第3話
校長室に入るとミアさんは棚をガサゴソと漁る。
そして取り出したるはファンが外に出たエンジン。
鉄皿の上でロウソクを燃やして貯水槽の水を温める。
そして蒸気を噴射し直接ファンを回すという簡単なものだ。
なぜ知っているのか?
そりゃ私が作ったものだからだ。
「こいつの作者に心あたりは?」
「私が10歳の時に作った試作品ですね。役に立たないので叩き売りましたけど」
そのときはまだ産業学校はなかったけど、夜逃げのための逃走資金を貯めていた。
背に腹は代えられないのだ。
破滅フラグを回避するためならなんでもするもん。
それにこれは役に立たない。
このまま大きくしたら蒸気で怪我人続出である。
ゆえに試作品はただのおもちゃである。
だけど校長は頭を抱えている。
「あのね……こいつのせいでこの学校ができたの! こいつの凄さはわかってる!?」
初耳である。そもそもそれは凄くない。ただの子どものおもちゃだ。
このまま巨大化したら怪我人が出るのだ。
「帝都でこれが発見されたのが5年前。これを見た王都技術部の錬金術師たちは断言したわ。『魔法の時代は終わる』と。誰でも使える技術で魔法を超える効率性……。これの制作者を探し……いや探すことができなければ、これを作ることのできる技術者を養成するために王都技術部がこの学校を作ったの」
「はあ、それで驚くならこちらはどうですか?」
私はもう一つのモデルを出す。
シリンダー式でガスの加熱冷却で動かすエンジン。
いわゆるスターリングエンジンだ。
スターリンじゃないよ。シベリア送りじゃないよ。
「これは……?」
「誰でも使えるし、作るのも簡単なエンジンです。今のところ効率は悪いですけどね」
このエンジンは理論上は高効率なのだが、実際に作ってみると高効率にするのが難しい。
こういうのってわりと世の中にあふれてるよね。
使い方はかまどに火をつけるだけだから簡単なんだけど。
「ほう……何に使うの?」
「あまり力が強くないので井戸とか川から水を汲んだりとか、まとめて脱穀したり……研磨とか旋盤とか……とにかく単純な作業をするときに水を入れて火を焚けば自動で行うことができます。場所は取りますけどね」
作業を細かく分割して単純な繰り返し処理にするのは工学の基本である。
「ちょっと待って……こいつは世界が変わっちゃうよ。レイラちゃん、この模型、預かってもいい?」
「いいですよ。それじゃあ設計図もつけますね」
私は魔法を使い、スクリーンを出す。
なぜかミアさんはそれを見て驚いている。
私はわけがわからないと思いながらもOSを起動。
オープンソースのソースコードを見まくった経験が生きている。
さらにOSから自作の
CADと言い張ってはいるが、実はあのソースコードが読めないので有名な3DCGソフトのクローンだ。完全な円は描けない。
さすがに全ては再現は難しいし、日本のものと比べると精度はかなりあやしい。
それでもこの世界の手書きの図よりはマシで、私が使うには充分なのだ。
線で表現された正面、平面、右側面、いわゆる三面図が表示される。
私は間違いがないのを確認して印刷のボタンを触る。ぽちっとな。
「ほいほい、印刷っと」
すると半透明のシートが画面からにょきっと出てくる。
なお素材は不明。なんだろう? このシート。
「はい、設計図。ちょっと精度はあやしいけどそこは我慢して。三日で自然消滅するからちゃんと書き写してくださいね」
なぜかミアさんは口を開けてこちらを見てる。良く見ると小刻みに震えている。
「なに……今の魔法……?」
「え? 設計図書きたくて適当に作りました。私、魔法の教育は受けておりませんので」
なぜか実家では女子には、ほとんど魔法を教えてくれなかった。
道具を使うのに必要な最小限と詩と音楽しか教えてもらってない。
実家が恐ろしく保守的なのか、それともこの世界がそうなのかはわからない。
魔法の書物の閲覧すら禁止されていた。だから独学で会得した前世に関連する能力しか使えない。
エターナルフォースブリザードとか使ってみたかった。つらい。
私が悲しみに暮れているとミアさんは口を開けて固まっている。
「……マジで?」
「マジですよ?」
なにかおかしいのだろうか?
「……ちょっと待ってね。頭が混乱してるから。それ他に何ができるの?」
「設計図から立体図をつくることもできますけど」
私は設計図から作った立体図を表示する。レンダリングである。
とは言ってもレンダリングの技術には詳しくないので、Zバッファ法。
遠くから描いてくやつ。
あまりキレイではない。
仕組みは遠くから描画して、近くを上から描いて塗りつぶしていく方法である。
だが汚い。昔のゲームよりもかなり汚い。
温泉とかにある初代バー●ャファイター相当だろうか。
でもしかたないよね。三次元って理論が難しいし。ミアさんもがっかりしていることだろう。
私がミアさんに目を移すと、またもや固まっていた。なぜに?
「……世界が変わるわ」
「またまたー♪ そんなお世辞を」
「あんたねえ! 書いた設計図から立体図を作るだけでも異常なのに、設計図をそのまま渡すことができるってなんなのー!」
「えーっと、立体モデルも作れますよ」
3Dプリンターの応用である。土を固めて作る。なお強度は微妙。
これも精度はややあてにならない。初期の3Dプリンターよりはマシというところだろう。あの樹脂の糸だらけになるやつ。
もうちょっと洗練させねばならない。
「あんたねえ! こんなの世界中の技術者が欲しがるわ! 私たち錬金術師だって欲しいもの!」
「えー……」
完全な円を描画できないソフトはCAD失格なのです……。
ペンで描いてくれるプロッタみたいなのほしい。
「そもそも大工が設計図を作るようになったのだってほんの30年ほどでしょ! なのになんなのこの詳細な図は!」
「ミア先生落ち着いてー!」
ミアさんを引き離すと、私たちは一息つく。
「つまり……あなたが噂の天才技術者だったのね」
「天才って言われると凄く恥ずかしいですが……それを作ったのは私です」
「わかったわ……。レイラちゃん、あなたのクラスは特科になります」
「特科? あの機械科ではなく?」
そんな! 旋盤作って遊ぶのを楽しみにしてたのに!
というかすでに足踏み式旋盤を作ってしまったのに!
「なんで絶望的な表情をしてるのよ。特科っていうのは奨学生の特別クラスよ。クラスメイトは各ギルド選りすぐりの若手職人なの! とても名誉なことなのよ! そもそも特科そのものがあなたを探し出すために作られたクラスなの!」
無料は決して美徳ではない。
だが今の私には何より欲しいものだ。
ひゃっほー! これで研究にお金が使える!
「わかりました。それで私はなにをすればよろしいので?」
「私たち錬金術師と特科の連中を使って好き放題研究して」
夢ではないだろうか?
本当に好き放題やってしまおう!
「ご予算は?」
「無制限。ただし常識内で」
なるほど。さすがに現時点では発電所を作ってはいけないようだ。
ではまずは工作機械を整えて、機関車と飛行機を作ろう。常識的に。鳥●間くらいの予算で。
ガソリンってどう作るんだろう……? 化学は工業高校の授業になかったので苦手なのだ。
化学なんて基板を溶かして回路を作るエッチング液くらいしか習わないもの。
「わかりました。全力で遊びます」
ミアさんは絶句していた。
ふふふ、私はまだ変身を三回残しているのですよ。自分でもなんのことかわからないけど。
私がドヤ顔をしているとドアが乱暴に開く。
「おい、ババア。連れてきたぞ!」
ウィリアムが男の子たちを連れてやってきた。
すると男子たちは私を見て変な声を出す。
「おい校長……その姉ちゃんは?」
このがさつな感じ。下町感がある。
「あんたたちと同じ特科に入学することになったレイラちゃん。えーっと、ウィリアム面倒見てね。くれぐれも一人にしないでね。放って置くと何するかわからないから」
「なんだよ、その危険人物」
「危険人物なのよ!」
「あのー、ウィリアムとミアさんはどのようなご関係で?」
なんだか気になっておずおずと聞く。
「うん、息子」
「反抗期なのね……ウィリアムちゃん」
「お前……喧嘩売ってるのか?」
「いえいえ。喧嘩はそのうちするとして、とりあえずモデル全部出しますね」
私はウィリアムを華麗にスルーして、記憶にある道具を再現したモデルをミアさんの机に置いていく。
特に機関車はドヤ顔でミアさんの前に置く。
「なにこれ?」
「馬より速くて、馬車より物を多く運べる乗り物です。線路が必要ですけどね」
ミアさんはまたもや頭を抱える。
「あんたたち。当面の特科の課題はレイラちゃんと『遊ぶ』こと。全力でミアちゃんの発明を作りなさい」
「お、おう……」
男子たちが私を凝視する。
「よろしく!」
こうして私は、特科で遊ぶことになったのである。
あと私の最大の被害者であるウィリアムと出会ったのであった。
ひゃっほー!
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