第百二十八話 備えあれば

「ーーーということで、これが原稿じゃ。」


 突然訪ねてきたアウローロが事情を説明した後、俺に薄めの紙束を渡してきた。演説の原稿だそうだ。


「ありがとう。見てみる。」


 俺はそう言ってパラパラとその台本に目を通した。


 内容的にはシンプルだった。魔界を守るために力を貸して欲しい。そういう内容だった。


 神々が考えてもこれかぁ、と少し残念に思ったりもする。もう少し何か劇的なものが無いだろうか。そういう目でアウローロを見ると、彼女は目を細めた。


「無茶言うで無い。心を操ることは禁止となれば、地道に訴えかけるのが結局は一番なのじゃ。そのためにそういう言葉選びはしたが。」


「はぁ、まぁ、ありがとう。」


 何も粗筋が無いよりはマシである。俺はそれを暗記することにした。


「で?」


「で、とはなんじゃ。」


「いや、あれだろ?ゴブリン・ザ・キングの改修案も考えたんだろ?そっちはどうなったんだよ。」


「……不本意な結果になったので、わしは何も言わん。実物を見て判断するが良い。」


「はぁ。」


 何やら煮えきらない態度の彼女を見るに、少なくとも昆虫型はなくなったのだろう。それだけは安心材料であった。巨大な昆虫に忌避する者は多そうである。


「失礼な。」


「心を読むな。」


「ふん。まぁ良い。では失礼するぞ。戦術についてはトンスケと話せば良いのだろう?」


「ああ。あいつと詰めておいてくれ。」


 それを聞いたアウローロは、鎌を振りながら部屋を出て行った。俺は決まった内容をトンスケから聞く事にしよう。


 今俺が取り組むべきはこちらである。俺は手渡された台本を掲げてじっと見つめた。


「魔王様。全魔界への中継の準備は、三日は必要です。」


「三日、かぁ。」


 あれから既に三日経過している。更に三日となると、残りは八十四日。……余裕が無い。


「ここはボクの出番という奴じゃないかな?」


 ティアが無い胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。


「居たのか。」


「居たよ!!もうスカイルは手伝い要らないだろうからね。で、ボクが時間を止めれば、二日には短縮出来るよ。」


 ティアは時間を制御出来る。とはいえ、永久では無い。流れる川を堰き止めるには膨大な労力が必要なように、この場合は膨大な魔力が必要となる。彼女の魔力で止められる時間は連続では一日が限度。その後一日休憩して、一日停止、というのが出来うる限りの最大停止時間となる。つまり期限を大体二倍に引き延ばせるということである。


「すまんが頼んでいいか?」


「頭を下げる必要はないよ。勿論。」


「ありがとう。だが無理はするな。それと襲撃の少し前からは停止に魔力を割かないでおいてくれ。」


「それは時間を巻き戻せるように?」


「そうだ。」


 時間の巻き戻しも一日が限度。魔力を最大限行使して、だ。となれば、切り札となりうるそれは保持しておきたい。


「今のところ、決定打になった覚えないけどね。」


「うるさいよサリア。仕方ないじゃん!!なんか知らないけど一日程度じゃどうにもならない事態ばっかり起きるんだからさぁ!!」


「まぁまぁ。それを言っても仕方ない。それでもいざという時はあるはずだ。濫用は避けたい。」


「まぁそうね。」


「じゃあ一週間くらいは休ませてほしいから……実質の残り時間は?」

 


 実時間では八十七日、時間停止を加味すると、百六十七日。それが最大の期限となる。





「……あれ?意外と余裕あるんじゃないか?」


 俺の言葉にジュゼ、トンスケ、ティア、サリア、アウローロ全員が突っ込んだ。


「そんなこと言ってるとすぐ来ますよ。」


「魔王様も歳を重ねると分かりますぞ。痛っ。」


 トンスケのカラカラの頭をジュゼが叩いた。


「今の流れはマズいよトンスケ。ていうか舐めてると時間止めるの止めるよ?あれ結構疲れるんだからさぁ。」


「アタシもそんな態度なら手伝わないわよ。」


「わしらも。」


「冗談だよ!!それくらいわかってくれよ!!」


 まぁ冗談を言う場面ではなかった。俺が悪い。



 ともあれ民には重要な話をするからと集まるようにと声をかけた。三日後、各地に集会所のようなものを作ってそこに中継する形となる。


 それまで俺は台本の暗記や細かな修正に勤しむ事となった。

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