第11話

 私は旋盤をセッティングする。フライス盤ではなく旋盤である。美しい。

 ダイヤルゲージと言われる比較測定器。

 差を図る道具でこれから削る円柱を測る。とカッコイイのだが、針にバネがついた測定器。……のようななにか。

 つまりダイヤルゲージでも測定器とも言えない不完全な物体である。なのでノーカン。

 なおバネの都合で小型化はあきらめた。

 削る対象を固定して軽く回す。針がぶれたら中心からズレているのでやり直し。

 円柱なので真円であれば中心までの距離は一定。

 そもそも円柱の精度も計器の精度も甘いので針はぶれまくり。

 結局は分度器と曲尺かねじゃくで妥協せねばならない。

 要するに「ちゃんと真ん中で固定してますか?」ということが重要なのだ。

 これは芯出しと呼ばれる作業……の真似事だ。

 ちゃんと測って作業をしないとブレたり揺れたりして危ない。精度も悪くなる。

 ほら、刃が折れて飛んできたら一発で死ぬじゃん。現○猫案件じゃん。

 18世紀はどうやっていたのだろうか? それがわからない。知らないことだらけだ。

 知識がない分はやってみないとわからない。だからある程度であきらめて爪で固定する。

 ストッパーを外すと固定した円柱の方がくるくると回転する。

 周りで見ているのは特科の男子たち。

 私は円柱の棒を削ることにした。

 とは言ってもオペレーションには不慣れなので私も手探りだ。

 ハンドルを回し、回転する円柱に工具を近づける。

 木工だと手でやるらしいのだが、指をなくすのが怖いのでハンドルにした。

 工業機械はおっかないのである。偉そうに言ってる私も感電には鈍感なんですけどね。慣れって怖い。

 自信こそないが私の路線は間違ってないと思う。

 まずは上部を残し、下を削る。

 高音が響き、削りかすが出る。回転数が低いので時間がかかる。

 終了。わりとちゃんとできた。

 次に削った部分に溝を掘っていく。ねじ切りだ。

 そう、私が作っているのはボルトだ。

 ネジやボルトこそ産業を現代に導いた道具である。

 ネジやボルトを大量生産できるようになったから大型の道具が生まれ、庶民も道具を手にすることができた。

 つまりアポロ計画までに必要なのはまずはネジとボルトなのだ。

 スパナ欲しい。できれば片眼片口のやつ。

 私はふふんと上機嫌になると、今度はフライス盤で上部を削って完成。

 美しい……ボルトを考えた人は天才だと思う。

 なお私の専門外の作業である。


「このように、同じものを大量に生産できるわけです」


 私はふんぞり返った。

 いやこの作業、本当に難しいんだって。

 本当はいろんな測定器で測るのよ。


「お嬢、この機械を俺たちに作れというのか?」


 ガタイのいいアニキが私に言う。


「うん。一号機を使って二号機を作って欲しいんだ。一号機はCADとミスリルでインチキしてるから、二号機はみんなの手で作って」


「いいのか? 錬金術師の仕事が減るぞ」


「いいのいいの。厳密に言うと私は錬金術師じゃないし、みんなで作れなければ意味ないでしょ。それに最終的には仕事は増えるよ。これから科学の時代が来るから」


「お嬢、またまたぁ! 錬金術なんて趣味の世界だぜ!」


 みんなは苦笑いしていた。私は本気なのだが……。


「そんでさあ、みんなこういう道具知らない?」


 鉄板の薄い端切れ二枚をテーブルに載せる。

 指で鉄板を挟み、放電現象を思い浮かべる。

 電気は自由電子。手に電気を流し放出。

 バチバチと火花が起きる。いわゆる火花放電というやつだ。

 三カ所ほど火花放電をすると薄い鉄板が溶けてくっつく。

 これぞ秘技、スポット溶接の術!

 たぶん魔法があるから、この手法もあるはず。

 ほら、魔法って手から放電したりするじゃん。

 だけど押し黙るみんな。

 ウィルがスタスタとやって来る。

 ぎゅむッ!

 ウィルが私のほほをつまむ。


「な、にゃにをすりゅ!」


 ぱんぱんとウィルの腕を叩いて降参する。

 だけどウィルは放してくれない。本気で怒っている。


「お前はバカかー! 板金を溶かす雷撃魔法だと! お前は人間兵器かー!」


「らってー、火花放電は無駄が多いんらもん! しょれに敵を倒すのに鎧なんか溶かさにゃくてもいいらもん!」


 わけのわからない言い訳をすると、ようやくウィルは私を解放する。


「今……鎧なんか溶かさなくともと言ったな?」


「うん。それが電気の力だよ」


 食いついてきた。

 電気。それは夢のエネルギー。

 基本的に仕事、例えばモーターを動かしたりするには「力」を「別の力」に変換することが必要だ。

 例えば蒸気機関。これは熱の力を蒸気を使って運動の力に変換する装置だ。

 蒸気は遠くに送ったり、溜めたりが難しいのが難点だ。熱の力も同じだ。

 そこで電気を使う。電気はケーブルで送ることもできるし、バッテリーがあれば溜めることもできる。

 まさに夢なのだ。そして私は電気大好きっ子。

 今こそ王子に電気を売り込むチャンスが来たのだ。

 こんにちはプリント基板、愛してるコンピューター。

 よし売り込むぞ。


「では外に出ましょうか」


 私は作業着を着たまま外に出る。

 中庭に行くと男子たちに対峙する。


「かかって来い。あちょー!」


 ところが男子たちは「はあ?」という顔をしている。

 そりゃそうだよね。そう思うよね。

 でもすでに君らは負けてるんだ。

 そもそもだ。女子が格闘技を知らないと誰が言った。

 元の世界はU●Cみたいなリアル天下●武闘会が行われているとこなのだよ。

 そして二つ目。魔法を教わったことはないけど使えないとは一度も言ってない。自分の得意分野ならなんでもできるのだよ。

 にっこり。

 私が愛想笑いをすると男子たちの顔が青ざめる。

 あ、ようやくわかったか。


「おどりゃあああああああああッ! やってられるかああああああああッ!」


 大半が背を向けて逃げ出した。勘のいい連中だ。

 私はたんっと足踏みをし、無詠唱で地面に電気を流す。

 なお術式は適当である。

 試しに某プロセッサの機械語を魔力で直接突っ込んだから動いた。

 あとは実家で強制的にやらされる編み物をさぼって命令形を試しまくってやった。後悔はしてない。

 足から入った電気が筋肉を強制的に縮める。

 そしてムリヤリ動かそうとすると……


「うぎゃああああああああああああああああああッ!!!」


 このように足がつる。

 はい。全員無効化。

 スタンガンレベルだが足止めには充分。

 くくく。足の筋肉が言うことを聞かないだろう? 勝手に筋肉がしまってしまうのだろう。

 いやらしい子。うふふふふふふ。

 そして私に背を向けて全力ダッシュした男子たちからも次々と悲鳴が上がる。

 走ってる最中に吊ると死にそうになるよね。気分的に。


「うごおおおおおおおおおおおおおお足が! 足がああああああああああッ!」


「と、まあ、これが電気です。もっと出力を上げると心臓を止めることも可能です」


 私がそう言うと、どこぞに逃げていたウィルとマックス、それにジョセフが現れる。

 さすが頭のいい連中だ。あらかじめ危険を回避しやがった。


「おい婚約者殿。理論をふまえて新しい魔術を発動する……それは魔道士の奥義だ。わかっているか?」


 ウィルがにっこりほほ笑む。なお目は笑っていない。


「よろしければ理論から公開するよ。無料で」


 はい、ウィルのほっぺグリグリ攻撃。


「お前はな! どうしてそうなの! ねえ、なんで仕事増やすの!? バカなの? ねえ一周回ってバカなの?」


「うぐぐぐぐぐ。理論は全人類のもの。実装は技術者のもの! 私は最後まで戦う!」


「お前は魔王か!」


 一通りツッコミが終わると、私は魔術に使ったコードをプリントする。


「ほい、ウィル。これが術式ね」


 術式は独学だ。間違ってたらごめんね。


「レイラ……こいつは神聖言語の文法様式から外れているようだが?」


 さすが修道院育ち。

 一発で見抜いた。


「うん、独学だからね。しかたないじゃない」


「う、うむ、そういうものなのか……なあマックス、違うよな?」


「普通は経典から引用して改変するものですが」


 経典の引用と改変。つまりコピペしてパラメータを変えるんですね。

 それじゃあダメよ。仕組みをわからないと。


「レイラ。言え、どうやったらお前のようになることができる? お前はなんなのだ!」


「自分のことなんてわからないよ! 詩と音楽の教育しか受けてないからこうなったの!」


 異世界転生でーす!

 と正直に言った所で理解してはもらえないだろう。

 冗談と思われウリウリされるのは目に見えている。困ったものである。もう、甘えんぼさん。ママ大好きっ子!

 私が考え込んでいるとミアさんが部屋に飛び込んでくる。うほ! 今変なこと考えてないよ!


「ちょっとウィリアム! へ、陛下から召喚状がきたわよ!」


「は? なんで父上が?」


「婚約者のレイラちゃんに興味が出たみたい。……というのは建前。王位継承争いにあんたが参戦するか否か。意思を確認したいみたい」


「……俺はこいつに巻き込まれただけだ。王になる気なんてねえよ」


 そう言いながらウィルは私をうりうりする。

 うおおおおおおおおおおお! はなせえええええええ! いい加減うざいんじゃ!


「もちろん私はわかっているけど、まわりはそう思わない。あんたが玉座を獲りに来たって思うはず」


 二人とも何を言ってるんだろう?

 私と玉座は関係ないはず。


「だけどこいつを野放しにしたら戦乱で何人死ぬかわからねえ。それだけは防ぎたい」


 ちょっと待て。人を災害みたいに言って!


「なんで私を放置すると戦乱が起こるの?」


 すると二人は一斉に私を見る。白い目で。


「どの口でそれを言うのか? ああん? ドラゴンを倒せる兵器を作っちゃおうとしてるお嬢さん」


 ぷにぷにぷにぷに。


「ほんと、どの口でそれを言うのかしら? ねえ、世界征服に一番近いお嬢さん」


 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 ひどい話である。誰も私の「100%興味本位です」という本音を信じてくれない!

 こうして私は「王都行こうぜ。久しぶりにキレちまったよ……」となったのである。

 ちょっと待てよ……王様に会うのだから面白土産が必要だよね。

 でも何作ろう?

 うん、そうだ。あと三年で戦争になるし武器がいいかなあ?

 旋盤で作れる武器……なんだろう?

 よっし、あの薬品の作り方だけは知ってるからやってみるか!

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