第5話

 ガシャンドカンシャキーン!

 私はミアさんに拉致され、髪を整えられ、ドレスを着せられ、化粧される。

 化粧をすればご覧の通り、超弩級派手顔の悪役令嬢のできあがり。

 ……我ながら化粧しがいのある顔である。

 なお、やりすぎるとラスボスになるので注意が必要だ。


「さすがロリンズ伯爵家のレイラさん」


「知ってらしたんですか? 産業学校への調書は犯罪歴の有無だけだったと思いますが」


「そりゃ、あれだけの発明をする子の素性は調べるでしょ。行方不明の貴族の令嬢の噂をたどったら半日でわかったわ」


 恐るべし貴族のネットワーク。

 そんなすぐわかってしまうものなの?

 私はそのままミアさんが用意した馬車に乗せられ連行された。

 今いる産業学校から歩いて5分の場所に行くに馬車を使う。その貴族社会の発想にいまだ慣れない。

 馬車が着く。自分から降りてはいけない。

 ミアさんと待っていると、御者さんが戸を開けた。

 まだ出てはいけない。エスコート役の男性が声をかけるまで待たねばならない。あーめんどくさ。

 すると男性の影が見える。


「レイラ嬢。お手をどうぞ」


 どんな男性かなあと思いながら手を取る。きっとこの街の有力な商人だろう。パトロンになってくれれば計画の役に立つだろう。

 手を取り外に出る。そこにいたのは私と同年代の男の子。……というか髪を整えて正装をしたウィリアム。

 私はプーッと噴き出す。だってあんまりじゃないか。これは卑怯である。


「笑うな、はしたない。俺だってこの格好は嫌なんだよ」


「くッ! ぐは! うけけ。これはひどい!」


「てめえ、今すぐ笑いを堪えないとデザートやらねえぞ」


「はいはい。ウィリアムさん。せいぜい令嬢やってやりますよ」


 ウィリアムにエスコトーされて会場に入る。

 会場の中はがんばって中央風にしましたという感じの内装。

 それが逆に堅苦しくなく安心できる。

 地方の街の夜会だ。私やウィリアムでも違和感はない。

 私たちが歩いていると街の有力者がウィリアムに頭を下げる。

 なるほど、ミアさんは街の有力者で中央ともパイプがあるのだろう。

 私は次々と話しかけられるウィリアムと別れ、料理を物色する。


「へえ、さすが港町。魚料理のレベルが高い」


 干物に焼き魚、煮物に酢漬け。塩竃焼きやオイル煮もある。

 ぜひ刺身と醤油が欲しい。だが農業も調理も専門外だ。作り方は知っているが、安全で衛生的な作り方は知らない。

 一見同じに思えるが、この二つの間には天と地ほどの差があるのだ。

 この世界だと食中毒になると高確率で死ぬので避けようと思う。

 私が目を輝かせていると、私を見つけたミアさんがやって来る。


「あれ? うちのバカ……じゃなくてウィリアムは?」


「なんだか偉い人たちに話しかけられてます」


「あちゃー……情報が漏れてたか……」


「情報って?」


「まあすぐにわかるわ」


 すると太ったおじさんが手を叩いた。

 注目させるためだろう。スピーチをするに違いない。


「あの人は街の領主、バーク侯爵よ」


 ミアさんが私に説明をする。

 知らない顔だ。お偉いさんなのに。

 侯爵と言ってもどのくらい偉いかはわからないだろう。簡単に述べれば侯爵や公爵は王族の親戚で地方の王様である。

 この世界においての偉さを日本の例でたとえると親藩の大名になるだろうか。アメリカだったら州知事だ。

 とにかく偉いのだ。

 なのに侯爵閣下だというのに見覚えがない。

 この世界に写真はない。つまり記憶がないということは会ったことがないのだ。

 私は過去幾度もなく商品として夜会に並べられた。

 その私が知らないのだから中央の夜会や社交界には疎遠の人物ということになる。

 バークおじさんのスピーチが続く。無駄に話が長い。

 産業の振興がどうたら、地方の財政がどうたら。どの世界のどの時代でもおじさんは同じ事を言うのだろう。


「……と、いうわけで皆様には楽しんでもらいたい」


 そろそろこの苦行は終わりを迎えるようだ。


「では第二王子ウィリアム様のスピーチを……」


「ぶッ!」


 い、今、なんて言いやがりましたの?

 スター乳首が第二王子? 聞いてないよ!

 原作では存在すらなかったよ!

 いやちょっと待て。て、ことはミアさんは……。


「み、ミアさん……ミアさんの正体は?」


「私は平民で元王宮勤めの錬金術師。ウィリアムは公式には第二夫人の子よ。私との関係は存在しないことになってる。だからあの子、私のことババアって呼ぶでしょ。あれ、とっさのときに間違えないようにがんばってるのよ」


 さらっと重い話をした。

 ババアと言ったのでお仕置きしたが、理由があったのか。

 反省。今後はまず人の話を聞くようにしたいと思う。

 ウィリアムにはあとでお菓子買ってあげようっと。


「でも第二王子って言ってもウィリアムの継承権は低いし、王位争奪レースに全く関係ないのよ。将来軍閥に関係のないどこかに婿に入る予定だから産業学校の方に入ったんだし。レイラちゃん、あの子と仲良くしてあげてね」


「恋愛抜きでなら」


 ハッキリ言って、ウィリアムに小学生のようなイタズラをしたくなるが、男を感じることはない。

 もうちょっとでも男性っぽかったら乳首に貝を置いて放置したりしないだろう。

 なんだろうね、あの小学校のサッカーチームにいた男友達のような感じは。私まで小学生みたいになってしまう。


「……あの子、最近まで男しかいない修道院にいたから女の子の扱い方を全く知らないのよ」


「……なるほど」


 なんとなくウィリアムの人となりは理解した。


「皆の衆。今日は集まってくれて感謝する。私は兄上の臣下として産業を担う存在になりたい。そのためにも皆の団結が必要だ。今日は楽しんでいってくれ」


 拍手が起こる。

 ウィリアムが話終わると、いきなり女性たちに囲まれる。

 どの女性もどうにかして落としてやろうという狩人のものだ。

 ゲーム内のレイラもこうだったのか。

 うん、恋愛に対して無気力な私には真似できない。

 私が感心しているとウィリアムと目が合う。

 するとウィリアムは早足でこちらに来る。

 そして何を言うか考えたあと、テンプレートのセリフを吐く。


「レイラ嬢。今日も美しい……」


 私たち会ったの昨日だよね。

 私はなんだかイジワルしたくなった。

 私は小声でささやく。


「女の子に囲まれて怖かったんですね。よくわかります」


「お前ならわかってくれると思ってたぜ。なにあいつら超怖い」


 からかったつもりなのだが、まさか同意されると思わなかった。

 素直な態度に免じて助けてやろう。


「殿下。皆様踊ってますわ」


 私は踊っているグループの方を向く。

【踊ってごまかせよ】という助け船だ。

 本当は女性からダンスに誘うのははしたない。

 このレベルでも私自身の評判を落とさないギリギリのラインである。

 これでわからなければ知らん。


「ではレイラ嬢。私と踊ってくださりませんか」


 よし、おバカではなかった。


「まあ! ありがとうございます」


 私は声のトーンを上げて礼を言う。

 そしてウィリアムの手を取った。

 はいウィリアム、「キモっ」て顔すんな。蹴るぞ。

 私たちは踊る。いちにさんしー、いちにさんしー。

 ポンコツ二人にしては、まともに踊れた……と自画自賛したい。


「やるじゃないかレイラ。たいした令嬢ぶりだ」


「そちらこそ。驚きましたよ。王子さま」


「王子さま……な。ある日突然王子と呼ばれて生まれ育った場所と親から引き離された気持ちはわかるか?」


 ウィリアムにとって【王子さま】は地雷だったらしい。

 声のトーンが冷たい。

 こういうときの野郎は面倒だ。

 そしてこういうときは嘘をつかず素直に答えて誠意を見せるべきだろう。


「悲しいことなのは想像できますが、経験がないので完全にはわかりかねます。そちらこそ幼少からまったく意思疎通ができない両親に大人しい子でいることを強要される気持ちはわかりますか?」


「たいへんなのはわかるが、経験がないから完全にはわからんな。どうやらお前と私は境遇は違えど、本質は似ているようだ」


 お互い理系のためか、やりとりが間怠っこい。だがこんなやりとりでもお互いを理解しているのだ。

 なお恋愛フラグは立たない。

 ウィリアムと恋愛フラグを立てる気がないし、今のうちに言いたいことが言える関係を築くべきであると考えている。

 産業学校のエンジニアどうし、上手くやっていけるのではないだろうか。


「相互理解も深めましたし、そろそろ私を呼んだ理由を教えてください」


「ああそれな。お前の知識は外に出したら危険だ。俺たちで抱えさせてもらう」


「はい?」


 ウィリアムが手を上げる。

 すると生演奏をしていた楽団が勢いよくドラムを叩く。

 夜会参加者の視線が私たちに集中する。

 は? ちょっと! 目立つの嫌なんですけど!


「すまない諸君。ここで発表をさせてもらおう。レイラ・ロリンズ伯爵令嬢と私は婚約した。彼女はとても……ともても優秀で、彼女が発案した道具はこの世界を変えることになるだろう。諸君らにはレイラの後援をして欲しい。頼んだぞ」



 はあ?



 私を置いてけぼりにして、会場は割れんばかりの拍手に覆われる。

 私は笑顔を崩さずウィリアムだけに聞こえるようにささやく。


「てめえいい度胸してやがんな。ちょっと校舎裏に来やがれ」


 ニコニコ&小声で威嚇。

 人がいなかったら尻を蹴っ飛ばすところだ。


「お前を守るにはこれしかないんだよ。卒業するころには婚約破棄してやるから我慢しろ。そもそも俺が修道院から出たのだってお前のせいなんだぞ」


 私を守る必要があるのはなんとなくわかる。

 これで私はこの街の支援を受けることになるからだ。

 いやプロジェクトの進捗いかんでは国の支援すら受けられるだろう。

 蒸気機関の凄さは重要だものね。

 でも修道院のくだりはなんでよ?


「ねえウィル。ちょっと今のよくわからなかった? なんで私のせいなの?」


「お前の発明のおかげで王子として城に戻ることになったからだよ。お前を探し出して保護するのが俺の任務。婚約者の件はババアの発案で俺も乗った。自由が欲しければ言うとおりにしてろ。まだ発明したいんだろ?」


 おーっと、どうやら私のせいでシナリオが根本から狂っているらしい。

 大人しくスター乳首の言うことを聞いてやろうではないか。


「わかりました。夜会が終わったら校舎裏ではなく……話のできる寮の集会室に行きましょう。本当のプロジェクト……私の真の目的をお教えします」


「楽しみにしてる」


 そう言うとウィリアムは調子にのって私の腰に手を回し皆に手を振った。……ので尻をつねってやった。

 今日は驚いたが負けではない! 後で絶対嫌がらせしてやる。

 飴ちゃん買ってやらないんだからね!

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