第百十四話 フルモ=トーンドロのお話

 絵の通りだった。


 所謂鬼、童話で見た赤鬼のような角があり、それ以外は全体的に人間に近い。全身が金属で出来ている事以外は。


 お台場にこんなのがあるのを昔見た事がある。大体サイズ的にもそのくらいのように見える。人十人が肩車しても届かないくらいの高さだろうか。


「大きいですね…。」


「ああ…すげぇ…。」


 ジュゼはただただ存在に驚愕しているようであったが、俺は半分くらい好奇心が混じっていた。これが動くのか。これが!!このサイズのものが!!可動テストとか言うくらいだからな!!ちゃんと動いてくれるんだろう!!歩くんだろう!!見たい!!考えれば考える程俺の頭は好奇心で満たされていき、これが魔界に何を齎すのかといったそういう興味よりも、ただただこの存在が動くのを見てみたいという思いに支配され始めていた。


「目が輝いていませんか?」


 ジュゼが尋ねてくる。気のせいだ。多分。



「随分騒がしいと思ったら、おやおや、魔王様ざんすか。」


「誰だ!?」


 上の方から声が聞こえてきた。俺たちがそちらの方を向くと、俺の胸元くらいまでのサイズの小さいゴブリンが、メガネをかけて白衣を着て、ロボットの頭の部分に立っていた。


「いやいやいやいやぁ、どーもどーも、アテクシ、フルモ=トーンドロと申すざんす。ここの聖域の守護担当してるだす。」


「あー、どーもどーも。よろしゅうござんす。」


 変な言葉遣いである。


「乗せられないでください魔王様。豚トロさん。「トーンドロだろ。」トーンドロさん、なんでこんなモノ作ったんですか。」


 今度はジュゼが間違えた。


「随分長い事生きてますが、何度も間違えられとりますんで、どうでもいいざます。まぁよござんす。ともかく!!ここに来たのはこのアテクシの最高傑作、ゴブリン・ザ・キングの勇姿を拝みに来たんでござんしょ?」


「「ゴブリン・ザ・キングゥ?」」


 何とも…何ともセンスの無い名前だ。だがあまりそこにツッコむと激昂しそうだしやめておく。


「そう!!初代魔王様より秘密裏に託されたこれが!!ついに完成したんざます!!このタイムグローブのお陰で!!」


 そう言って彼は何やらダイアルが幾つも付いたグローブを取り出し、天に掲げた。


 …はい?初代魔王?


「待て待て待て!?初代魔王?託された?何の話だ!!」


 俺が叫ぶと、彼はきょとんとした顔で答えた。


「おや聞いてないざんすか?…まぁ聞いていたらここにこっそり潜入なんてしないざんすね。よござんしょ、説明してあげるざんす。」


 彼は見下すように顔を持ち上げて言った。鼻につく言い方であった。


「アテクシ、以前、初代魔王様に相談されたざんす。あの宇宙から来たる魔物、最悪の場合自然界を盾にしないといけないのかもしれない、どうするべきかと。そこでアテクシ答えたざんす。アテクシに任せるざんすと。必ず方法を見つけて見せると。そして託されたアテクシは数千年かけて考え、一つの結論に至ったざんす。」


 彼は両手を掲げて叫んだ。目は血走っていた。狂気じみているという表現が適切と言えた。


「魔王様の懸念は正しかったざんす!!」


 何を言っているのかわからず俺はポカンとしてそれを聞いていた。


「は?」


「魔王様の考えは正しい!!自然界を盾にする他無いざんす!!」


「待て待て待て待て、それは…。」


「勿論、多大な犠牲は生じるざましょう。ですが、それは致し方無いと言う物。我々の魔界を守るためには必要な犠牲ざます!!」


「んなもん通るか!!」


 俺は叫んだ。


「同じ星に生きる同じ命だぞ!?犠牲にしていい命なんてあるか!!初代魔王だってそんな答え求めてない!!」


「お黙りなさい!!アテクシが導き出した結論に間違いは無いざんす!!無論、犠牲は少ない方が良い。そこでこのゴブリン・ザ・キングこそが登場するざますよ!!こいつで自然界を征服する!!圧倒的な力で!!そして同時にこれで敵を迎撃する!!完璧な理論ざます!!実際、先日の襲撃時、こいつの可動テストと被ったお陰で、我らが眷族は皆無事だったざんす!!これこそが最善ざます!!」


 考えすぎて疲れているのだろうか。彼には「自然界を犠牲にする」という前提があるように感じられた。そしてそれを曲げるつもりがさらさら無い事も言動の節々から読み取れた。俺の言葉に耳を傾けず、ただただ持論を垂れ流すだけの彼の姿勢から。


「黙れェ!!」


 そして俺はキレた。


「時間を操作してまで出した結論がそれか!!初代魔王が泣くぞ!!いいか!!犠牲が出る事はこの際仕方ないかもしれない。だがな!!最初から多大な犠牲を出す事を前提に考えるやつがあるか!!おまけにこのデカブツで自然界を征服するだぁ?寝言は寝てから言え!!もう少しマシな案を出せ!!」


 勿論、予想通り、彼は聞かなかった。


「だぁぁぁぁぁぁまらっしゃい!!もうこいつは完成した!!後は自然界を滅ぼすだけ!!それこそが我々が唯一生存する道!!我々鬼族の悲願でもあるのざます!!」


「鬼族の悲願…?」


 その言葉を聞いてジュゼがハッとした表情を見せた。


「何?何か心当たりでもあるのか?」


 俺はジュゼに尋ねたが、ジュゼが答える前にフルモ=トーンドロが割り込んだ。


「かつて鬼族は自然界にも残っていた。それは自然界の警護のため、アテクシがわざわざ気を利かせてやったざんす。なのに!!自然界の野蛮な連中は!!残っていた鬼族を迫害し、自然界から追い出したざんす!!」


 そんな事が。確かに向こうから見るとただの魔物に見えてしまうのかもしれない。


「千年前にそのような事件があったとは聞いた事があります。ですが、千年前。まだ自然界の人々の文明も安定しない時期でした。それこそ致し方ない事だったのでは。」


「だまらっしゃい小娘!!善意でやっていたアテクシ達が悪意で追い出された、その時の悲しみはあんた方にゃわからないざんす!!ああ、あの時の屈辱、今もアテクシ達の心の中に…オヨヨヨヨ…。」


 フルモ=トーンドロと近くのゴブリン兵が目を擦り始めた。


「あの時まで必死に考えていたアテクシでしたが、その瞬間目が覚めたざんす。もう考える必要など無い、魔王様の懸念を実現させ、自然界を盾にすれば良いのだと結論付けたざます!!そう決めたら後は楽だったざんす!!かつて恐れ迫害したゴブリンの姿を模した兵器で蹂躙する!!最高にクールざんしょ?」


「何がクールだ。フールにしか聞こえん。迫害されたのは確かに心苦しいとは思うが、だからといって征服まで行くのはやりすぎだ。」


 俺の言葉を振り払うように、彼は腕を振るった。


「問答無用!!もう出来たものは使うしかないざんす!!起動せよゴブリン・ザ・キング!!自然界を滅ぼせ!!」


 その言葉と共にその巨大建造物ーーーゴブリン・ザ・キングが動き出した。

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