第七十四話 難題

『いやぁー、助かったぁー。』


 洞窟から出た後、俺達にイヌーンドが語りかけてきた。


『これでぇー、この海もぉー、平和にぃー、なるわぁー。』


『いやいや、出来る事をしたまでだ。』


 元々支持率を上げるために来たのだ、ここの民達の為になるなら良い事だ。


『ところで魔王様、ここの水ですが、如何致しましょうか。』


 そう、そして問題になったのはそれだ。この外の大量の水。あれを何とかしなければ。


『この聖域側に戻す方法を考えないといけないなぁ。』


『あー、それなんだがぁー。』


 イヌーンドが何か申し訳なさそうに口を開いた。




 困ったことになった。


 どうしたものだろうか。


 俺とジュゼは、水の聖域の水中を泳ぎながら、またまた考え込む羽目になった。さっきから考え込んでばっかりだな俺達。


 だが此度の課題は難題だ。答えがすぐには出て来ないだろう。それでも、方向性は決めねばならない。


「どうしたらいいと思う?」


「いや…これに関しては私は何とも…。私個人としては断るべきだと思いますが…。しかしそれは…。」


「だよなぁ。」


 言いたい事は分かる。俺もそう思う。


 何に悩んでいるかというと、イヌーンドから「依頼」があったのだ。追加の依頼。しかも難題が。




『水に関してはぁー、このままとぉー、いうわけにはぁー、いかないだろうかぁー。』


 イヌーンドの言葉に俺は思わず「は?」とだけ返してしまった。


 何言ってるんだ。このままじゃ陸地が大変だろ。


 と言おうとした時、それを予期したかのように彼は続けた。


『いやぁー、陸地の件はあるんだがぁー、マリーネのぉー、住める場所はぁー、広がるだろぉー?』


 それを聞いて何が言いたいのか大凡理解出来たが、彼の話をそのまま黙って聞く事にした。


 掻い摘むとこういう事である。


 マリーネ、水棲の魔獣・魔人達は、陸地には住めない者も多い。それ故に、水の聖域付近の海は定員オーバー。縄張り争いも多いらしい。イヌーンドが一部の、高濃度の魔力に耐えられる者たちを水の聖域に連れて行く事である程度処理してきたが、それも限度がある。そろそろ完全に飽和しそうだというところで、丁度ガオーラの暴走があり、水辺が増えた事で、マリーネ達も喜んでいるのだと言う。


 そうした事情もあって、何とか今の状況を維持するか、あるいはマリーネや魚族の魔獣達が住む場所を確保してくれないだろうか、というのがイヌーンドの「依頼」であった。


 俺は考えた。だいぶ考えた。だがそれでも結論が出なかった。何故なら、今広がった魚族の領土は、別の種族の領土でもあるからだ。それに地下水脈に突き当たっている以上、下手をすれば魔界全土に影響がおよぶ可能性もある。気軽にYESとは言えない。


 それをイヌーンドも理解はしているようで、悩む俺を見てこう告げた。


『無理にとはぁー、言わないぃー。ただぁー、少しぃー、考えてぇー、みてくれぇー。』


 そうして彼はどこかへと去っていった。その速度は俺達の泳ぐそれを遥かに超えていた。といっても何せ体調だけで一キロあろうかという巨体だ。追おうとしても一凪でガンガンに距離が離される。俺達は仕方なく、水の聖域と通常の領域とを隔てる水流の方へと向かった。下手に水中深部にい続けると、暗い水の中にギラギラと光る目の持ち主達に襲われそうであったからだ。少しでも水上に近いところへ向かう事にした。




 そして今に至る。


 結論は出ない。どうしたものだろうか。


「地下水脈に関しては…戻すしかないでしょう。」


「まぁなぁ。水位もある程度は戻すしかない。…どうやってかは一旦置いといて、だ。」


「ええ。その上で、確かにマリーネ達の住処は増やした方がいいのはおそらく間違いないと思います。確かに住人に対する住居ーーー水場の不足は目に見えて分かるものでしたから。」


「それはつまり陸地を狭めるって事だよな…。」


「ええ。」


「うぅん…果たしてみんな納得してくれるのか…。だがある意味チャンスと考えるか…。」


 マリーネの住処を広げれば、彼ら彼女らの支持を取り付けられるかもしれない。それはこちらのメリットにもなる。


「ですがそう上手く行くかは分かりません。」


「なんで。」


「元々魚族やマリーネの投票率が低いからです。」


 ジュゼによると、魚族やマリーネが投票出来る場所に投票所が作れないらしい。投票所はどうしても陸地になる。陸地に行ける魚族は少ない。それ故に彼ら彼女らの投票率は低い。


「じゃあ水場を増やしたら投票所がカバー出来る範囲が減るじゃねぇか。」


 それは住処を失う人々の不支持率の増加に見合う支持率の増加が見込めない可能性を示している。


「と同時に…。今まで蔑ろにされてきたという感覚を覚えている魚族の方々もいらっしゃるでしょうから…。仮に水中でも投票出来るようになったとしても、果たして支持率の増加に繋がるかどうか…。」


 ジュゼが悩んでいたのはそこもあっての事であった。確かに住処の増加は種の存続という意味では重要だ。だがそれが魔王たる俺の支持率の増加に繋がらず、むしろ支持率の悪化に繋がるとしたら、俺以外の者が魔王になったとしたら、それは結果として魔界の破滅を招く恐れが高い。少なくとも次期だけは、何とかして俺が魔王にならないと、政治的とかそういうの抜きに、宇宙からの侵略者で魔界が破滅しかねん。


「う…うぅ…。」


 頭が痛くなってきた。ここまで厄介な政治的課題は今まで無かった気がする。どうすべきか。俺達は延々と頭を抱えて悩み続ける事しか出来なかった。

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