第7話

 帰った翌日。私は軽く化粧をし作業着を着て教室に向かう。

 髪は邪魔にならないようにちゃんと後ろで縛る。

 顔はなけなしの女子力を使ってのナチュラルメイクである。

 少しでも化粧を濃くするとラスボスになってしまうので、注意が必要である。

 これでも一応女子なのだよ!

 特科の教室に着くと男子たちが驚きの声をあげる。


「女子だ! 夢じゃなかった!」


「マジで女の子がいる!」


「俺の妄想じゃなかった!」


 私はなんだか褒められた気分になって「へへん」と胸を張る。

 はいそこ! ゴリラがいるだけとか言わない!


「レイラ嬢はウィリアムの婚約者だ」


 青い髪のクール系男子が水を差す。

 そういやあったな。そんな設定。婚約者(笑)です。


「おいーっす。みんな。あーくっそ、眠いぜ……」


 ここであくびをしながらウィル登場。

 タイミングが悪い。

 殺気のこもった視線がウィルに集まる。


「ウィリアム……校舎裏に来いや」


「久々にキレちまったぜ……」


「ヒャッハー! リンチ祭りだぜえ!」


「なに言ってんのお前ら?」


 まだウィルは状況を把握してない。ご愁傷様。


「レイラさんは貴様の彼女だってな!」


「金持ちだからってなんでも許されると思うなよ!」


「絶対に始末してくれる!」


 ウィルは簀巻きにされて運ばれて行く。

 懐かしい工業高校のノリである。

 どの世界でも思春期男子の嫉妬は身分差を超えるのである。

 私はウィルを放って青髪の男子に挨拶をする。


「レイラです。よろしくお願いします」


 少年は青い長髪を後ろで結んでいる。

 まつげ長え! ホントこの世界美形しかいねえな!


「マックス・ガウデスだ。ウィリアムの護衛騎士をやってる。昨夜も警備をしていたから見られたかもしれない。レイラ嬢、ウィリアムをよろしく頼む」


 ぜんぜん気が付かなかった……。いたっけ?

 護衛騎士なのでたぶん、今現在マックス自身が領地なしの騎士爵か準男爵位を持っている。

 実家はそれ以上だと推測。伯爵かな?

 社交界で会ったことがないので長男ではないかな?

 絶対に今の私より偉いお方だろう。ここは令嬢モードが必要だ。


「ええ、よろしくお願いします。マックス様」


「マックスでいい。この学校で身分など無意味だ。それにレイラ嬢の本性は一昨日拝見させてもらった」


 確かに猫かぶりはいらんわな。

 普通に接しよう。


「私もレイラでいいよ。それじゃあ、まーくん。よろしくね♪」


 しゃきーん。

 できる悪役令嬢は瞬時に人間関係の間合いを詰めるのだ。


「まー……レイラ嬢は面白い個性を持っているようだな」


「ねえねえ、まーくん。他に偉い人っている?」


「そこで寝ているジョセフはウラヤー鍛冶士ギルド会頭の跡取りだ」


 背が高いマッチョ系の男子が机に突っ伏している。

 人間が嫌いすぎて袖に通したイヤホンで音楽を聴いているかも……ってないか。

 とりあえず深い意味があるかもしれない。睡眠は遮らないでやろう。


「他は?」


「あとは各ギルドの見習いと聞いている。だが身分を隠しているものもいるかもしれない」


「了解っす。んじゃ、私が偉くしてもいいよね」


「どういう意味だ?」


 そりゃ、巻き込まれたらウィリアム派ですし。

 その兄は元カノを死刑にしちゃう鬼ですよ。

 偉くならないと生き残れないよ。

 でも言わないでおく。


「うーん……うお、女子がいる!?」


「おーっす、ジョセフ! レイラっす。よろしくなー♪」


 少しうるさかったのか、ジョセフが起きた。

 なので元気に下町ヤンキー風ご挨拶。

 おーお、ピアスなんかしちゃって。ヤンキーなのかな?


「……よろしく」


 口数が少ない。ヤンキーかと思ったらそういうタイプか。


「ねえねえ、ジョセフ。こういうの作れないかな?」


 そう言いながら私は設計図を出す。

 旋盤なのだが、金属加工をするには切削工具の強度が足りないかもしれないのだ。

 ジョセフは鍛冶士ギルドが送り込んだエリートだ。私より知識があるだろう。


「……強度は?」


「金属加工ができるくらい」


「ミスリル銀を使うしかない……普通はやらんがな」


「鋼鉄とかは?」


「上質の鉄鉱山を用意してくれればできる」


 今は難しいということか。

 合金と加工でどうにかなりそうだけど、その知識はうすぼんやりしている。

 玉鋼を作ればと思ったが、なんだかんだで大量生産するには蒸気式の工作機械が必要だ。

 というか材料系は難しいんだよな。詳しい製法は大学レベルだし。

 ステンレスとかクロムモリブデン鋼クロモリ、人工ダイヤモンドなどの存在は知っているが、具体的な作り方はわからない。

 人工ルビーは作り方も知ってるんだけど。釜の温度上げる方法がね……。

 うーん、材料系は知らないことばかりだ。


「もしくは凄腕の錬金術師なら作れるかもな」


 ジョセフの言葉で思いついた。……できるかも?

 ホラ、転生者だし。CADの要領で魔法を使えば……。

 私はボヤッとしたイメージを思い浮かべながら魔術を発動する。

 えーっと、固い金属出してねー。

 なお、化学知識があやしいため、ほぼお祈りである。

 だけどバチバチと火花が散り、インゴットが出現する。


「こんなんできたけど」


 インゴットを渡すとジョセフは目を見開いた。


「マックス……今すぐレイラに第一級の警備をつけろ。レイラは危険だ。国を滅ぼすことができる」


「ちょっと! なに人を化け物みたいに!」


 私は抗議するがジョセフは聞きもしない。


「こいつはミスリル銀だ。純粋な魔術で生み出したのだからおそらく純度は100……正直言ってウィリアムの婚約者じゃなければさらってしまいたい」


「だろうな。だからウィリアムが保護したんだ」


「おーい、本人が置いてけぼりなんですけどー。ミスリル銀ってそんなに貴重なの?」


 私が解説を頼むとジョセフは寝ぼけ眼で答えてくれる。


「国宝にほんの少ししか使えないくらいには貴重だな」


「ふーん……って、それはまずいじゃん!」


 黄金より価値が上だ。それはまずい。

 しかも冷静に考えれば、このインゴットは試作品には使えるが高価すぎて汎用機に使えるはずがない。

 私のバカ!


「これだけでも一財産……いや……三代先まで食うに困らんぞ」


 おーっと、まずい。黄金どころか伝説のなんたらだ。


「それあげるから黙っててくれる?」


「それはできない。ギルドの誓いによって俺には報告義務がある」


「ジョセフのいじわるー!」


 可愛く言ってみた。

 だがジョセフもマックスも冷たい視線を私に投げかける。ひどい。

 マックスがわざとらしく咳をした。


「ジョセフ、どうにかならんか?」


「……取りなすことはできる。すまんがマックス、ミア校長を呼んできてくれ」


「承知した」


 そして簀巻きにされたウィルとミアさんがやって来る。


「ちょっとーレイラちゃん。二日連続で講義にならないんですけどー」


「ですよねー。はいこれ」


 もうサクッとインゴットを渡す。


「なにこれ……ってミスリル銀!?」


「てへッ♪ できちゃった」


 もう笑ってごまかすしかない。


「できちゃったじゃないわよ! なんでこんなの作ることになったの?」


「魔法で鋼鉄を作ろうとしたんです! そしたら失敗して……」


「失敗してなんでミスリル銀なのよ!」


 もう私にもわかりません。

 本当に材料系はまるっきりわからないのよ。

 するとジョセフが口を開く。


「ミア校長。ギルドの誓いにより俺には報告義務があります。本来ならギルドに出頭してこいつを納めるところですが、事が事なので向こうに来るように言ってきます」


「ジョセフ、悪いわね……ウィリアム! あんたの婚約者がまたやらかしたわよ!」


 ミアさんおかんに呼ばれたウィルが額にしわを寄せた。

 簀巻きを外していたため話は聞いていなかったようだ。


「レイラ……今度はなにをやらかした?」


「てへ♪ ウィル、ミスリル銀を魔術で作っちゃった?」


「お前は世界征服でもするつもりか? ああ? うん?」


 ほほを指でウリウリされる。

 だんだん遠慮がなくなってきた。

 いい傾向である。


「わかった。俺の名で呼び出してくれ。レイラ、今度何かをやるときは一番先に俺を呼べ。わかったな」


「ういっーっす!」


 しゅばっと私はウィルに敬礼する。

「押すなよ、押すなよ、絶対に押すなよ!」ですね。よくわかります。

 こうしてまた私は面倒な状態に置かれるのだった。

 なぜこうも作業ができぬのだ……?

 そろそろ機械作りたいんですけど!

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