なはずだ。
私がブツブツつぶやいているとピーッと音がする。
やかんの笛吹きで温度を知らせてくれる装置だ。
「準備ができたようです。まーくんお願いします」
「御意」
まーくんはショベルを持って操縦室に乗車する。
本当は機関士と運転士は別だが、今回は短い距離なのでまーくんに兼務してもらう。
まーくんはちゃんと練習をしていた。
完璧な動きでセッティングし、最後に汽笛を鳴らす。
「おっしゃ!」
私は拳を握った。
とは言っても今回の試作品の最大スピードはおっさんのランニングくらい。
地味な画になるはずだ。
……なるはずだった。
しゅっぽしゅっぽと蒸気の音を立てながら機関車が走る。
最初は歩きよりも遅く、次第に速く速く速く。機関車が加速する。
おっさんの走る速度よりも、私の全速力よりも。
馬よりも……って速すぎ!
ドンッ!
機関車が線路を外れ地面を爆走する。
「まずい! スピード落として!」
必死になって怒鳴る。まーくんの焦った声が聞こえる。
「無理だ! ブレーキが効かない!」
想定外だ。
こんなに出力があるなんて!
だがそれっきりだった。
速すぎて声の届かないところまで行ってしまう。
だめ、その先には……
「壁、壁が!」
がしゃーん!
次の瞬間、機関車が石を積んだ壁に激突した。
石が飛び散り、フレームがひしゃげる。
バランスを崩した機関車が倒れ、ガラガラと転げ回る。
そして最後にボンッと爆発した。
「うわあああああああッ! まーくん!」
殺ってしまった。
私はそう思った。
だめだ。これだけはダメだ。
知らないところで人が死ぬのは避けられないが、私の目の前で知り合いが死ぬのはダメだ!
私は全力ダッシュ。だけど襟をつかまれる。
「レイラ、危ないからお前はそこにいろ! ジョセフ、手を貸せ」
「わかった」
ウィルとジョセフ、それに特科の連中が走る。
私は待機だ。まーくんは無事だろうか。心臓はバクバクと高鳴り、気分が悪くなってきた。
そのときだった、にゅっと鎧が操縦室から這い出してきた。
「ふう、怪我するかと思った」
まーくんである。
フルアーマーのまーくんは無事だったのだ。
「まあああああああああああああくんッ! ごめんねええええええええええッ!」
令嬢とは思えない全力ダッシュで走る。
サッカーで鍛えたこの脚力……前世の小学校の話だけど。
それでも必死で走った。
そして飛びつこうと……ウィルにカットされる。
「男に飛びつくな! はしたない!」
「お、おう。ウィルごめん。怪我してないのがうれしくて、つい……まーくん大丈夫。ごめんね!」
「師匠。この程度の爆発など問題ありません」
お、おう。……銃いらなくね?
ロケットランチャーすら、まーくんには無効じゃないかな。
私の頭の中でターミ●ーターのテーマ曲が流れた。
いやそうじゃねえよ!
早く消火しないと!
「早く消火しないと! みんな、砂持ってきて!」
ボイラーの爆発で石炭の火は消えかけていた。
失敗したとき用に用意しておいた砂をかけて終了。
それでも、私も含めてみんなススまみれになった。
「ねえウィル……思ったんだけど、魔法使いがあれだけ強いと銃なんていらないよね?」
「たしかにマックスの魔法は規格外だ。でもマックスを100人用意することはできない。個人が強くても戦に勝つことはできない。戦ってのは集団戦だからな。それよりも銃を持った100人の軍勢の方がよほど強い」
「なるほど……それでさ、どうする?」
「なにが?」
「ほら……失敗しちゃったじゃん。みんなに迷惑かけちゃったし、危ないなあと」
「気にするな。そもそもマックスは傷一つない。試作品は事故が起こったことまで含めて大成功。やめる必要がどこにある?」
「ありがとうウィル……それにしてもなんで爆発したんだろ……」
私はコケた車体によじ登って中を見る。
ボイラー一杯に詰め込まれた石炭。ちょっと待て……入るだけ入れやがったな。
それで空だきと同じような状態になって液化ガスが発生して引火、爆発したのだ。
まーくんのアホ! ……と、一瞬キレかけたが違う。悪いのは私だ! 私が入れる分量を厳密に指示してなかったせいだ。
機関車は誰も見たことのない新技術だ。
「火を見て適当に放り込んで」じゃわからないのは当たり前なのだ。
それにまーくんは技術者じゃない。細心の注意を払うべきだった。
そう、今回のウルトラバカは私なのだ。
「あー! そっか私が全面的に悪かったんだ! うーん、私のアホ!」
だけど最初に失敗して良かった。
だってまーくんはこれから長い間、私の生け贄……じゃなくてテストパイロットとして活躍することになるのだから。
私の腐れ外道。
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