第百十六話 むかしむかし

「分かった。いざとなれば協力しよう。」


 アーチェリア公国の長、ボーガン公はそう仰りながら、アタシの差し出した親書を受け取ってくれた。


 アーチェリア公国はイージス王国に臨する国。自然界の国の一つである。アタシはあれから数日間で何とか自然界の大きめの国を一通り回った事になる。足が棒のようになったというのは今の状況の事だろう。疲れた。とっとと帰りたい。だがそれは面には出さないように気を付ける。公爵相手だ。失礼な事はしてはならない。


「しかしなんだな。勇者様が魔王に協力するとは、本当に時代は変わるものだな。」


「同じ事をレイピス様から聞きましたよ。」


「ははは。皆考える事は同じか。それ程今まではあり得ない事だったという事だ。…特にこの国は色々あってな。」


「そうかもしれませんね。でもアタシは自分が正しいと思う事をするだけですから。結果として魔王に協力してるだけです。」


 失礼な事を言うつもりは無いが、嘘をついても仕方ない。特にここは譲るわけにはいかない。何の考えもなく魔王の味方をしている事になっても嫌だからだ。アタシはアイツが魔王だから協力しているのである。


「ふむ。自分の中で揺るがない意志を持っているようだな。それなら良い。しかし勇者、か。」


 髭を蓄えたボーガン公は神妙な面持ちでその立派な髭を弄り始めた、何か考え込んでいるようだった。アタシは気になった。そのかつての勇者とやらが何をしたのか。


「色々、ですか?」


 アタシの問いかけにハッとした様子でこちらを向いたボーガン公は、バツの悪そうな顔で言った。


「ああ。すまん。思い出してしまっていたものでな。私の聞いた伝承をな。」


「伝承?」


「ああ、この国に伝わる伝承だ。…かつてこの国には、小鬼達が住んでいたという。」


 小鬼…ゴブリンの事だろうか。


「その小鬼達は、人々に危害を加えたりはせず、人々と仲良く過ごしていたらしい。だがある時、小鬼の一匹が、何の理由かは分からないが、人を殺めてしまった。それを切欠に小鬼と人間との仲は悪化し、やがて殺し合いになった。その時通り掛かったのが諸国を巡っていた勇者だった。」


 その時も勇者は居たのか。


「勇者は人々の話だけを聞き、人々と共に小鬼を殺した。やがて小鬼達は数を減らし、何処へと去っていき、この国に小鬼は居なくなった。人々は喜んで、勇者を称え、そして見送った。それから少し経って、魔物が人間達を襲うようになった。その魔物の中には、最初に殺された人間と同じような姿に形を変える物も居た。その時人々は気づいた。小鬼が魔物を退治してくれていたのだと。最初に殺されたのはこの魔物の一匹だったのだと。だが手遅れだった。人々は魔物に襲われ、小鬼と同じように数を減らしていった。人々は勇者の到来を待ち望んだが、既に別の国へと出ていった勇者は戻ってくる事はなく、やがて人々は一人残らず魔物に喰われた、と。」


 ……聞いてアタシは苦い顔をした。救いの無い話だと思った。勇者もきっとそれが人々の為になると思っていたんだろう。だが結果としては誰も救う事も出来なかったわけだ。…勇者はこの事を知ったのだろうか。知ったとしたら何を考えただろうか。


「まぁ作り話だとは思うがな。この話が本当なら、人々は一人も居なくなっているわけで、誰もこの伝承を語り継ぐ事が出来ないからな。だが作り話だとしても、この話はある種の教訓として語り継がれている。命を奪う事は取り返しのつかない事に繋がる事、肝心な時に頼れるのは自分達だけ、魔物だからといって安易に傷つけてはいけない、色々な教訓を学ぶ機会としてな。」


「なるほど。…実話じゃないと、いいですね。」


「全くだ。」


 アタシもボーガン公も本心からの言葉だった。




「たた、た、た、大変です!!」


 兵士が突然部屋に入ってきた。


「どうした。」


 ボーガン公が髭を弄りながら言った。


「き、きょきょ、きょ。」


「きょ?」


「落ち着け。何があった。」


「きょ、きょ、巨大な、巨大な鬼が、その、イージス王国の大穴から!!」


「「は?」」


 アタシとボーガン公は同時に声を上げた。

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