第3話 友達何人できるかな?


 テレビから流れてくるニュースを見ていて、子供ながらに私は銃や剣よりも毒、というのが恐ろしいと思っていた。毒があれば親の呪縛から逃れられるとよく思っていた。しかし、もし、生き延びて復讐されたら、もし、警察に捕まったら……。それが恐ろしく、考えているうちにまとまらなくなり、結局我慢していた。証拠の残らない、検出されないものは……。この頃から未知を研究したいと思うようになっていた。





 春。入学式。6年間通っていたこともあって、小学校のことは程よく覚えている。かつての私は運動ができない分、勉強は好きだった。いじめがないときは楽しかった。遊んだり、歌ったり、絵を描いたり……。そうだ動植物を育てたこともあったか……。それから……。思いがフラッシュバックしてくる。嬉しい。それと同時に嫌がらせの数々も思い出す。大きなものは以前から憶えていたが、そうでないものまで出てくる。辛い。


 女親から離れて体育館に並べられた席に座るとワクワクしてきた。これから何をしようか。幸せに生きよう。そのために、仕掛けられた攻撃は未然に防ぎ、そうできないなら徹底的に反撃しよう。倍返し? 相手が潰れるまで手を緩めてはならない。それに、図書室がある。情報の宝庫だ。



 入学式後、早速隣の女の子に話しかけた。


 「こんにちは、××○○です。よろしくね」


 「うん! 私はZK!」


 ああ、幸せだ。すぐに担任が来たから話は続かなかったが、人間らしく生きていることを実感する。以前の人生よりも一層充実している。帰りたくない。





 程なくして、クラスでそこそこの位置を獲得した私は楽しく、充実した小学生生活を送っていた。同じ保育園だった児童達がZSとSIの噂を流したお蔭でいじめの対象になることもなく、家からも逃れられる。おまけに給食があってバランスよく栄養を取ることができる。


 それから、以前と同じ時期に借家から前と同じ一軒屋に引っ越した。ここで都会に引っ越していればまだ変わっていたかもしれないのに、どうして近くに、同じ保育園圏に引っ越すのだろうか。結局、変化を嫌う閉鎖した世界に生きている者だから、どうしようもない。


 それよりも、念願の1人部屋を手に入れることができた。親の侵入を許してしまうが、物の準備が捗るようになった。これも弟を生まれなくした成果だ。かつては同じ性別だからと部屋を一緒に使うようにさせられていた。大して広くないから邪魔だった。成長してからも友達を家に呼んで遊ぶことができなかった。弟は親と寝ていたからそのときだけしか安心することができなかった。妹は前回も1人部屋を使っていて、さらにベッドとピアノ、エアコンを買ってもらっていた。育てきれないなら産むなよと思っていた。



 そして、某ゲームが発売された。それはモンスターを捕まえて戦わせたり交換したりするもので、今後もシリーズ化し、社会現象となるものだった。当然瞬く間に子供たちの間に広がり、私のクラスも例外ではなかった。これがまたいじめのきっかけになるのであった。要するに、男子で持っていない者には人権がないのだ。前回は当然ねだった。面白そうだし、持っていないと仲間に入れてもらえなかったからだ。当然話は聞き入れられず、なけなしの親戚からのお年玉を使うこともできなかった。買ったとて捨てられただろう。ゲームをすることもできず、後に発売されたカードゲームで遊ぶこともできず、仲間外れにされた結果孤立していくのであった。ようやく手に入れることができたときには手遅れだった。ちなみに妹と弟は私と同時に購入することが許された。


 もっと言うと部屋にはテレビがなかった。だから置き型のゲーム機を買うこともできず、話題の番組に付いていくことができなかった。テレビを買うことも許されなかった。そんな番組を居間で見ていようものなら何故か文句を言われて、手を上げられた。そうした話題が出たときの寂しさは何度も積み重なっていくものだった。それは大学生になっても続いた。歴史を知らない者は話が合わないから何となく仲間内に入れにくかったのだろう。


 ゲームのシナリオは知っているし、グラフィックもかつての最新のものに比べればお粗末だ。それでもやっぱり楽しいものだし、やれるならやっておきたい。後々ゲームは文化になるから知っているのと知らないのでは話題の幅が変わる。しかし、どうやって手に入れようか。普通にしていたら時間がかかってしまう。きっかけが向こうからやってくるのを待つのも時間が惜しい。





 まあ、自分が何もしなくても勝手にいじめは始まるもので、ゲームを持っていない者は仲間外れにされ始めた。放課後の遊びだけではなくて、休み時間の遊びでも、体育でも、班活動でも……。今の自分は特に気にならないが、子供の私には応えただろう。ちょうど良い。用意していたあれの準備も終わったことだし。


 さて、ある日の掃除の時間。お調子者で小金持ちの家のHKが私をからかってきた。目立ちたかったのだろう。それが仇となるのにな。以前もそうだったな。


 「○○はゲームを持ってないから全部机片付けろー!」

 周りに聞こえるように囃し立ててくる。馬鹿だなあ。


 「お前がやれ」


 「え?! ふざけんなよ!」

 口答えされるとは思わなかったのだろう。面子を保つためにHKは激昂した。手にしていた雑巾を投げつけて、それから箒を掴んで小突き始めた。あえて避けなかったから悪臭が服に滲み付いた。周りは誰も止めない。


 (もう少し大掛かりだったら良かったのだが……。まあ、いいか)


 ポケットに手を入れて、ZZZをちびた鉛筆に塗りつける。ビニール袋に入れてあるから服まで滲みてはこない。ゆっくりと拳を構えて……。


 「お前がふざけるな!」

 大声を出して、思い切り、周りに見えるようにHKを殴る。なるべく、怒っているように見えるように。抑えつけて、馬乗りになり、一撃一撃を重く、片手で、急所を外して。相手の方が背が高いが、鍛えていたから簡単だ。


 「やめて! ごめん!」

 何言ってんだか。だったら始めから手を出すなよ。何都合の良いことを言っているのか。ここで手を引けば繰り返すだろう?


 「ふざけるな」


 周りは引いている。正義感が止めることも、先生に言いつけに行くこともできないように、体を大きく動かして注目を集める。うるさいHKの口に雑巾を突っ込みたいのを我慢して、よし、そろそろか。歯並びの悪い奴の口から出血し始めた、今だ。もう片方の手で鉛筆を奴の口に突っ込み、頬を深く、大血管を避けるように引っ掻く。


 「ン゛ー!」

 鉛筆をすぐに隠して口を塞ぐ。その間も片手は殴るのをやめない。しかし、パフォーマンスは落とす。


 (そろそろ捕まるか)

 誰かが呼びに行ったのか、担任が来て私の腕を掴んだ。


 「何しているの! 止めなさい!」


 「こいつが雑巾をぶつけて箒で殴った。だから。みんな見ていたよね?」

 何人かが頷く。


 「でもやりすぎです! 後で職員室に来なさい!」

 先生は興奮している。自分のクラスでこんなことが起こるとは思っていなかったのだろう。泣いているHKを連れて教室の外に出て行った。


 「みんな、見ていたよね?」

 誰が始めたのか、私に攻撃するとどうなるのか。



 その後、ざわつきながらも掃除は終わった。鉛筆とビニール袋はゴミ箱に入れた。気付かれることもなくそのままゴミ捨て場に運ばれた。帰りの会は教頭が来て行った。担任はおそらくHKに付きっきりで、この後向こうの親と話すのだろう。教頭が先ほどあったことを児童に聞いていたが、返事はHK君が悪いだった。そう言わなければ自分が次とでも思ったのだろうか。攻撃してこなければこちらから仕掛けることはないのにな。用がなければ。私は教頭にそのまま職員室へ連行された。奴らに従う義務はないが、まあ、ゲームのためだ。適当に従順な振りをしておこう。





 説教を適当に聞き流して担任をいなし、HKに謝れと言われたが無視をして家に帰った。担任から家に連絡が行っていたのだろう。女親から文句を言われた。それはどうでもよいが、わざわざ男親の会社に電話をしやがった。男親はいつもより早く帰ってきて、早々に殴ってきた。体裁を気にして、そうすれば解決、そうすれば一件落着とでも考えているらしい。相手もそうしておけば黙るからか。


 「何であんなことをしたんだ!」

 殴ってから聞くなよ。覚悟していても痛いものは痛い。忘れないからな。頭を狙うな。腕でとっさにかばったから良かったものを。


 「ゲームがないといじめられる」


 「やりすぎだ!」

 死ね。こうでもしなければ動かないだろう?



 その日の風呂は腕の傷が沁みてとても浸かることができなかった。まあ、これくらいで済むなら良かった。以前は、そうだ今くらいの年で指を怪我した時だった。痛い、と泣いていた私の何が気に入らなかったのか、足を掴んで引きずると、うるさい、と階段下に落とされた。よく後遺症が残らなかったと思う。それに比べればましだ。





 再びゲームが欲しいと言うと、すんなりと買うことが許された。次を考えたのだろう。上出来だ。これで遊ぶことができる。


 初めて買ったゲームは、昔初めて買ったゲームだった。懐かしい。楽しい。わくわくしながらゲームを進める。3つ目の町に到着した時だった。BGMが変わった。かつての喜びが一気に蘇って来た。十字キーを動かせない。ずっと聞き続けていたい。涙が出そうになる。頑張ってよかった!


 後日、ゲームを持って同級生たちと公園へ遊びに行った。途中で同級生が上級生にゲームを取られたからみんなで協力して取り返した。一体感があった。自分の手柄を口々に言いながら通信対戦をした。風が気持ち良かった。



 HKへの仕掛けは上手くいった。奴は米と小麦を食べることができなくなった。そういう者はどう扱われるか、簡単だ。先生からは面倒がられ、児童からはからかいの対象になる。栄養不足で肌が荒れて、その見た目がまたからかいに拍車をかける。親兄弟からも手間に思われているらしく、塞ぎこむようになった。



 何をしたのか? まず、給食のプリンを食べないで残す。蓋を少しだけ開けてそこに爪楊枝で自分のXXXを塗り付け、隙間を閉じる。それからヒーターの熱が程よく当たる場所に隠し、毎日様子を確認する。うまくYYYができたら何度か繰り返して増やし、最後に熱湯と一緒にすり潰す。そこに給食のパンとご飯をすり潰した懸濁液を混ぜて、ZZZの完成だ。口の中に傷を付けたことが効果的で、連続的に曝露されるから、腸からよりも簡単に起こすことができる。この時代、世間のアレルギーに対する認識は薄いから、食わず嫌いと思われて苦しむことだろう。余計なことをしなければ自分がそうなることはなかったのにな。


 この調子でテレビと置き型ゲーム機を手に入れようとしたが、激痛が入り準備すらままならなかった。残念だ。





 無事に進級した私は勉強、運動、芸術にゲームと伸び伸びと人生を楽しんでいた。ああ、文化的に生きることは素晴らしい。図書館で今まで触れることのなかった名作を読むのは新鮮だ。合間を見て知識を蓄えることも忘れていない。

 授業は聞いていても意味がない。頭の中で考え事をしている。最近では脳内にホワイトボードのようなものを作り出して、そこにまとめることができるようになった。若い頃に鍛えるとこんなこともできるのかと驚いている。しかし極力目立たないように、どれも中の上くらいの成績を取るようにしている。


 家では口を開いていない。栄養、衛生、睡眠が主な目的だ。たまに一人きりになれたときはテレビを見ている。部屋に引きこもっていても奴らが勝手に入ってくることがあるから安心できない。だからやることは専ら瞑想だ。物の準備ができるのは目の数が少ないときで、それも扉に背を当てながら作業したり、耳を床に当てながら作業してようやくだ。できたものはビニール袋に包んで肌身離さず持ち、部品毎にばらばらにして小学校の各所に隠してある。



 ある朝、登校したときのことだった。違和感を感じた。机の中身が昨日よりも少しずれていた。誰かが机を使ったのか? 振動で動いたのか? 一つ一つ物を確認するとやはり、予想通りというか、定規がなくなっていた。前回はこんなことがあったか? 覚えていない。


 (誰だ? あいつか?)

 なくなっても線を引くのには困らない。別の物で代替できる。しかし画一的に、皆が同じでないと騒ぐ奴がいるから、学校では必要だ。さらに無くしたことにされれば、男親から殴られる。周りの様子を見る。馬鹿は誰だ? 今日は算数があったはずだ。



 3時間目、算数の授業で定規を使うことになった。私は忘れたと嘘をつき予備を借りた。何度も使えない手だがやむを得まい。それより、児童が授業を受ける様子をよく観察しなくては。そのためには……。筆箱を落とすか。


 ガシャン


 「すみません」


 席を立って鉛筆や消しゴムを拾う。上手く散らばった。幾人かの児童が拾って渡してくれる。優しい世界だ。お礼を言って受け取りながら机の上を確認すると――。


 (やっぱり、あいつか)

 BRだ。大方予想はついていた。意図的に作った傷が私の物である証拠だ。自分のを無くしたか壊したかしたのだろう。親にばれたら怒られるから、何か言われたら借りたと言って返せばよいからと、そんなところだろう。普段からしていることだから噂になっている。どうしてそんなことをするのだろうか。彼らの間でしていればいいのに。なぜ私を的にして巻き込むのか。


 私はその場では何もせず、放課後になってから定規を回収した。それから道具箱に細工をして簡単に開かないようにした。BRは翌日他の人から盗んだようだった。





 さて、どうしてやろうか。BRはクラスの中心人物ではないが大柄で声が大きい。運動もそれなりにできて、一緒に遊ぶこともある。反面、勉強は不得意だ。離れた地区の寂れた商店街に住んでいて、地元とのつながりも深い。うーん……。あった、これだ。しばらく後に校外学習があって、その商店街に行くことになっている。そこでインタビューをして、植物の苗を買って、皆で育てる予定だ。良い機会だ。



 それから私はその商店街を何度も訪れて、物の配置や人の出入りを観察して、細工した。自転車で半分くらい移動して、残りの半分はというと、公園の茂みに自転車を隠し、トイレに寄ってから歩いて向かった。人気のないトイレを見つけられたのは運が良かった。なぜなら、女装していたからだ。


 女もののウィッグに髪飾り、大き目の服を更に上から着る。ビニール袋を服の間に入れて嵩増ししてある。それから底上げしてある靴に履き替えて、帽子をかぶる。元々履いていた靴はリュックサックに詰めて腹側に回して入れる。これで太った女の子の完成だ。子供だから体格差がないこともあり、なかなか上手く化けられた。季節がまだ暑くなかったことも幸いした。

 材料はゴミ捨て場から拾い集めた。隠れながら洗って加工しておいた。ウィッグだけは自分の髪の毛を切って作った。防腐加工もばっちりだ。男の子供は短髪でないと気が済まない男親に殴られ、引きずり回されるまで毎回髪を伸ばしていたが、対価に十分値する。



 校外学習の日、BRは浮かれていた。商店街で自分がちやほやされるから権力を誇示できるとでも考えているのだろう。まあ、それはもうなくなるが。私の物を盗んだこともとっくに忘れているのだろう。

 商店街では、事実、BRは店主らから声をかけられていた。その度に偉そうにしていた。私が笑って許すとでも思っているのだろうか。どうしてHKで演技したのに自分は特別だと思っているのだろうか。愚かだ。そっと、BRのカバンの留め金を外して……。


 最後に花屋で植物の育て方の説明を受けて、校外学習も終わった。担任がお礼を言ってから学校に帰ろうとしたとき――


 ガラガラ! ガシャン!


 「痛っ!」


 BRは転んだ。そうなるように木の棒を倒しておいたからな。上手いこと高級な鉢植え棚に突っ込んで床に落とした。幾つかは割れたからもう使えまい。


 「大丈夫?」「痛くない?」


 周りが口々に心配する。店主は半ギレのようだが我慢している。子供のやったことで、身内みたいなものだからだろう。音を聞きつけた向かいの文房具屋が出てきた。


 「おい、BR、大丈夫か?」

 優しそうな声で口々に心配している。BRは自分のしたことを謝るでもなく、注目が集まったことに喜んでいる。カバンの中身がぶちまけられている。文房具屋の顔が急にしかめっ面になる。見つけたか。


 「おい、BR。それはどうした?」


 文房具屋が見つけたものは高級万年筆だ。


 「お前、それ、なくなったと思ったら、お前だったのか!」

 文房具屋の声がだんだん大きくなる。商店街の人が集まってくる。


 「おい、どうした」「BRが万年筆を万引きしたってさ」

 「僕の消しゴムを勝手に持っていたこともあるよ」「私の絵の具もー」


 声色を変えて少し話を広げるだけで勝手に悪事が話されていく。


 「そういえば、うちの電池も最近なくなるようになっていたな」

 「うちはおもちゃがよくなくなるな」


 ほら。どんどん尾ひれがついて来る。BRは先ほど同様注目を集めているのに顔が真っ青だ。


 「違う! 俺じゃない!」


 そんな言い訳が通るはずもなく、すぐにBRの親が来た。親から殴られて、してもいないことの白状をさせられていた。商店街の人は親子ともどもに腹を立てているようだった。面目丸潰れってやつだ。私は他の児童と一緒に何食わぬ顔で帰った。どれくらいの効果があったか楽しみだ。



 翌日、BRはのけ者にされた。今までの鬱憤がたまっていた児童たちは相手にしなくなった。いつも声の大きかった奴にとってはきついだろう。前日のことも武勇伝にしたかったに違いない。もう誰も相手にしない。もう何も盗まれることはないだろう。大変だったけど良かった。



 万年筆は私が大枚を叩いて遠くの町で買ったものだ。筋肉痛で泣きそうになったし、万年筆が無くなってしまったのは惜しいが、まあ、これから殴られるよりましだ。女装した私が商店街で他にしたことは、大したことではない。店舗の物を別の場所に隠しただけだ。この商店街は寂れているからバックヤードが中々入れ替わらない。そこに高級そうなものを幾つか持っていき、段ボールに入れただけだ。この時代、監視カメラはほとんどないから簡単だった。後になってそこにあると気付いてもあれだけ騒げば自分の勘違いとは言いにくかろう。



 BRとその家族は商店街で村八分にされた。そりゃそうだ。盗んだものを返さないのだから。元々少し疎まれていたのかもしれない。まあ、商店街の中では、そういうものとなってしまったら正しかろうが間違っていようが悪になるのだろう。BRの店はいつ見ても客がいなかった。潰れるのも時間の問題かな?



 めにはめーを♪ はにははを♪



 手を出した相手が間違っていたんだよ。

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