第4話

 あれから寮に荷物を置き寝床を確保すると、私は外を散歩する。

 真夏の関東。その灼熱地獄とは違い爽やかな風が吹く。

 私がしばらく歩くと、砂浜の前に置かれたベンチでウィリアムが寝ていた。

 いびきをかいている。初対面のときと同じく上半身裸。

 乙女ゲーの中の人間なので、モブどころか作中に存在しないのに胸毛もなくつるつるの肌。

 まだ焼けていないのか生白い。

 なるほど。肌を焼くつもりなのだろうか。


「しょうがない子ね。このままじゃ風邪をひいちゃうわ」


 私はそう呟くと砂浜で貝殻を拾ってくる。

 ハートマークと星形の貝殻だ。

 私はウィリアムの両の乳首にそっと貝殻を置く。

 だめよ。お母さんをババアなんて呼んじゃ。えい、お仕置き。


「ふう、起きなかった」


 私は満足感でいっぱいになった。

 これで風邪は引かないだろう……ということにしておく。

 仕上がりは神のみぞ知る。

 お母さんへの態度が悪かったからお仕置き♪

 いろいろ思うところがあるんだろうけど、そういうのを人前でやっちゃダメだよ。

 私は仕事をやり終えた気持ちになって海岸を後にする。

 明日が楽しみである。


 次の日、なぜか長袖を着たウィリアムが特科の教室に現れた。


「ど、どいつだ! 俺の……俺の胸にこんな!」


 犯人は私だー!

 仕上がりを確かめたかったが、ウィリアムの様子を見る限り大成功のようである。

 だから私は大胆に話を変える。


「皆様。今日からの研究テーマですが……」


「お前かー!」


 なぜか私の犯行だと即バレ、ウィリアムに追いかけ回されましたとさ。

 なぜバレた?


 さて、気を取り直して授業。……という名の自由時間。

 私は持ってきた旋盤を組み立てる。

 旋盤っていうのは物体を回転させて穴を空けたり、削ったりする機械だ。

 回転してるので、刃を当てれば中心からの距離は一定。その精度は高く大量生産ができる。

 数回、実習でやっただけの私では難しいけど。電気科じゃなくて機械科行けばよかった。

 なぜ工作機械を先に作ってるんよって話だけど、こういうのは先に道具を作るのがセオリーなのだ。

 ゲーム製作もツールを先に開発するでしょ?

 あ、今はゲームエンジン買っちゃうのか……。

 それに実家にあった甲冑を見たら、この世界の加工精度は案外低かった。

 日本刀とかって本当にオーバーテクノロジーなのである。

 そして旋盤は現代工業に至る過程において最も重要なものの一つ。

 機関車や蒸気機関の製作には必ず必要なものなのだ。

 この旋盤、特にねじを作るためのねじ切り旋盤を作らねばナットとボルトの時代は来ないのだ。

 さっさと旋盤を布教して、蒸気機関を取り付けて、大工業化時代を起こしてくれる。

 今は私1人で18世紀まで開発したが、ここから先が難しい。

 だって知らないことも多いもの。工作機械の歴史だってうろ覚えだし。

 なあに、ねじ切り旋盤さえできれば、現代的な万力が作れる。

 そうすればいろんな機械、印刷機も製紙もできるようになるのだ。ひゃっほー!


「なんだ木工の道具か……」


 ウィリアムが残念そうな声を出す。

 確かに片手で弓をしゃこしゃこ動かして使う弓式旋盤はこの世界でも古代から存在する。

 両手が使えないのが難点であるし、固定できない。それに金属加工に使うには力が弱い。

 だから私はクランクと歯車を用いて、金属加工用の旋盤を作り出した。

 クランクと歯車は金の力で職人に作ってもらった。

 金さえかければ次世代技術を再現できる。これはコンピューターの歴史が証明している。

 まあ、最初はこんなもんだ。たたき台を作りさえすればいいのだ。

 私が組み立てていると、ウィリアムが肩に手を置く。


「いや……違う。おい、それはなんだ?」


「旋盤ですよ。こいつで作ると精度が高くなるんです」


 小型の卓上旋盤だ。

 旋盤と溶接、それにプレス加工などがなければ夢は叶わない。

 私はまたもやバッグをゴソゴソ漁る。


「これで作ったのがコイツです」


 私はバッグから時計を出す。

 できることなら超小型の懐中時計を作りたかったが、さすがにまだ無理だ。

 目覚まし時計サイズの手巻き時計だ。

 なお精度は低い。一応動くって程度のおもちゃだ。


「いやその理屈はおかしい」


 ウィリアムがツッコミを入れた。

 なにがおかしいのだろうか。


「なぜお前のバッグは工作機械が入るんだ! 明らかにおかしいだろ!」


「あー……バレちゃいましたか」


「アイテムボックスか?」


 異世界転生あるある。アイテムボックスである。

 これ凄いんだけど鉄道網の方が優れているよね!

 だから適当に答える。


「まあそれです。うんそれそれ」


「こいつ……適当すぎる……」


 ウィリアムは額を押さえる。

 なんだろうか、この偉そうな態度は。

 他の特科の男子たちも同じような仕草をしている。


「まだなにか?」


「アイテムボックス持ちは例外なく国で保護されるはずだが? 危険だからな」


「実家では何も言われませんでしたけど?」


 というか私のアイテムボックスのことなど誰も把握してない。

 最近まで、泥団子とか虫の抜け殻とか、家に庭に生えてたブルーベリーとかブラックベリーとかを放り込んでるだけだったのだ。


「わかった。よーくわかった。ババアの思惑はよくわかった。おい、レイラ。今日の夜あけとけ」


 ウィリアムが私を指さす。

 偉そうに。指をギュッとつかんでとんでもない方向に曲げてやりたい。

 工業高校女子をなめるなよ。


「それはお誘い・・・ですか? タマ蹴りますよ」


 私が反射的にそう言うとウィリアムの顔が真っ赤になる。

 なんだ。案外女慣れしてないな。

 無駄美形め!


「違うって! そう言う意味じゃねえ! ちょっと用事があるんだよ! 会場にはババアもいるから安心しろって」


「はあ……? まあいいですけど……どこに行くんですか?」


 すると特科の教室のドアが開く。

 そこには満面の笑みのミアさん。


「レイラちゃん! おしゃれするわよ!」


 私は腕をつかまれ引きずられていく。


「な、なぜに!」


「街のホールで夜会よ!」


 わけがわからん。

 破滅確定の貴族社会が嫌で逃げてきたのに。どうしてまた夜会?

 なにがあったんですか!

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