第16話

 カンカンと鉄を打つ音がする。

 それと同時にドムドムという重い音も響く。

 機械式のハンマー。これで鉄を延ばしたり、ある程度の成形が短時間でできるようになった。

 薬莢を作るプレス機を見た特科の連中が作った。彼らは蒸気機関を理解したのだ。とてもうれしい。もう私がいなくても発展が止まることはない。

 そしてもう一つ。蒸気機関車。実は前世で組み立てたことがある。中学時代に所属していた科学部。その顧問の趣味が蒸気機関車のミニチュア模型を作ることだった。ミニチュア模型と言っても、一両当たりの大きさは寝そべった大型犬くらい。ミニSLと言われるものだ。ちゃんと蒸気機関を持っている本格的なもので、人を上に乗せて走ることができた。

 その組み立てを科学部総出で手伝ったのだ。作った後はボランティアで幼稚園の子どもを乗せて走った。最高に楽しかったよ! ……あの成功体験で人生を踏み外したような気がする。

 というわけで仕組みとパーツはよく知っているのだ。


「だけど……」


 私はハンマーを使う男子を見つめる。

 不安なのは材料なのだ。

 この世界にも鋼鉄は存在する。だけど生産できる量が少ない。

 今回はミスリルを使うが、インフラとして考えたらなるべく安い方がいい。

 でも素材系苦手なんだよなあ。化学は工業高校だとカリキュラムにないからしかたないけど。

 さらに素材系、特に金属は大学に行かないと本格的な講義を受けることはできない。

 くッ! 異世界最強は素材系なのか!

 悩んでいると階下から怒鳴り声が聞こえてくる。


「ええいどけ! 娘に会わせろ! どこだレイラああああああああッ!」


 誰だろう? ぜんぜん知らない人の声がする。知らないからな。

 私は悟りを開いた修行僧のような表情になる。


「おい、レイラ。なんか名前叫んでるぞ」


「ウィル。婚約者(笑)として対処をお願いいたしまする。あと上着着ろ」


 スター乳首の日焼けが元に戻ったウィルはまたもや上半身裸でいる。

 私はすでに顔を赤らめることもない。ウィルも恥ずかしがることもなくなった。日常の光景である。

 でも相手は貴族だ。さすがにまずかろう。


「了解。あーあ、めんどくせえな。あとで飯おごれよ!」


 ウィルはシャツと高そうなジャケットを着る。

 王子様なので実作業はしない。ズボンも高そうな品だ。

 なのでシャツを着るだけで王子様のできあがりである。

 家具に足の小指をぶつけますように。


「了解ッス! そろそろ来るよ」


 ドスドスという足音が聞こえてくる。

 そしてガラガラと乱暴に扉が開く。


「レイラアアアアアアアアアアッ! この親不孝者がああああああああああッ!」


 おっさんがやってきた。

 美形なのにDNAの繋がりを感じさせる悪役顔。RPGで姑息な罠を使う中盤のボス風中年。

 私の父親、グラン・ロリンズである。

 そのカイゼル髭を見るたびに引っこ抜いてやろうかと思う。

 だから私は冷徹に言い放った。


「つまみ出して」


「このバカ娘があああああああああああッ!」


 うるせえな。キレてんのはこっちじゃい! がるるるるるるる!

 と、私が不機嫌になるのを察してウィルが間に割って入る。


「ロリンズ卿お久しぶりです」


 まーくんはウィルから一歩下がって片膝をついていた。あらま凄い連携だこと。


「あなたは……ウィリアム様?」


 かくんと父親のあごが落ちた。

 ウィルも片膝をついた。


「ロリンズ卿。レイラ嬢との婚姻のお許しをいただけないでしょうか」


 まだ実家には婚約許可の書類が届いてなかったのか。


「え……? ええと、誰か……説明してくれ……ください?」


 私だってわからない。

 だって私は婚約者(笑)なのだ。まさかウィルが正攻法を使うとは思わないじゃない。

 適当に「そういう話になってます」って言うんじゃないの。普通。


「私とレイラ嬢は相性が良いのです……それにレイラ嬢の秘めたる力のこと知っております」


 ウィルが笑った。

 ちょっと待て。あのクソ親父、知ってんじゃね? 闇属性の方? それとも知識の方?

 おそらく高確率で闇属性の方だ。

 魔法を教えないこと自体は【貴族の女子あるある】なのだが、私に魔法を教えなかったのは闇属性のせいに違いない。


「む、むう。なぜそれを……」


「兄上から。それで調べたところ兄上に売り込みをなさっていた様子。ですが最近になって話がご破算になったとのこと」


「あーッ! そういうことか! このクソ親父。私の売却話を進めてやがったな!」


 ようやく真実がわかった。

 つまりゲームの私が第一王子の婚約者だったのは闇の力欲しさ。

 だから伯爵令嬢ふぜいが王子と婚約できたのだ。

 それで光の力を持つリリアナが現れて私は用済み。

 私の知らないところでポイ捨て交渉が行われていて、ごねた親父の口を塞ぐために私まで抹殺。

 

 そりゃポイ捨てスキャンダルはイメージに傷がつくものね。忘れたころに暴露とか嫌だよね。そりゃ殺すよね。

 完全に私被害者じゃん。なにも悪くないじゃん。

 どうりで罪が重すぎると思ったよ。そうか撤退時期を見誤ったのか。

 うおおおおおおおおおおお! 余計な事しやがって! このクソ親父!

 アーサーも正座させて説教したい。


「なんだその下品な口調は!」


「うっさい! とにかく私は家には戻らないし、貴族学院にも行かないから。まーくん、ショットガンちょうだい。追い払うから! いや今ここでぶっこ」


「マックス、レイラを止めろ」


「御意」


 ウィルは私の取り扱いをわかっている。

 すぐにまーくんに取り押さえられる。


「うおおおお、放せええええッ!」


 私は暴れるが相手は屈強な騎士。床に押さえつけられてピクリとも動かない。

 ……と、思うじゃん。ロックが甘いわ! ただ手で押しているだけなど甘い甘い。

 工業高校で生態系の頂点に立った技を見せてくれる。

 私は気合と柔軟性で体を浮かせ、隙間にムリヤリ頭を入れてでんぐり返し。

 仰向けになった私は、仰向けのまま滑って回転。まーくんの足をつかむ。

 さらに足に自分の足を引っかけまーくんをうつ伏せにテイクダウン。

 最後に自分の足でまーくんの足を極めながら頸動脈を腕で絞める。なおパンツは見えない。作業着で良かったよ!

 ふふふ。優秀な悪役令嬢は寝技もこなすのだよ。

 勝った! 私の勝ちだ! ふははははは!

 ところが……すっぱーん! ふごッ! 頭が痛い。


「レイラ、そのくらいでやめておけ。お前に負けたマックスが今まで見たことがない顔をしている」


 私の頭を叩いたのはウィルだった。

 まーくんは「嘘だ……これは夢だ……女子に負けるなんて」と繰り返してる。

 すまんな。この世界には全世界規模で天下●武道会をやるイベントないもんね。

 魔法優位だし、山間部でのゲリラ戦も発達してないし。柔道も柔術もないし。だから寝技もそれほど発展してないもんね。

 転生者は高確率で古流柔術か剣術ができる。これ異世界転生の常識ね。私はブラジリアンだけど。

 しかたないよ。ほら、寝技って初見殺しだし。知らなきゃ防御できないもん。

 私が納得しているとウィルが親父にささやく。


「ロリンズ卿。そのもうじゅ……いえ、お嬢様をちゃんと扱えるのは私くらいかと。兄上には若干劣りますがどうでしょう?」


「あ、あははははは。もうじゅ……いえ、アレを引き取ってくださると? こともあろうに騎士を野蛮な技で絞め落とそうとする娘ですぞ」


 急に親父の態度が変わった。

 なんだろうか? その産廃扱い。

 私はふくれる。でも話はいい方に転がったようだ。


「ええ、そこがいい。ロリンズ卿には最大限の協力をお願いいたします」


「え、ええ、もちろんですとも!」


 まあいいや。都合の良い方に行ってるみたいだし。

 別に正式に決定したものじゃないだろ。打診程度かな。第一王子の耳に届かない程度のレベルの。

 もし正式に決定してたらこの間の晩餐会の前に問答無用で出荷されてただろうし。

 私が考えていると今度はまーくんがぷるぷると震え立ち上がった。

 そして私の手を握る。まさかの略奪愛だと。


「お師匠様!」


 はい?


「お師匠様と呼ばせてください! 今までの態度、誠に申し訳ありませんでした! どうか私にその体術をご教授ください!」


 おーっと。話が変な方に転がった。

 だがこのやりとりを見ていた男子たちが目を輝かせる。

 おーっと、そうか。格闘技って男の子好きだもんね。そうかそうか。

 エロ狙いだったら容赦なく締め落とすからなー。


「しかたないなあ! みんな教えてやるぜ!」


「うおおおおおおおおおおお! レイラ! レイラ! レイラ! レイラ!レイラ! レイラ!」


「ふはははははははははー!」


 調子にのった私はガッツポーズを決める。

 親父は青い顔をし、ウィルはヤケになって笑っていた。

 さて親父そっちのけで決まったこの活動。

 異世界史上初の部活動だったとはまだ私は知らなかった。

 ところでさ、知らない間に本格的に結婚することになってないかな? どう思う? 外堀埋まってない?

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