第10話

 私はまたもや慎重に測りながら万力で棒を固定する。

 そしてまた削っていく。

 やはり時間をかけて二面を作成。

 さらに残った二面を加工する。

 ここで40分はかかっただろうか。

 もうみんな飽きてしまったかもしれない。

 私はストッパーをかけ、機械が止まったことを確認すると後ろを振り向く。


「ごめんね、飽きたでしょ」


 ところが特科の連中は真剣な表情だった。

 ウィルは私に手ぬぐいを渡す。

 うっわー、いつの間にか汗だくになっていた。


「飽きなんかしない。俺たちは時代の目撃者だからな」


 ずいぶんと芝居のかかった言葉だ。

 私が疑問に思っていると、まーくんが水の入った銀のカップを渡してくれる。


「ありがと、まーくん」


 私はコップを受け取りコクコクと飲む。さすがに喉が渇いた。

 飲んでいると異変に気づいた。

 ギャラリーが変化しているのだ。

 ミアさんはいい。校長だから。

 でもトレバーさんやらなんやら……たぶん偉い商人やギルドのマスターがいる。


「ウィル爺さんや。なにがありやがりましたか?」


「レイラ婆さん。見学者だ。絶対に成功させろよ」


「マジッスか……」


 といっても、最後は切断して残った二面を削るだけだ。

 次はメタルソー。金属を切断する刃だ。ミスリル銀率高めの超高級品だ。

 メタルソーを取り付け、レバーを回し締め付ける。

 角度を確認。棒を正しい位置で万力に固定する。

 ストッパーを外すと歯車が入り、メタルソーが回転する。

 レバーを回し、切断する。

 高温が鳴り響くがやはり馬力が足りない。私は排水レバーを引く。

 冷えた蒸気が水になったものが棒にかかる。

 水をかけると棒を送るレバーがいくらか軽くなる。

 私は慎重に切断していく。

 そして10分以上かけて切断。その瞬間。


「うおおおおおおおおおおお!」


 と歓声が上がった。

 なぜそんなに喜んでいるのだろうか?

 私は疑問に思いながら、円柱の丸くない部分切断面の研磨に取りかかる

 今度はエンドミルに交換する。

 今度は金属を削る刃だ。

 ちゃんと締め付けて固定する。

 また計器を使いながら万力で棒を固定する。

 もう四角い棒になっているので削るのは簡単だ。

 ストッパーを外すとエンドミルが回転する。

 今度は簡単だ。エンドミルを動かすハンドルを回す。

 エンドミルが下降し、棒を削る。

 数分で完成。ハンドルを逆回転し、エンドミルを上げる。

 もう片方の面も同じように削る。


「うし!」


 私は小さく言うとストッパーをかける。

 部屋に焦げた匂いが充満している。やべえ限界だったか! どこか焼けちゃったかも!

 心の底で焦っているのに、なぜか拍手が巻き起こる。


「ねえねえ、ウィル。なんで喜んでいるの?」


 ただの六面体を作るのに凄い時間がかかってしまった。

 技能士試験なら落第だろう。いや、機械科だったら教師に鉄拳制裁レベルかもしれない。


「後で説明してやる。ほれ、度肝を抜いてやれ!」


 私はわけがわからずエンドミルをドリルに交換。

 またもや慎重に測り六面体を万力で固定。

 ストッパーを外し、ハンドルを回してドリルを降ろしていく。

 これは簡単だ。数分で大きな穴が空く。

 全て終わると六面体を外し、金ヤスリでバリ取りをして終了。


「はい。できました!」


 その瞬間、熱烈な拍手が起こった。


「レイラ嬢、ぜひ教えてください! この機械ではどこまで複雑な形状を作れるのですか!?」


 おじさんが私に迫る。


「レイラ嬢! この機械はお幾らなのですか! ぜ、ぜひ売ってください!」


 さらにおじさんが寄ってくる。

 え、なにこれ?


「お願いします! 当商会で扱わせてください!」


 私はウィルに視線で助けを求める。

 ウィルはニヤニヤ笑っている。


「すまない皆の衆。これは試作品だ。現状では商品の水準に達していない。それにこいつが画期的な工具なのは皆にも理解いただけただろう。私は父上にこれを直に見てもらおうと思う。商品化はそれまで待ってくれ。だが皆にはこの機械の改良に手を貸してもらいたい。勝手な願いだが協力してはくれないだろうか!」


 ウィルがそう言うと、血走った目でギルドマスターや商人がウィルにがぶり寄る。


「もちろんです! いくらでも協力しますとも!」


「最大限の資金協力をお約束いたします!」


「うちのギルドはいくらでも人を出しますぜ!」


 私は目を点にする。

 ウィルは教えてくれる状況ではないので、まーくんとジョセフに質問する。


「ねえねえ、なにがあったの?」


 するとまーくんは深くため息をし、ジョセフは困った顔をして説明してくれる。


「レイラ、この加工をするのにどれくらいかかる?」


「今回はうまくいったけど、本当だったら簡単な工作でで2時間以上かかるかなあ? 生産性とパワーが問題だよねえ」


 回転数が低い。

 やはり馬力不足だろう。

 耐久性も気になる。


「職人が手作業で作ったらどれくらいかかると思う?」


「半日くらい?」


「大急ぎでも三日はかかる。それも並の職人じゃ精度は落ちる」


 ……まじっすか?


「ま……いえ、本当?」


「つまり精度の高いものが何倍も早く作れる。それも男性と比べて非力なはずの女性がね。この機械は本当に世界を変えるかもしれない」


「え、えー……」


 そうか……自分の視点でしかものを考えてなかった。

 新しい技術を見たら驚くよね。そりゃ。


「レイラ、俺は君の専属になりたい」


「それって……愛の告白!」


 きゃー! やんだー!

 フラグ立っちゃった?


「それだけはない」


 ハッキリ断られたよ!


「俺では君を守ることができないし、君を制御できるのはウィリアムだけだと思う。マックスもそう思うだろ?」


「全面的に同意する。レイラ嬢、君はしばらくはウィリアム様の庇護下にいるべきだ」


「くッ! 命の危険があるのか!」


「旋盤を拒否した連中から仕事がなくなっていくだろうな。彼らからしたらレイラ嬢は殺してでも排除したいはずだ」


 そう、命の危険があるのだ。

 私をどこかに売ってもいいし、殺してしまってもいい。

 監禁して機械を作らせてもいい。

 素のままの私はまだ国が守ってくれるほどの存在ではないのだ。

 第二王子の婚約者(笑)という肩書きだけが私を守ってくれる。それは否定できない。


「わかった! わかったから! しばらくは大人しくしてるから!」


 私はしかたなく二人のフラグをあきらめたのだ……。

 こうして試運転は成功した。

 私はこれから起こる事はいいことばかりに違いないと思っていた。

 だけど皆が喜ぶ裏でシナリオの魔の手が迫っていることを、私はまだ知らなかった。

 ずんどこどっこいと。

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