第百二十七話 対談は踊る

「演説でもして貰うのが良いのではないか?」


 ファーラ=フラーモが切り出した。


『演説ぅ?』


「うむ。我らが働きかけるでも良いが、それでは心から動いてくれる事はない。」


「操る事は出来るZE?……OKOK、冗談だからその鎌下げてくRE。」


「全く……。続けてくれ。」


「うむ。彼の敵に対抗するには、魔界の住民にも士気を高めて貰う必要があろうかと思うのだ。」


「御意。彼奴らは単一の生物としての意思、然も生を食すという単純な意思に従っているように思われる。それに勝るためには、我らの結束は欠かせぬ事であろう。」


「人々の士気を高めるためには、我らが強制するのではなく、自発的に動いて貰う必要がある。」


「成る程、それで魔王はんに皆々様に訴えかけるという事でありんすか。」


「ふむふむ、それは確かに良い案でブヒィ。」


「ですが、あの魔王にそこまで心に響く演説が出来るざんかすねぇ。」


 フルモ=トーンドロの言葉に一同は沈黙した。


 それは彼を信用していないから出てきた言葉ではない。彼を信用していない者はこの場には居なかった。だがそれでも、魔界の住民を全員説得するというハードルは高いように思われた。魔王自身が危惧しているのと同じように。


「手助けが必要だろうのう。原稿を誰かが書くとか。」


「心に響くものが必要でブヒィね。」


「心ゆーたらコスマーロはんとアウローロはんが適任と違うん?心が読めて洗脳も得意やんか。」


 ウィーウィンドの言葉に二人は同意した。


「洗脳とか言うでないわ。だがその分担に関しては同意しよう。」


「YEAH!!素敵なLyric奏でてやるZE!!」


「歌にするでない。」


 コスマーロの頭に鎌がさっくりと突き刺さる。異議を唱えるコスマーロの声を無視して、アウローロは続ける。


「最悪の事態、即ち協力を得られないとしても、戦いにはなるじゃろう。指揮はコリズィーオとファーラ=フラーモが適任と思うがどうかの。」


「我には異論無いぞ。」


「私などでいいんでブヒィか?」


「兵の心を掴むには適切だろう。自分で言うのもなんだが、この中でその辺りに適しているのは、アウローロの言う通り、我とお主だ。アウローロとコスマーロも適していると言えなくはないが、その、嫌がる者も多いだろうからのう。」


 ファーラ=フラーモの言葉を選んだ発言に、アウローロが少々目を細めた。元々細い目が更に細く鋭くなる。


「どういう意味かのう。」


 バツの悪そうな声でファーラ=フラーモは言った。


「我が口に出さんでもお主は知ってるだろう?そういうところだよ。」


 それを聞いたアウローロは、得心したような表情を浮かべ、返す言葉がない、という様子で口を噤んだ。


 実際のところ、ファーラ=フラーモが考えている事は理解していた。心を読んでいる以上当然とも言える。それは極めて簡潔に述べれば、「お前達の性格が悪いからだ。」という事であった。言い返してやろうかとも思ったが、心を読んで気付いているにも関わらず、何を考えたのか問いただすというこの構図自体、自らの性格の悪さを証明しているようにも取れた。


 まぁ、これでは、兵が付いてくるかというとそうではないだろうな。アウローロは自戒した。


「まぁ良い。我も少し言葉が過ぎた。続けよう。」


「後詰はあたいらに任せてや。」


 そう言って手を挙げたーーー正確には翼と前脚だがーーーはウィーウィンドとフロスティーゴだった。


「拙者らであれば何かあっても処理しやすかろう。手に負えなくなった場合はイヌーンド殿、御頼み申す。」


『全部ぅー、洗い流せってぇー、ことかぁー?』


「左様。」


『それならぁー、簡単だぁー、任せてくれぇー。』


 イヌーンドは通信越しに胸を張ったらしく、水流が変わるようなゴゴゴゴという轟きが聞こえてきた。


 フルモ=トーンドロには満場一致でゴブリン・ザ・キングの改修および操作が割り振られた。彼にしか出来ない事である以上、彼もそれを断る事はせず、ただ受け入れるのみであった。



「さて。真の議題に入るざんすか。」


 役割分担が終わり、それから様々な戦術について話し合った後、フルモ=トーンドロはこれまでになく真剣な面持ちで机に肘を立てて言った。


「うむ。大切な事だ。これだけはハッキリさせねばならん。」


 ファーラ=フラーモもまた同様に真剣な表情で言った。


「わざわざ此処まで足を運んださかい、これはきちんとせなあきまへんな。」


「拙者は別に…。」


 その場にいる全員がーーーフロスティーゴ以外がーーーこれまでにない程に重苦しい空気を身に纏った。


 警備兵は息を呑んだ。ここまででも十分に重要な話だったと思う。だがここから語られるであろう事柄は、より重要である事はこの場全員ーーー先ほども述べたがフロスティーゴ以外ーーーの表情から容易に想像できた。一体何が。警備兵は身を引き締めた。



「ゴブリン・ザ・キングの改修方針についてざんすがーーー」

「ドラゴンの形にしろ!!空を飛べて炎を吐ける、敵への威嚇にはこれがベストだ!!」

「いや昆虫族のどれかにすべきじゃ!!xxxxなんてどうじゃ?皆引くぞ?」

「その名前を出すNA!!ドクロとかゾンビにすればみんな恐れ慄くZE?!」

「やかまし!!空を飛べた方がもっとええやろ。ドラゴンなんかのおっとりとしたお姿とは違い、優雅に、華麗に、そして素早く。鳥型!!これは譲れまへんで!!」

「皆さん落ち着いてください。我々紳士的なオーク族の姿の方が皆着いてくると思いますブヒよ?」

「黙れ豚!!あんた達!!アテクシが直すんざんすよ!?アテクシの好きにするに決まってるじゃないざますか!!」

「「「「「誰が許すか!!我/わし/俺/あっし/私が見張るからな!!」」」」」



 言い争いの低レベル差に、兵士達は思わずポカンと口を開けて呆然とした。


『…どーでもいいなぁー。通信切るぞぉー。』


「同じく。どうせ四足歩行には出来まい。」


『あぁ、そこなのぉ?まぁ、いいかぁ。ではまたぁ、何かあればぁ、呼んでくれぇ。」


「うむ。では聖域に戻らせていただく。失礼。」


 ゴブリンの兵士達が取り乱す神々の姿を唖然として見ている中、イヌーンドは通信を切り、深い海へと再び潜って行った。フロスティーゴは兵士達に、


「お勤めご苦労でござる。もう放っておいて良いので、お二方とも帰って良いでござる。ただ、この件は他言無用でお願い致す。」


 と言い、場を後にした。


 兵士達はその言葉に従い、部屋を後にした。他の者に言う気は全く起きなかった。ただ、神々のあの俗物的な姿を見せられた結果、何やらもやもやとした思いを心に残すこととなった。


 神々の言い争いは夜通し続き、結論としてはーーー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る