第8話
かわいそうに。ギルド長が馬車を飛ばしてやって来た。
なんの権力もないとはいえ、第二王子の呼び出しなので急いでやって来たのだ。
現代日本の政治家の息子が組合の会長をこうやって呼び出したら新聞の標的になるだろう。
だけどこの世界では当たり前のことなのだ。
ミアさんは錬金術師のギルドへ人を呼びに行っていて不在なのにウィルは偉そうにしている。
ギルド長が校長室に飛び込んでくる。
「ギルド長トレバー。参上いたしました。ぜえぜえ……はあはあ……」
顔形は整っているがメタボなおっさんが息を切らせてやってきた。
顔が真っ青だ。
私たちはメタボなおっさん、この街の職人ギルド会頭のトレバーが来るのを待っていた。
「ご苦労。さっそくだがこいつを見て欲しい。いや、持ち帰れ」
ウィルが手をあげると、ジョセフが布に包んだミスリル銀のインゴットをトレバーの前に置く。
「こ、これは! ……なんていうものを私に下げ渡しなさるのですか! 今から傭兵を雇って……いや傭兵もあてになりません。ウィリアム様……誠に残念ですが、私の才覚ではこのような畏れ多いものを扱うことはできかねます」
「だろうな。おいレイラ。これが【普通】の感覚だ。わかったな?」
「えー……」
私は不満げに声を出すと、インゴットをもう一つ作る。
「こんなのいくらでも作れるし」
トレバーは口を開けたまま固まった。
ウィルは私を見てため息をつく。
「トレバーわかるか? これが私の悩みだ。心の底から困っているのだ。なにをしたか説明してやってくれ」
「は、はあ。あの……レイラ様……」
「トレバー様。私は爵位を持ってないし、家を継げないただの小娘ですわ。その辺の15歳の小娘に普段話しかけるようにしてくれませんか」
「で、ですが……殿下の前で」
「この場の無礼は全て許す。いやこいつへの無礼は罵倒までなら常に許す。こいつに常識を教えてくれ」
トレバーがにいっと笑った。
次のトレバーの行動はまさに予想の範囲内だった。
「では……こほん。てめえこのガキ! なにしてくれやがったんだ! 俺たちを殺す気か! てめえな、ミスリル銀ってのは妖精界にしかない伝説の金属だ! こんな塊で出回ることなんてここ数百年なかったんだボケ! 向こう3代食えるわ! 命がいくらあっても足りねえよこのクソガキ! あー、俺は見てねえからな。なんも知らねえからな! 死ぬなら一人で死んでろボケ!」
はい。凄くよくわかりました。下町の言葉って素敵。
「つまり国家が殺してでも奪いに来るレベルの品ね」
「お前ごとな。だから国家を構成する王族として俺はお前を保護せねばならない」
「わかったウィル。偽装婚約者(笑)続行ね。でもさあ、こんなのなにに使うの? だって銀でしょ。剣にも鎧にも向いてないでしょ?」
するとジョセフが説明してくれる。
なるほどウィルではわからない分野なのだろう。
「ミスリルと鉄を溶かして混ぜると強靱な合金を作ることができるんだ」
「なるほどね。じゃあさ、オリハルコンってのはある?」
私は【タングステン】が欲しいなあとオーダーをかけてみる。
ただし素材系に疎い私は具体的なオーダーはできない。
もしかするとこれで似たような鉱石が出るのかもしれない。
「それこそ伝説の鉱石だ。現存はするし使われたこともあるが、ドラゴンが守っているとも、古の魔王の心臓とも言われるものだ。王国の宝物殿に拳くらいの石があるだけ……っておおーい!」
私は金色に輝くインゴットを作成する。
「できちゃった……たぶんオリハルコン?」
「てんめえええええええええええええええ! 問題を増やしやがってー!」
完全にキレたウィルとトレバー、それにジョセフ。さらにはマックスにまで怒られる。
「だってー! 好奇心に勝てなかったんだもん!」
だって見たいじゃない。オリハルコン。
もしかすると白熱球のフィラメント代わりに使えるかもしれないのだ。
世界の生産性を上げるには夜の闇に打ち勝たねばならない。
蛍光灯はちょっと難しいので、まずは白熱球なのだ。
私の中ではとても重要なのですよ!
「トレバーわかったか。こういうやつなのだ。レイラを止める方法を教えてくれ」
「恐れながら殿下……無理です。お嬢はなんというか……嵐とか火山の噴火とか地震の類いなのです。関わってしまった以上、うまく波に乗るしかありません」
「やはり……か……。わかった。ギルドから人を出してくれ。こいつを補助する職人だ」
「承知いたしました。このインゴットですが……国王陛下に献上なさるのが一番よろしいかと思われます」
「そうなるか……わかった! さっそく父上に手紙を書いて、この怪獣を倒してくれる勇者を派遣してもらおう」
ぎゃおおおおおおおおッ! あんぎゃあああああッ!
「ちょ、ウィルひどい! 私は誰にも迷惑をかけないように生きてきた反動がきているだけですって!」
今まで抑圧されてきたのだ。自重なんてしなくてもいいよね。
「……にしてもレイラ、お前の親はなんで気が付かなかったのだ。無能すぎるだろ!」
「どこぞに嫁に出すためだけに存在する駒への興味がなかっただけじゃないですか?」
おそらく日本ですらも、自分の子の才能を見抜けない親はごまんといるだろう。
この世界では私はただの駒だ。見抜けないのが当たり前なのだ。
「ミアさんはいいお母さんなんだね」
私は素直にそう言った。
するとウィルの顔が真っ赤になる。
「そういうのは……卑怯だ……」
「もー、てれちゃってー、ほーれ、うりうり」
私はウィルのほほをうりうりする。
「……調子に乗っているとお前を実家に差し出すぞ。たしかお前、家出中だよな?」
「さーせん!」
くッ! 殺せ!
ちゃんと調べられているとは!
「んじゃ、トレバーさん。いろいろ頼みます! はーいウィル。次は錬金術師に会うよ」
「いや待てお嬢、俺も立ち会うぜ」
「なぜに?」
「あんたのやることは、ちゃんと聞いておかないと死人が出るような気がするんだよ」
私はその言葉を聞いて設計図を出す。
みんなに配ったやつではない。
早急に作らねばならない道具の方だ。
「なんだ……こりゃ? 木工で使う旋盤か……それにしちゃ複雑だな……」
「金属加工に使う旋盤とフライス盤ね。これができればたいていの道具が作れるんだよね。一人である程度作ったけど、刃が作れないから今は難航中」
雑な説明をすると、旋盤は回転する物体にドリルとか刃を当てて削る道具。フライス盤は回転する刃で精密加工をする道具である。
異世界転生組のみなさん。
旋盤とフライス盤がないと現代チートがあってもなにも作れませんからね。最初に作りましょうね。私とのお約束です。
アルミニウムとプラスチックも忘れるなよ!
「俺たちに刃を作れっていうのか?」
「そうそう。金属は詳しくないからね」
するとトレバーはジョセフを指さす。
「お嬢、その仕事、ジョセフとその仲間にやらせてくれ」
「いいですよ。ジョセフくんお願いしますね!」
と話が決まったところで、ミアさんが入ってくる。
横に同年代と思われる女性を連れている。
「はーい。レイラちゃん。この街の錬金術師ギルドのギルドマスター連れてきたよ」
「はーい♪ ええっと、これミスリル銀とオリハルコンね」
私はその場でパパッと錬成するとテーブルに置く。
それを見て連れの女性はパクパクと口を動かす。
「えーっと、なんの教育も受けていないのに錬金術の奥義を究めてた女の子です」
「よろしく!」
もうヤケである。
「オリハルコンって……本物ですか?」
そうだよね。普通、本物かどうか疑うよね。
「それも調べてくれる? いい、以降はこのレイラちゃんに最大限の便宜を図って」
丸投げである。
それでもいい。だって素材わからないから。
それに錬金術のような化学系の人がこれから必要になるのだ。
バッテリーでしょ。液体コンデンサの中身でしょ。プリント基板作るのに必要なエッチング液でしょ。
セラミックコンデンサー開発のためにセラミックの専門家も発掘しなければ。
楽しい。楽しすぎる!
要するに私の頭の中はハッピーセットだったのである。
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