第15話

 夜。また夜会である。

 用が済んだので第一王子に接触する前にさっさと帰る予定だった。だからミスリル銀とオリハルコンも時計とかフライス盤とか葡萄酒と一緒にその他の献上品として木箱に入れて納入した。

 納入数が多いものは鑑定官が中身を調べて一覧を作る。そして偉い人に報告することになっている。

 とは言ってもウィルは第二王子。お父ちゃん、土産買ってきたよー。というノリだろう。

 なのに帰り支度をしていると宮殿は上から下まで大騒ぎ。ウィルが呼び出される。

 ウィルは玉座の間に呼び出され、私は説明を求められたときのために廊下で控えている。

 すると陛下やら大臣閣下の怒鳴り声が聞こえる。

 工業高校にたとえるならば、この感じは配線間違えてオシロスコープ(たいへんお高い機械)破壊どころの騒ぎではない。

 男子がバイクで廊下を走ったレベルだろうか。

 電気を溜めたコンデンサーのキャッチボールレベルだろうか。

 無許可でドローンを飛ばして職員室内に不時着したときだろうか。

 学校のパソコンで18歳未満お断りのゲームをやっていたレベルだろうか。

 教師のカードキーを磁気カードライターで複製したときだろうか。いやこれも違う。

 レーザー複合機のメモリに学内ネットワークから侵入、パーミッションと試験問題の印刷データを盗んだときレベルだろう。10年落ちの複合機なんて使っている方が悪い。(なお、私の通っていた工業高校のテストに盗むほど価値のあるものはない。勉強しないでも常に楽勝である)

 要するになにが起こったかというと……ウィルはこってり絞られたのである。


「伝説の金属の報告をしなかったと叱られた。あまりにも身近で価値を忘れてた俺のミスだ」


 そうだよね。

 でもさ、国宝級なんてどうせ換金できない。それに私達くらいの知識がなきゃ使えない。つまり危険性もない。

 使い道も剣や防具を作るくらいだ。当たんなきゃどうってことはない。

 私の設計図やフライス盤、それにダイナマイトや銃が流出する方が怖いのだ。

 ウラヤーの街じゃインゴットは鍵のついてない小屋に放り込んである。

 ウィルには悪いが今後の管理態勢を見直すいい機会である。国に丸投げしてしまおう。


「うんで、もう帰るの?」


「いいや、夜会に出ることになった。もう俺もお前も注目を浴びる身分になってしまった」


 結局、夜会の出席まですることになった。

 私は嫌だと駄々をこねるが連行される。


「婚約者(笑)殿。ちょっと顔貸せよ」


「やだああああああッ! このメイクで人前に出るのいやあああああッ!」


 王都風メイクのせいで、さらにラスボス感を増した私。

 今は第二形態だ。今までの冒険で散った仲間たちが助けに来てくれる展開なのだ。

 このまま行けば第三形態は自立歩行が不可能になると思う。

 この状態で人前に出すのは鬼だと思うのよ。

 だけどウィルは私の手を引っ張る。

 おぼえてろよ! たとえ我が笑いものになろうとも第二第三の悪役令嬢が……ぐあああああああああッ!

 さすがにウィルと相討ちを狙って会場で駄々をこねる根性はなく、愛想笑いを貼り付けながら会場に入る。私偉い。

 私が入った途端、会場の空気が凍り、ひそひそと声がする。


「殿下の婚約者ってあの子? 王子騙されてるんじゃないの?」


「ウィリアム様は修道院育ちだから……コロッとああいうのに騙されてしまうんだ」


「まったく……あのような女を」


 あははははははは。やはり私のような珍獣はこの扱いである。同じ境遇であるミアさんもさぞ風当たりが強かったに違いない。王の妻ではいられなかったのだ。なんか腹立ってきた。

 言いたいこと言いやがって。うん、決めた。いまここでダイナマイト使おう。

 私は暴挙に出ようとする。

 だけどウィルが私の手をつかんでささやいた。


「レイラ、宮廷雀の言葉に耳を貸すな。俺はお前じゃなきゃ婚約者になんかしない」


 おっと、非モテ少年が勇気を出したぞ。フラグが立ったか。


「それは恋愛感情? それとも友情?」


「友情? いや……わからん。怒るなよ。本当にわからんのだ」


 怒ろうかと思ったけど、ちゃんと考えたので許してやろう。

 なんだか心の余裕ができた。私はエレガントに微笑む。


「ひいッ!」


 どこぞから悲鳴があがる。顔憶えたからな。そこまたぐなよ!

 私はそれでもほほ笑む。エレガント、エレガント。ぶっころ……じゃなくてエレガント。

 すると会場の音楽が壮大なものに変わった。

 やめてー! ラスボス戦みたいになったから! マジでやめてー! 噴いちゃうからやめてー。

 ラスボスハラスメント。略してボスハラがひどすぎる。


「頼むからいい子にしてろ」


 ウィルがそっとささやく。ウィルひどい。

 怒りながらもウィルと手を繋いでいると、第一王子アーサーがやってくる。

 先ほどは目も合わせなかったのに愛想の良い笑顔を浮かべていた。


「やあウィリアム、レイラ」


 アーサーが声をかける。

 なんだろうか……少しイラッとした。

 いや、一応初対面なのだ。

 先ほど玉座であったが私は顔を下に向けていただけだ。


「ウィリアム。お前に似合いの女を手に入れたな」


 なんだろうか?

 手に入れた……? 女? 侮蔑が入っているような気がする。

 がるるるるるる!


「闇魔法の使い手を手に入れるとはな……まさかお前が王位争奪に挑んでくるとは思わなかったぞ。さあ、これから正々堂々と競おうではないか」


 うん? ちょっと待てよ。

 私が闇魔法設定になってる件は一度置こう。

 それよりもまどろっこしい言い方が問題だ。

 王位を競うなんて普通は人前で言わない。

 国が安定してないと思われるからだ。

 アーサーは軽率な人間という設定じゃないはずだ。

 ではどうして?

 そうか。ウィルが怖いんだ。だから潰してやるつもりだ。

 テキストベースのゲームだからわからなかったけど、やはりアーサーはヤバい。まともじゃない。

 ゲームでも元カノのレイラをポイ捨てにした挙げ句に、意味不明な罪で処刑するような男だ。かなり深刻なサイコパスに違いない。

 元カノを恨んでても殺すまで行くのは珍しい。記録に残るくらいのレアケースなのだ。

 だけどウィルは冷静だった。


「私は兄上の臣下となる身。兄上と競う気は毛頭ございません」


 だがアーサーは聞いていない。


「ははは。ウィリアム。学園で光属性の女に出会った。俺も負けてはいないぞ」


 どくんッ! 心臓が跳ね上がった。

 こいつはやばい。アーサーは危険人物だ。

 その危険人物のターゲットはリリアナなのだ。

 待てよ。そもそもレイラが処刑された理由って光属性の方が価値があるから邪魔になって殺した……とかじゃないよね?

 いやたぶんそうだ。認めよう。

 そうか、私がこのまま発明を続けたら……私の利用価値が上がる。それでウィルから私を取り上げる。邪魔になるのはリリアナちゃん。

 そしたら次のターゲットはリリアナちゃん……いやー、まっさかー。ねえ違うよね? ねえ! 誰か違うと言って!

 私は冷や汗を流す。

 頭の中はぐるぐるし、耳鳴りがしていた。

 歴史の中で王国が戦争を選ぶのとは違う。

 戦争は人という種がステップアップするための試練だ。悲惨だし淘汰される方はたまったものではない。だが未来のために必要なイベントだ。

 だけどこれは違う。なんの正当性もないただの殺人の片棒を担いでしまうかも知れないのだ。


「大丈夫か?」


 青い顔をしているとウィルが私の背中に手を当てる。

 おう、すまねえッス。


「兄上、すみませんがレイラが具合悪そうなので、少し風に当たらせてきます」


「あ、気が利かなかったな。二人きりになっておいで」


 人の良さそうな顔でアーサーはそう言った。

 私はウィルに手を引かれてテラスに出た。


「すまんレイラ! 気分を悪くさせた」


「い、いや、あの……」


 どうするべきだろう?

 リリアナが道具のように扱われて殺されるのを見逃すべきか否か。

 シナリオの先には確実に地獄が待っている。できれば助けたい。

 あとあのアーサーと暮らすとか無理。利用価値がなくなればポイ捨てだろう。

 それにゲームではレイラの死刑にリリアナは反対していた。

 一方、リリアナを助けるのはリスクがある。最悪死ぬかもしれない。メリットは私の胸がすっとする程度だ。

 弱きものが虐げられるのを黙って見ているか……それとも助けたいという気持ちを優先するか。

 いや……私は令嬢失格だが、卑怯者にはなりたくない。


「ウィル聞いて……私は転生者なの! 科学が進んだ世界から来たんよ」


「寝言は寝てから言え」


 ですよねー……そうなりますよねえ。普通信じませんよねえ!


「いいから聞いて。リリアナが光の聖女なの。アーサーはリリアナを狙ってる。助けなきゃ」


 あのサイコ野郎とくっついても地獄の未来が待っている。

 本人が本気で好きならいいんだけど。


「……うーん、もしかして気づいたか?」


「え?」


「兄上はなあ困ったことに情がないんだ。平気で裏切るしすぐに殺す。俺が修道院から戻されることに決まる前も何人か死んだらしい」


「どうして野放しにしてるの。そんな危険人物」


「情に左右されず常に最善の手を取ることができる。それは統治者としては有能な証だ。父上が情に流されすぎるせいで兄上は人気者なんだ」


 そう言えば大半のサイコパスは犯罪者にはならない。

 それどころか社長や政治家に多いと言われている。

 なるほど。人間としては最悪でも、経営者としては優秀なのか。


「でも駒にされる方はたまったもんじゃないよ」


「バカみたいな理由で修道院に預けられたりとかな。わかったよ、そんな目で見るな。俺の方で接触して意思を確認しておく。もし嫌がっていたらお前に教える。そしたら一緒に助ける方法を考えよう」


「さすがウィル! 大好き!」


 ウィルにハグをする。

 ちなみに恋愛ではなく友情の方である。本当だからね!

 するとウィルは顔を背ける。


「そのな……そういうのは他の男にはするなよ。勘違いされるからな」


「お、おう。信頼してるぜ相棒!」


 なんだかバディものみたいになってきたぞ。


「それでいい。じゃあレイラ、帰るか」


「女の子がいっぱいいて居心地が悪いんですね。よくわかります」


 会場には女の子がいっぱいいた。

 女嫌いというか、女の子が苦手なウィルにはストレスである。


「ぐ。心を読みやがって」


「まあまあ、私たち友だちじゃないッスか。行動パターンは把握してるっスよ。あ、そうそうもう一つ。闇属性の魔術ってなに」


「闇属性ってのは光の属性と双璧を成す希少な魔術属性だ。闇は破壊の力、光は創造の力を持つと言われ、光の方が上位とされている」


「どちらかというと、私は創造側なんだけど」


「ただの迷信だ。お前が創造側ではなければ俺たちは出会っていない」


 ですよね。

 私はあくまで創造側。

 小屋とか爆破したけど創造側。


「まあいいや。とにかく部屋に帰るぞ。それで明日一番で学校に帰ろう」


 庶民として育ったウィルには宮殿の居心地は悪いだろうな。

 早く帰してやらないと。

 私も自分の部屋じゃないと落ち着かない。


「了解ッス! ねえねえ、帰ったら機関車か自動車作ろうよ!」


 乗り物さえ作ってしまえば王都は日帰りの距離なのだ。

 さっさと作ってしまいたい!


「まだ作るのかー!」


 作るっすよ。だってそれが私だもの。

 ウィルよ。もう遅いあきらめるのだよ。

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