第2話

 ……いきなり予定が狂った。

 原作ヒロインのリリアナが同じ馬車に乗っていた。

 なにを言っているかわからないと思うが、運が悪すぎである。


「あの……貴族学院に通われる方ですか?」


 リリアナはニコニコと人のいい笑顔を私に向ける。

 身バレは絶対に避けたい。ここは見栄を張るのはやめよう。

 どうせ今後関わることはない。


「いいえ。『王都産業学校』の方ですわ。私はレイラと申します。貴方様はどちらのお姫様でしょうか?」


 庶民アピール成功。商家の娘と思われただろう。

 伯爵令嬢は乗り合い馬車なんかに乗らないので身元がバレる心配はないだろう。

 学校着いたら、さっさと蒸気機関車作ろう。


「わ、私はリリアナ……あの私は魔法の才能を認められて特例で貴族学院に入ることになっただけで、私はお姫様ではないんです」


 うん知ってる。

 そして将来のお妃様。

 私、断頭台に乗る。首痛い。ウホ。


「あ、あのレイラさん。王都産業学校って男の人ばかりじゃないですか……怖くないんですか?」


「ふふふ。怖いかも? でも入ってみないとわからないこともありますわ」


 なあに工業高校は二度目である。

 玉を蹴り上げるか、スパナでぶん殴れば安全だろう。


「本当は……私も産業学校の方に進学したかったんです……。法律や芸術よりも世の中の役に立つと思うのです。私、田舎のみんなをお金持ちにしてあげたいんです!」


 いい子や……。

 私は心でむせび泣く。

 でもね。


「私は世の中のためとかは考えていません。自分の興味のためだけに学校に行くつもりですわ。堅苦しく考えてはダメよ」


「人のため」じゃだめなんよ。好きなことをしないとね。

 これ世の中の真理。


「そう……ですか」


「あなたも知識欲を刺激されたらこっちに来たらいいわ」


 ちょっと冷たく突き放し気味だが、これでいいだろう。

 ヒロインに関わったら破滅一直線なのだ。


「あ、あの! レイラさんは産業学校でなにをしたいんですか!?」


 待ってました!

 そのセリフが欲しかったのよ!

 私は目を輝かせながら拳を握った。


「あの空の向こう! まずは月を目指す!」


「え……」


 リリアナは驚いている。

 くくく、情報技師をなめるなよ!


「まずは一年の前期で蒸気エンジンを開発。蒸気船と蒸気機関車を作り、200年時間をすすめてくれる! あ、これ私が作ったモデルね!」


 私は袋から蒸気エンジンのモデルを出す。

 工業高校時代に面白半分でミ●四駆に蒸気エンジンを積んだ経験が生きている。

 エンジンの熱で樹脂が溶けたので、最終的にはアルミで一からフレームを設計することになったのは楽しい思い出だ。設計楽しい。


「卒業までに飛行機を作り、それを売り込んで宇宙開発に乗り出してやる! 目指せ月!」


「……な、なにを言ってるかわからないけど、なんだかすごいよレイラさん!」


 オタクが好きなことを早口でしゃべったのに反応は上々。

 よかった……引かれなかった。

 そして私が壊れたことでリリアナの態度も柔らかくなった。


「いいなあ。好きなことがあるなんて」


「でしょでしょ! さあ、遊ぶぞー!」


 機械いじりとか設計をしまくる生活は言わば遊びの延長、まさに天国なのである。


「いいなあ……私もそっちにしようかな……」


 テンションを上げる私を見てリリアナは小さくつぶやいた。

 これがフラグだったと私が気づくまでは少し時間を要するのである。



 王都に着くと、リリアナちゃんに馬車乗り場に案内される。

 なぜに? 王都にあるんじゃないの?


「あのね、レイラさん。産業学校はここから乗合馬車で一日かかるんだ」


「はい?」


 もしかしてそれは千葉にあるのに東京がついてたりとか、練馬区にあるのに豊島○とかのやつでしょうか? あ、豊島の方は違うか。


「あ、あはははは。ありがとう! 縁があったらまた会いましょうね!」


 私はリリアナちゃんに礼を言うと手を振る。

 やべえ、あやうく迷子になるところだった……。

 幸い、すぐに乗り合い馬車が来て私たちは別れた。

 私はさらに一日馬車に揺られ、浦安……じゃなくてウラヤーの街に着く。

 ウラヤーの街は港町だった。潮風のにおいがする。

 なんとなくだが浦安ではなく湘南っぽい。

 ここに産業学校があるらしい。

 校舎は大きいのですぐにわかった。


「すいませーん。今度入学する新入生なのですがー」


 と、言いながら中に入ると、モップがけをしていた掃除係の女性と目が合う。


「あ、新入生なんですが手続きはどこですればいいですか?」


「えー! 女の子!? おおっと、私は校長のミアよ。よろしく」


 ミアはモップを置くと私に手を差し出した。


「レイラです。よろしくお願いします」


 私はすぐに手を取って握手する。

 それにしても職業婦人でそれなりのポストに就いてる女性ってこの世界では珍しい。

 きっとすごく優秀なんだろう。


「いやあ、よかったよかった。女の子が入ってきたかー」


 なぜかミアは破顔した。大歓迎だ。どういうことだろう?

 私が考えてると野太い声が響く。


「おうババア、俺買いもの行ってくるからよお! なんか買ってくるか?」


 それは男子だった。

 ただし上半身は裸。短パン一丁でサンダルを履いている。

 前世であれば海水浴場によくいる兄ちゃんだ。


「ウィリアム! またそんな格好で! 女の子がいるんだよ」


「またまたー。あんたはさすがに女の子って年でも……って本当にいるー!」


 ウィリアムはおっぱいを隠す。

 いや隠すのそこじゃねえよ。そこと鎖骨はチャームポイントだよ!


「えーっと、今度一年になるレイラです。よろしくお願いします」


「いやーん! えっち!」


 蹴飛ばしていいですか?


「だから上着を着ろとあれほど言ったでしょ!」


「もうお婿に行けない!」


 なぜかウィリアムは逃げ出した。

 だが私は知っている。工業高校で1人が脱ぐという事。

 それは同じクラスの全員がすでに脱いでいるということなのだ。


「おばちゃんどうした? ウィリアムが泣きながら帰って来やがったぞ……って女!」


「今度一年になる……」


 一応ご挨拶を……。


「ち、痴女だ!」


「いやーん!」


「えっちー!」


「こいつらまとめてぶん殴っていいですか? 口がきけなくなるまで」


 私はミアさんに真面目に言う。


「女の子だから心配したけど、なんだか大丈夫そうね……あんたたち! この娘になにかしたら……」


「な、なにかしたら?」


 ごくりと男子どもがつばを飲む。


「もぎ取って一生使えないようにするわよ」


「その前に私が蹴りつぶします」


「ひいッ!」


 みんな内股。ノリがいい。

 私は話をここで切って、せっかくなので先輩連中に目的を切り出す。


「それで、先輩! ここに蒸気機関に詳しい人はいますか?」


「あ? そりゃなんだ?」


 やはりだ。

 私は書物の閲覧を禁止されていたので世情には疎い。

 だけど蒸気機関はなさそうなのだ。

 よし、先輩たちも巻き込もう。


「ええっと、こういうやつなんですが……」


 私は作ったモデルを出す。

 車輪つきで自走するものだ。重量の軽いアルミボディじゃないし、小型なのでスピードは遅い。残念である。

 ただ巨大化すればトラクターは作れるんじゃないかと思う。実際産業革命のときに存在したらしいし。

 するとミアさんが私の手をつかむ。


「ちょっと、レイラちゃん。どこでそれを?」


「私が作ったものですが」


「それは国家機密よ。あんたたち! 特科の連中に校長室に来るように言って! レイラちゃんはこっち来て」


 あれ……?

 なんか間違えた?

 そこは「しゅごいですー!」って褒められるとこじゃないの?

 異世界転生的に。

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