第百十五話 その怒りは天雷の如く

 巨大な鬼型のロボットが動き出す。取り囲むように設置された金属の通路、おそらくメンテナンス用だろうそれを破壊しながら、大きな一歩を踏み出す。


 俺はジュゼの腕を再び掴んで空中へと舞い上がった。そしてガルダストリームプロトバロットレットをかざし、通路から落ちていくフルモ=トーンドロの部下であろうゴブリン達に風を纏わせ、落ちても怪我しないようにしてやる。


「部下が落ちてるぞ。」


 俺が言ってもフルモ=トーンドロは聞く耳を持たない。

「知った事ではないざんす!!さぁ行けゴブリン・ザ・キング!!飛べゴブリン・ザ・キング!!自然界へ向けて!!」


 フルモ=トーンドロの叫び声に応えるように、ゴブリン・ザ・キングは「オオオオオオ」という咆哮と共に、緑色の巨体を震わせ、雷の聖域を取り囲む外壁を打ち壊しながら空へと舞い上がっていった。向かった方角は魔界城。恐らくは魔界城の城下街に空いた大穴を通るつもりだろう。


「待て待て!!」


 [Vote!!][ディアストロフィズム!!]


 ヴァラハクエイクプロトバロットレットを翳し、大地を隆起させてゴブリン・ザ・キングの脚へ絡める。だがそれをゴブリン・ザ・キングはその巨体からは想像出来ないほどの速さで回避した。


「おーほほほほほ!!無駄ざんす!!ゴブリン・ザ・キングの出力は100万馬力!!ブースターの速度も相当のものを用意したざんす!!止められるものなら止めてみるざ…」


 バギィッ。


 その音が響いた瞬間、ゴブリン・ザ・キングの上で高笑いするフルモ=トーンドロの表情が固まった。


 彼の手元に未だ残っていたタイムグローブが砕けちっていた。


 すぐには止められないのが分かった以上、とりあえずそれだけは壊すべきと判断した俺が、バスターモードで奴が掲げていたそれを撃ち抜いたのだ。


「よし。」


「ああああああああああ何するざんすか!!」


「お前に時まで操作されると流石に困るんでな!!ジュゼ、しっかり掴まれ。」


「はい!!」


 そういうと彼女はガッシリと俺の腕を掴んだ。ゴムスーツ故に強調されているある部分が俺の腕にぶつかった。ムニュ、という音が心なしか聞こえた気がする。…意識するな、今はあっちに集中するんだ、俺はそう自分に言い聞かせながら、ガルダストリームプロトバロットレットで空を高速移動し、ゴブリン・ザ・キングに回り込んだ。


 [Mode Shield!!][EVOLUTION!!]


 音声と共にシールドを展開、ゴブリン・ザ・キングの進行を物理的に阻止する。


「過去の諍いが忘れられないのは分かる。だが今は対立すべき時じゃない!!忘れろとは言わないが、今は飲み込んでくれ。」


「それは迫害されていないアンタだから言えるざんす!!アテクシ達鬼族の怨みは消える事はない!!自然界の住人が責任を取るまでは!!」


「責任ってなんだ。」


「死!!或いは服従!!それを齎す物こそがこのゴブリン・ザ・キング!!これで奴らに思い知らせてやるざます!!我ら鬼族が抱いてきた殺意と、我ら鬼族が受けてきた歴史の重みを!!」


 フルモ=トーンドロの目は血走っており、息はどんどん荒くなっていった。


「そんな事を求めて実現したとしましょう。そうしたら今度は貴方が同じ恨みを買うだけです。」


「ああ、そうして戦いの連鎖が起きるだけだ。何も意味が無い、誰も得をしない。考え直してくれ。不毛だ。」


 とは言ったが、口にしない方が良かったかもしれない。


 もう恐らく彼は止まらないだろうという気はしていた。確信に近いものである。千年前の出来事を未だに引き摺っているのであれば、それはつまり千年分恨み辛みを培養しているという事だ。多分、ある事も無い事も色んな物を抱え込んでしまっているだろう。…それを取り除く事は限りなく難しいし、俺の声が届くとは到底思えない。少なくとも、燃え上がってしまっている今は。


 その予感は的中した。


 フルモ=トーンドロの顔は見る見る内に真っ赤になっていった。


「不毛!!不毛と来たざんすか!!」


 失言だった。


「あー、その、今の無しで。」


「いいえ聞いたざんすよ!!不毛!!この怒りが不毛!!その通り!!何も生まない!!それは間違いない事ざんす!!よろしいそれは認めるざんす!!ですが敢えて言いましょう!!」


 ゴブリン・ザ・キングがその拳を俺に向けて振るう。俺のバリアで阻む事は出来たが、何度もやられると辛い。


「だからどうした!!」


 そう彼は叫んだ。力の限り。


「不毛だろうとなんだろうと、この怒りは無くならないざます!!何かに…否!!怒りの根元にぶつけない限り、この怒りは消える事がないざんす!!そう、延々と鳴り響き続ける雷鳴の如く!!そして雷は!!必ず落ちる!!それが今ざます!!」


 その叫びとゴブリン・ザ・キングの拳の風圧で、俺とジュゼの体、そしてヘルマスターワンドが発するバリアがほんの少しズレた。その隙を点くように彼らは速度を上げて大穴へと向かっていった。

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