第7話 情報を活用しよう!
前回もたまには人と仲良くなることがあった。当たり前のことだ。その度にわずかな希望を抱いたものだった。しかし、すぐに、女親が私の悪口を向こうに、向こうの悪口を私に吹聴した。否定して、枠の中に囲って……。そんなことをされれば人は去っていく。そして、もし、女の子と仲良くなろうものなら、女親にはとにかく喚いかれた。男親にはそういう感情を持つこと自体を咎めてられた。そして事ある毎に同じ否定をずっと繰り返された。その内、誰と仲良くなろうともする気も起きなくなり、そうすれば群れから外れたものは攻撃の的になるのだった。
*
さて、体育の授業である球技が始まった。前と同様に奴ら、KMと体育教師がやり始めた。KMはこの球技で全国大会出場が期待されていて、体育教師はその顧問だからこうなるのだろう。結果が出れば自分たちが評価される。進学やボーナスとして。これだから死んだ町の公立はダメなんだ。何をって? 体育の授業は全てKMの練習に当てられた。教育の機会が平等に与えられる? そんなものはない。授業中に雑用を、それも無給でさせられる……。以前は仲間外れだったから他の男子生徒のストレスも一身に受けて、よくボールをぶつけられていた。
今回は違う。ある程度の余力を持って球技はできる。流石にKMに勝てるとは思わないが、だからと言って相手にしているのは時間の無駄だ。それで増長している馬鹿共に虚仮にされるのがたまらなく不快だ。さあ、どうしてやろうか。
「おい! 早くしろよ!」
ある日の体育の時間、KMは体育教師の権威を盾にボール拾いをさせていた。周りもぶつくさ言っているわりには逆らおうともしない。その溜まった感情は今回、HKのところに行っている。
「時間がないんだぞ! 次!」
体育教師も何かスイッチが入っているのかあれこれ叫んでいる。時間がないのはこっちだ。
「もういっちょー!」
ふざけるな。自分が目立てば、それでいいんだな。前回、私がいじめられていても無視していたな。その発言力があれば止めることもできただろうに。リーダーシップのある人物ならまだ、気持ちよく手伝うこともできただろうに。しかし、これはただの搾取だ。それも自分の力ではないのにそうと思い込んでいる。どうしようもない。
数日後の昼休み、KMは廊下で取り巻きと追いかけ合っていた。そんな暇があるなら練習しろよと思うが、その程度の意識なのだろう。そんなのに時間を食い潰されているのか。仕掛けは終わっている。何か用がある振りをしながら教室から廊下に出る。
「うぇーい!」
「ふぅー!」
近づいてきた。不快だ。いっそ、足でも引っ掛けようか。いや、それだとただの事故だ。できるだけ、顔が潰れるようにしないと。ゆっくりと定位置について――来た!
掃除用のロッカーに結び付けたテグスをポケットの中で引っ張る。天井の出っ張りに引っ掛けてあるそれは、油を塗ってあるから引っかかることもなく、スムーズに力を伝えていく。ロッカーは傾けてあるから、バランスを崩しそうになった。
「っぶね!」
KMはロッカーを避けて廊下の端に飛び移った。反射神経は悪くないらしい。しかし、そこは死角だ。バケツを置いてある。
「うわっ!」
飛び越えればよいのに。一度避けたせいで動きが偏ったようだ。KMが再び反対側の端に避けた。そこは水で濡らしておいたから――
「ってぇ!」
ほら、転んだ。まあ、それだけで終わりじゃないからな。そこの壁にある鏡は予め留め具を緩めてあるから、狙ったところに消しゴムでも投げれば――
ガシャン!
見事に倒れた。野次馬が集まってくるのに便乗して見学する。血まみれだ。生臭い。奴は両腕を抱くようにして呻いている。誰が呼んだのか先生達が集まってきて、生徒を追い払っていく。その流れに加わりながらそっと仕掛けを回収して、何食わぬ顔で教室に戻った。
廊下にいた生徒達は私も含めて、先生から何があったのか聞かれた。その答えは、ふざけて走っていたKMが転んで鏡にぶつかった、だけだった。ただの自業自得の、運の悪い事故となった。
奴の両手の腱は切れてしまい、後遺症が残ったようだ。まあ、鏡が倒れて割れるのに合わせて裏にセットした別の鏡の破片も落ちるようにしてあったんだけれどもね。勿論徹底的に鋭く研いだ。破片が多くても気付かないだろうし、警察は来ないし、学校は実に緩い。
体育教師の方は、学校の近くでやれば目立ってしまう。奴の家は遠い。自転車を使いたいが足が付く。どうしようか。タクシー? だめだ。高いしこれも足が付く。まあ、あれくらいか。
*
それからは元通り体育の授業を楽しむことができるようになった。平和だ。放課後になれば椿川先輩と一緒に過ごし、魚の観察や野菜の世話をしつつ、何と決めるわけもなく話している。
「××君、あの棚の上の取ってくれる?」
近頃私の背が伸びて、彼女を追い越した。と言うか彼女は全く伸びていない。
「いいですよ」
「ありがとう、よしよし」
取って渡すと、彼女は背伸びをして頭を撫でてくれた。温かい手がこそばゆい。
「椿川先輩、お姉さんぶっていて可愛いですね」
「もう、私の方が年上なんだよ?」
むくれたふりをしながらも微笑んで、こちらを見つめている。
「よしよし」
先輩の頭をなでる。思った以上に温かい。目を細めて首をかしげる姿に幸せを感じる。
「お姉さんなのに、もうっ」
夏休みになると椿川先輩は本格的に受験勉強を始めた。志望校は市内の女子高だ。彼女の実力ならもっと上に行けると思うが、祖父母の強い意思らしい。体裁を保てないから行かせるということだろう。女の進学先で一番良い所=その女子高という、昔の固定観念から抜け出せていないのだろう。決して悪い所ではないのがせめてもの救いだ。
私達はお互いの事情をあまり話すことはない。ただ、なんとなくは分かる。彼女は暴力を振るわれることはないが、常に否定と嫌味を言われ続けているようだ。はとんど考えが同じなんだ。
椿川先輩は先輩だが、私には前回勉強していた分がある。そんな訳で、彼女の家庭教師をするのが最近の楽しみだ。理科室で勉強しているのを横から覗いたり、何か聞かれたときに教えたりしている。それ以外は秋の文化祭に向けて資料作りをしていることが多い。彼女も息抜きと言って手伝ってくれることがある。前の経験から言うと随分とちゃちなつくりだけれども、中学生らしく、伸び伸びとやっている。
*
ある夜、周りが寝静まったのを確認して、ベランダから家を出た。全速力で中学校まで走る。駐輪場に忍び込んで停めてある自転車――午後から雨だったから、いくらでも置いてある。SIの自転車でいいか――をピッキングして、黒い雨合羽を着て、ライトは点けず、体育教師の家を目指す。畦道や路地裏を走れば誰にも気付かれない。
奴の家は郊外の一軒家だ。住所は簡単だ。電話帳で調べた。よし、電気は消えている。表札には、うん、妻と娘がいるのは確認済みだ。再び自作のピッキングツールを使って、台所は、あそこか。包丁を取って、寝室はどこだ? あれか。鼾をかいて眠っている。隣のは嫁と娘か。音を立てないように、気配を消して、サバイバルナイフを取り出す。廃材から作ったお手製品だ。そして――
サクッ……。ビクン!、ビクン……
サクッ……。ビクン!、ビクン……
サクッ……。ビクン……、ビクン……
首を落とす。体が痙攣している。このナイフは3本とも刃が絶妙に湾曲していて、骨を避けるようにして首の軟組織に通すことができる。包丁に血糊を付けて枕元に置き、偽装して、証拠は、残っていないな。返り血は最小限だ。雨合羽にかかった程度だ。後は適当に金品を漁ったような跡を残しておこう。ピッキングの証拠は残らない。体毛も指紋も残らないようにしてある。靴は拾い物で、二度と履くことはない。この辺りに監視カメラはない。近所は皆寝ている。
雨合羽を脱いで、もう一枚下に着ていた雨合羽を表にする。使ったものを全て袋に入れて、重しを付けて川に流せば、すぐ海に出てどこかに消える。雨のせいで水量が増しているからだ。ナイフは大事だったが、もう一度作り直せばよいか。残り時間は短い。急いで中学校まで戻り、自転車を元に戻す。自宅まで全速力で戻り、途中、物陰で汗を拭きとって……何とか間に合った。
体育教師が死んだことはそこそこのニュースになった。が、何も見つからなかった。授業がまともに行われるようになって良かった。再びKMの変わりができたらあの球技の雑用を押し付けられるのは明白で、私にとっては時間の無駄だった。前回の恨みも忘れていないが。
妻子は万が一にでも復讐をしきたら困るからだ。まあ、私をただ働きさせた成果、ボーナス分良い思いをしたのだからその分を返してもらっただけ。私にとって、そちらの方が価値があった。全てがそう、ただそれだけの話。彼らはどうして手を出したら返ってくるというのが分からないのだろうか。
文化祭は無事成功した。程よく客が来て展示のポスターを見てくれた。椿川先輩とは、お互いのクラスの展示品を見て、お互いに少し照れながら、お互いに仲が良くは見えないように、受付を交代するタイミングで少しずつ話をした。秘密の繋がりだった。
後片付けの時だった。3年生はこれで部活動を引退することになっていた。これからも受験勉強をしに来るだろうが、何か、お互いに寂しさを感じるものがあった。それで、同時に告白して付き合うことになった。だからといって何かが変わることはなかった。私達は今まで通り、純粋にお互いを想っている。
*
沙那恵さんは無事受験に合格した。わざわざ理科室に来て一番に教えてくれた。後日、私達は市内にある小さな喫茶店で紅茶とショートケーキを頼んで、ささやかなお祝いをした。
「これから寂しくなりますね」
沙那恵さんがいないだけで、曇った、砂のような町が再び戻ってくると思うと辛い。
「私もだよ。これから寂しくなるね」
平然を装いながら言っているが、本心からなのがよく分かる。
「でも、一年間の辛抱ですよ、沙那恵さん。近くの共学に行きますから」
小さな子に話しかけるように、紳士的に、優しく目を見つめながら。
「こらっ、また子ども扱いしたね」
くすっ、と沙那恵さんが笑った。和らいでくれた。
私は3年生になり、担任のNKと再び出会うことになった。正確には担当教科の授業で会ってはいたが、担任になったのはこの学年からだ。志望校は市内の共学、沙那恵さんの高校の近くだ。県内でも偏差値がかなり高いが、私には何の問題もない。ただ、万が一がないように受験勉強に勤しんでいる。部活動は続けているが、殆どの時間PCに触っている。
家では女親のヒスと人格否定が表面上落ち着きつつある。妹の反抗も治まりつつある。だからと言って今までしたことがチャラになるわけではないからな。味方の振りをし始めた、とでも言うべきだろう。死ね。ちなみに高校受験に塾や家庭教師、通信教育はあり得ないとされた。まあ、要らないんだけれども。
沙那恵さんとは連絡手段がないから、図書館で出会ったらこっそり手紙を交換している。そこで日時を決めて、遠くの町の喫茶店で、公園で、お互いの無事を感じて癒されている。
*
夏休みが近づいて来た。NKはどうやっても私のことが気に入らなかったようだ。前回はあの地獄から逃れるためにもがいて、なんとか基準に達したのが見苦しく、評定を下げたのかと思っていた。学年主任に何とか話を聞いてもらうことはできたが、評定は変わらなかった。どう努力しても、こんなつまらない、社会にまともに出たこともない奴の、気分次第で人生が左右されかねないのだ。
かつて私は先生、という肩書はよく勉強した人格者のみのものと勝手に思っていた。実際、社会に出てみると、ついでやかろうじてで教員免許を取ったような、余所に就職できなかったようなのが一定数いるということがよく分かった。
それなのに先生、と呼ばれて子供に常に優位を取っているから増長し続けるんだ。自浄作用はない。もちろん聖職者もいる。普通の者もいる。そして、外れもいる。その外れが人生の岐路に立ちはだかったら、子供にはどうすることもできなくなってしまう。本当は最後の砦であるはずなのに。
今回は志望校に行くために、すぐに成績を上げて、小論文やボランティアといった課外活動にも力を入れた。間違いなく基準は超えている。それなのに態度は変わらなかった。大方、嫌いな顔だったとか、他に行かせたいのがいるとか、そういう理由だろう。そうして、夏休み、評定はきちんと低かった。それは内申点として受験当日の点数に加算されて合否の判定に使われるものだ。
再び学年主任に訴えても、担任との付き合いを優先して話が進まないだろう。正しいかどうかではなく、自分にとって利があるかどうか、ということだ。公務員で、先生なのに。結局、何も変わらないのだ。私が生きていくための足を引っ張るなよ。
*
ある夜、家の連中は男親の会社のパーティーに行って、家には誰もいなかった。一泊二日だ。当然連れていかれるはずもない。だが逆に好機だ。1000円札一枚だけが置かれていたが、使わずに懐にしまう。冷蔵庫の中の物を漁って好きに食べる。ばれなければよいだけだ。それから、自分の部屋の椅子に加工済みの木の板を設置する。これはからくりになっていて、外からカーテン越しに見ると自分が勉強をしているかのような動きをする。数時間おきに休憩しているように、タイマーで挙動が変わるのがミソだ。部屋の電気も時間になったら消えるよう細工してある。全てアリバイになる。最近近くにできたゴミ捨て場に監視カメラが設置されて、画角に部屋の窓が映っているためだ。まあ、これのせいで今までのように夜中忍び出ることができなくなってしまったが。
頃合いを見て、普段とは違う窓から脱出する。中年男性の格好をして、暗闇の中、散歩の振りをしながら、少し離れたホームセンターまで歩いていく。
(周囲に人はいないな)
監視カメラも確認済みだ。この辺りにはない。ホームセンターに来た理由? ここには貸出用の軽トラが置いてある。管理が杜撰で、メーターも記録していないのは調査済みだ。車の鍵をピッキングして、エンジンはXXXを使ってかける。古いからハンドルロックはない。そのままNKの家近くの駐車場まで走らせる。
中学生だろうが、使い方を知っていれば訳ない。十数年ぶりだが覚えているものだ。この時間帯、警察は張っていない。ナンバープレートには別の番号が印刷されたシート状の磁石を貼ってある。ついでに「田中塗装(株)」書かれたシートも側面に貼ってある。夜の町を走っていく。
着いた。家の電気は消えている。誰も見ていない。今だ。裏の勝手口からピッキングで侵入する。音を立てないように、暗闇の中を進み――いた。一家四人で呑気に寝ている。まずはNKと妻だな。両手両足にそっとひもを通して結んで、首の、この辺りか、再びひもを通して結んで、上手く引っ掛けて、一気に引っ張ると同時に口元を抑えると――
「ヴウゥ……!」
「ヴゥゥ……!」
奴らの目が見開く。手首も足首も背中側に回っている。上手くいった。奴らはすぐには動けない。姿を見られたが、なに、仮面を着けてフードを被っているからこちらのことは分かるまい。最も、妻の方は面識もない。猿轡をしっかりとかませたら体を別の縄で拘束する。うん、静かになった。
全く同じ手段で子供の方も拘束して、これからが面倒なんだよな。小さい方からでいいか。まず、一番小さいのを箪笥の上に通した縄から横向きに吊るして、両足の大動脈を切る。コツは足側を少し下に傾けておくことだ。
「ンー!」
「ヴー!」「ヴー! ヴー!」
痛みで小さい方は音を出す。大きい方は気絶している。NKとその妻は体を捩り、大声を出そうとしている。さっさと死んでくれないかな。暇だ。時間が無駄だから、参考書でも読んでいようか。NKの担当科目の本が寝室に置いてある。ちょうどいい。
少し経った。死んだようだ。次は大きい方か。小さい方を縄から外してその辺に捨てる。大きい方を同じように吊るして、大動脈をサク、サクッと。
「ンンー!」
「ヴンー!」「ヴー! ンー!」
何言ってんだろう。命乞いかな。どうでもいいや。さて、本の続きでも読むか。この参考書結構解り易いな。新しい内容は特にないが、こういうテイストだと人に伝わりやすい。あ、読み終わった。ちょうど音が一つ減った。うん、ちゃんと死んでいるね。
次はNKの妻か。ビクビク暴れるなよ。重いなあ、さっさとしてよ。吊るし終わったら大動脈をザクザクッ。
「ヴンー! ヴンー!」
「ヴゥゥー!」
暇つぶしに見ていようか。NKの妻はばたばたもがいているが縄から外れていない。その度に血が箪笥や布団にかかる。悲愴といった顔つきだ。涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。恨むならNKを恨んでね。NKは妻の方を見るのを止めたのか。呻りながら反対を向いている。そこは死ぬ気ででも助けるべきじゃない? 元々お前がまともなら誰もこうならなかったのに。
大人は大きい分時間がかかった。あくびが出そうだ。最後はNKか。思えば前回、色々としてくれたな。自分の言うことを聞かないという烙印を押し付けて、毎回面談室に呼び出しては長時間の恐喝だった。上手に体罰ギリギリをやり続けられた。その果てが、内申点だった。中学生にマウントをとって楽しかったか? お前にとっては毎年の恒例で、取るに足りないことなのかもしれないが、私にとっては命がかかっている。大病を患ったら治療に必要なのは金だ。金がなければ死、だ。金を得るには自分のパフォーマンスを発揮できる場所にいることだ。それを妨害、不当に妨害するということはつまり、死んでも構わないと扱っているも同義だ。そうされないためにはその生存競争で勝つことだ。
あ、死んだ。やっと終わった。どうしてこんなことをしたのだろうか。死体を下ろす。返り血の着いたものをビニール袋にしまって、家をそっと出る。夏場に何重にも着こんでいたから暑くてたまらなかった。それから軽トラに戻って漁港に向かう。車だからなせる技だ。途中の山中でナンバープレートを交換するのも忘れない。港に着いたら潜って、船底に袋を取り付ける。沖に出た頃に剥がれ落ちるようにしてっと。体を軽く拭いて……別の道から帰ろう。
車を元通りに停めて、家に帰る。脱出した窓から入って、ああ、暑かった。シャワーを浴びよう。いや、先に仕掛けを片付けるか。
全てを終わらせてぐっすりと仮眠をとった後、木の板を分解して、何食わぬ顔で買い物に行く振りをしながら、離れたところのゴミ捨て場に散り散りして捨てていく。最後の袋を捨てて、家に再び戻った時には本当にすっきりした。
*
NKの家で起こったことは某容疑者の第二の犯行として扱われた。そりゃそうだ。模倣して行ったのだから。彼は前回、捕まらずに時効を迎えていた。だからまとめて真実は闇の中だ。そうでなければわざわざリスクを背負ってこんなに手間のかかることはしない。警察が私のところに来ることはなかった。そりゃそうだ。関係ないのだから。
担任は学年主任が代理で行うことになった。評価について異議を申し立てたら、学年主任はこちらの話を聞いて、正しい評定に戻した。NKがいなくなったおかげだ。良かった。まあ、当日の試験でほぼ満点をとれば合格するし、できるけれども、もし失敗したらを考えればNKを死なせた方が気が楽だ。どうして自分が安全圏にいて、何をしても良いと思っているのだろうか、その復讐が、自分の身内や財産に向かうと思わないのだろうか。
そうして私は推薦入試で合格した。中学生と大人が勝負すれば、勝てないはずがない。コツは色々とあるが、まあ、就活で何度も練習している。もしかしたら不合格になるかもしれないからと、念のために担任を変えておいたが杞憂に終わった。万が一面接で落とされたら、万が一当日の道が混んでいたら、万が一体調不良で試験を受けられなかったら(今回は麻疹、風疹、おたふく、水痘以外病気になっていないが)、万が一、万が一……。前回も入学できたから今回もできるだろうが、全てが過去をなぞっているわけではないから。
RPGの終盤で、序盤の敵が出てきたら攻撃ボタンを連打して速く終わらせるだろう? 経験値や金を獲得しても足しにもならないのに。それと同じ。ただ、目の前にあったのを除けただけ。奴が私の人生をどうでも良いと思っていたのと同じで、私も奴の人生はどうでも良い。その周りもどうでも良い。エンカウントして敵対行動をとった。だから。普通の人には優しくするが、敵だからな。
家では、合格祝いはないと思っていたが、男親が万年筆を買って私の机に置いていた。もう要らないのでへし折って居間のゴミ箱に捨てた。死ね。すり寄るな。死ね。何か言われたら殴り殺すくらいの腕力と殺気は身に着けている。まあ、激痛でできないんだけれども。分かり合う? 馬鹿か? 安心して眠ることはできていない。
沙那恵さんには一番に報告した。図書館で待っていてくれた。後日、市内にある小さな喫茶店で、前と同じ紅茶とショートケーキを食べた。
「○○さん、これでまた一緒にいられるね」
沙那恵さんの柔らかな視線がこちらを優しく包む。幸せだ。
「そうだね、これからもずっと一緒にいられる」
「ずっと? ねえ、私、もう結婚できるんだよ」
冗談交じりで少し嬉しそうに。沙那恵さんはこちらを見つめている。
「そう。私が18になったら結婚してください。幸せにします」
真顔でそう答える。分かっているくせに。
「はい。幸せにしてください。私もあなたを幸せにします」
お遊戯のような、しかし、本気の受け答え。涙が目の端に滲んでいる。指で拭いながら幸福そうな表情を浮かべている。私の顔は蕩けていると思う。
「あと3年、待っていて。ごめんね、もう少しだけ」
「うん、大丈夫。私も頑張る。○○さん、待ってるね」
秘密の口約束。甘く幸福な未来。誰かに愛されて誰かを愛することができる……。
*
卒業式の日、理科室にもう入れなくなることに少し寂しさを感じた。ここでどれだけ幸せな日々を送ったか、ここに入らなかったら今頃どうなっていたか……。顧問の先生にはお礼に花束を渡した。沙那恵さんと連名でだ。生物部は潰れる。先生は転任する。PCは貸し倉庫に一旦置いてある。
それから、銀行口座を開くことができるようになった。作った後なら親だろうが潰せない。コンピュータビジネスも始めた。前回の記憶と、今まで準備していた分があるから順調だ。これも生き抜いたおかげだ!
でっど! おあ! あらいぶ!
生きている。彼らがいなければ真っ当な人生が送れるのだ。
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