第6話

 夜会が終わり、部屋で化粧を落とし普段着に着替える。

 ドレスはくれるらしい。最悪の場合に備えて、いつでも夜逃げできるように換金しておこう。

 そのまま私は寮の談話室へ行く。


「オッス待たせたな」


 オッス、オラ、レイラ!

 中にいるのはミアさんとウィリアム。

 ウィリアムは夜会の正装のままである。


「誰かさんのせいで尻が痛えんだけど」


 ウィリアムはまだ尻をつねったことに文句を言っている。

 腰に手を回されたら誰だってびっくりするだろう。

 残念イケメンはそれがわからないのだ。

 さすが乙女ゲー。男子の距離の詰め方がおかしい。


「知らない間にあんたの婚約者にされるよりはいいでしょうが」


 減らず口を叩きながら、私はCADで作った設計図を印刷し二人に配る。


「こいつです」


「なんだこりゃ?」


「まずはこちら、機関車です。大量の荷物を運ぶことができます。はい模型」


「それは前に見た」


「ところが違うんだな」


 私はさらに模型を出す。

 車両を連結したおなじみの姿だ。

 実は中学校の部活でミニSLを組み立てたことがあるのだ。


「こうやって車両を連結して物や人を運びます」


「人数は?」


「この図通りなら100人は乗せられて、速度は馬の2倍ほど。走行距離は線路と石炭があればいくらでもかなあ」


 ウィリアムが頭を抱える。

 なにその態度?


「お前なあ! 早く言えよ! 世界が変わるぞ!」


「言ったら怒るでしょうが!」


 まあ確かにウィリアムが怒るのも無理はない。

 初期の輸送革命を起こすのだ。上手く立ち回れば世界を獲ることのできる技術だ。

 鉱石を載せたり、食料を載せたり、兵士を乗せたり。

 輸送費は無に近くなり地方にまで恩恵が与えられる。

 世界は狭くなり、人はどこにでも行くことができるようになるのだ。

 ウィリアムの責任は重大だろう。なお純粋な技術者である私に責任はない。

 軽く言い争いをしたところで二枚目を出す。


「そしてこっちは蒸気船。風がなくても走ります。こっちは最終的に外側も中も鋼鉄になる予定です。最終的には積載量はウラヤーの街の全物資を載せられるくらいになる予定です」


 貨物船って美しいよね。タンカー欲しい。


「お前は世界征服でもするつもりか?」


「ところがまだなんだな。こっちの方が危ないんだな」


 最後に私は二枚の設計図を出す。


「片方は飛行機。……まずは落ち着いてください」


「落ち着けると思っているのか?」


 ウィリアムひどい。


「私はもうあきらめたわ」


 ミアさんひどい! やけに大人しいと思ったら呆れてたのね!

 私はさらに模型を出す。こいつこそ今日の主役だ。


「まあ聞いてくださいよ。こいつは空を飛ぶ道具。たとえば魔法を使えない人間がエルダードラゴンを倒すため……その模型です」


 こっちは木で作り金と時間をかけたものだ。

 本当だったら飛行機はこの形に辿り着くのが難しい。だけど私はドローンやら鳥●間コンテストでヒントは充分与えられている。あと博物館で見た多少の理論も。

 真空管が見えているのはご愛敬である。

 真空管はこの世界の技術で作ることができた。例のごとく金の力で作ってもらったよ! ……結構高かった。

 かこんっとウィリアムの口が開いた。


「なんだよその顔?」


「正気か? エルダードラゴンを倒すって……お前なに言ってんの?」


 ドラゴン。それも古代竜エルダードラゴンは魔物と言うよりは災害に相当する。

 いきなりやって来ては街を焼き尽くすのだ。そのたびに何百人もが犠牲になるほどだ。

 そんなエルダードラゴンに勝つというのは、日本で言えば台風に勝ちますと言っているようなものだ。

 だがそんな常識など知らぬ!


「設計上はドラゴンとだいたい同じ速度で空を飛べるはずですよ。ちなみにこいつは……」


 私はスイッチを入れる。

 一応電気式だ。アルコールと電気で動く。

 私では化学の知識がなかったので樹脂を作れなかった。だからほとんどが木、それと少々のべっ甲で作られている。

 完全ローテクで作るのは軽く死ぬかと思ったよ。

 早急に塩ビとフェノール樹脂を作らねば。


「こうやると飛びます」


 模型のエンジンがボッボッボッボと爆発音を鳴らし、プロペラがブルブルと音を鳴らす。

 私が手を離すと模型は窓から外に飛んでいく。

 重いので長くは飛べないけど。


「まあ今は曲がれないし、キレイに着地もできないんですけどね」


 その途端、ガシャンと音がした。

 あーあ、墜落した挙げ句にせっかく作った真空管が割れた音だ。

 いずれ無線も作らねばならない。真空管を作れる職人を探さないと……。


「まあ今はショボいですが飛べるのはわかったということで」


「……お前はなにをしたいんだ? 世界征服でもするつもりか?」


「面白半分に決まってるでしょ。はい、それが最後。これを見て」


 私は何枚もの設計図を出す。


「こいつは月に行く道具。ただ作るには私の力だけじゃ足りない。いや誰でも一人じゃ無理。手伝ってくれるかな? 世界征服とかはその後にやってくれればいいから」


 決まった。完全に私の勝利である。

 だけど、ウィリアムは呆れ、ミアさんもかこんと口を開ける。


「お、お前なあ! スケールでかすぎだろが!」


「えー……いやさあ、最後のはちょっと難しいかな? でも新しい工業機械たくさん作って何回も産業革命を起こせば……」


 少なくとも電子回路とコンピューターは必要だ。

 魔法の計算機じゃなくて誰でも使える実物のやつだ。

 でもアポロ時代のエンジニアって計算尺っていう定規で複雑な計算してたんだよね。いけるいける!


「……おい、レイラ。ちょっと待て。本当のところ、お前は何が目的だ?」


「うん? 言ってなかったっけ? 面白半分って。楽しいからに決まってるじゃん! それ以外なにがあるというのですか!」


 うわーい。メカ大好き! 楽しい!


「ババア……こいつの婚約者とか……無理」


「うっわ、ウィルひどい!」


「いきなり愛称だと! なんなのその距離の詰め方!」


 女性慣れしてないイケメンなど友だち扱いでいい。


「ワタシタチ、トモダチ。名前呼ブ」


「なんでカタコトになるんだよ!」


「くーッ! もー、ばかばっかり!」


 私たちの不毛なやりとりにミアさんが噴き出す。

 机をバンバンと叩きくくくと笑う。


「もういいわレイラちゃん。ウィリアムをよろしく頼みますね。うくくくく!」


「はーい、一人前のエンジニアになれるように技術を叩き込みます!」


「そう言う意味じゃないんだけど……まあいいわ。よろしくね!」


「はーい!」


 こうして夜会は終わったのだ。

 そして私は忘れていた……クラスの連中の名前と顔がわかんないことに!

 やべえぜ私! どんどん人間としての最低限の生活を捨ててきてる!

 そう、新たな犠牲者との出会いが待っていたのだ。

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