第六十九話 求:激流を超える方法

 轟々という音と共に水が吹き上がっている。まるで壁のように、その水流は横に並んで水平線と言うのかは分からないが、視界の端から端まで広がっている。まさに水の壁。その勢いは、触れたらそれだけで流れに乗って吹き飛ばされるであろう事が一眼で分かる。


 生前ナイアガラの滝というのをテレビだったか映画だったかで見たことがある。あれを間近で見たらこんな感じだろうか。物凄い迫力である。耳が痛い。違いとしては、向きが逆だということ、そして水中であるということだろう。


「うわぁ。」


 俺は大自然の脅威というものに圧倒され、呆然としながら声を上げた。


「間近で見ることはありませんでしたが…凄まじいですね。」


「ああ、全くだ。」


 元々は集落の状況を見ようと思っただけなのに、こんなことになるとは。だがこれを解決しないと、この集落だけならいいかもしれんが、魔界全土に被害が及びかねん。何とかこの壁を超えねばなるまい。


 …だがどうやったものだろうか。普通に触れるだけでは生きていることもできそうにない。


「なんか方法ない?」


「残念ながら。それに、それはこちらのセリフです。」


 ジュゼが答える。


「魔王様のあれやこれやで何とかしてください。」


「いやぁ…無茶言うなや。」


 ヘルマスターギアとかをつけていても、これに巻き込まれたら一溜りもなさそうである。それほどまでに水流の流れは激しかった。


「魔王様の武器に水の力とかあるじゃあないですか。あれで何かしら出来るのでは?」


 確かに、ヘルマスターワンドには水の力が込められているのを思い出した。これを使えば何とかできないだろうか。


「まぁ、試してみるか。」


 俺はアウェイクニングバロットレットを取り出し、ヘルマスターワンドへと差し込んだ。


 [目覚めたる魔界の王!!ヘル・マス・ター!!][降臨!!]


 いつもの黒いギアを装着した俺は、ヘルマスターワンドをシールドモードへと変更、水のアイコンを二回タップし、トリガーを引いた。


 [ヘルマスター!!][ウォーターシールドフィニッシュ!!]


 俺の周りに水のバリアが張られる。…水中なので目を凝らさないと分からないが、一応出来ているのは見えた。


「行ってみる。」


「お気をつけて。」


 ジュゼが心配そうな目付きで言った。


「ダメそうならすぐ戻ってきてく「ギャァァァァァァァァァ!!目が廻るぅぁぁぁぁぁぁ!!」


 ジュゼの言葉が終わらないうちに俺は思わず叫んだ。体こそバリアで阻まれてバラバラにならなかったが、水流に巻き込まれ、俺の体はバリア諸共洗濯機にかけられたように回転しだした。デカイボールの中に人が入ってる感じだ。そのボールが凄まじい勢いで回転している。…そんな光景を思い浮かべてくれればいい。当然中の人間がどうなるかは分かるというものだろう。バリアのお陰で死ぬことはなかったが、バインバインと跳ね飛ばされ、回転させられ、俺の三半規管は悲鳴を上げ…。



「オグェェェェェェェ。」


 やがて水流から弾かれた俺の入ったボールは水中を漂い、ジュゼにより拾われた。俺は水中で吐くという得難くそして得たくもない経験をさせられた。


「やめてください…。他の水と混じります。」


「仕方オヴェェェェェ、ないだオロロロロロロロロ…。」


 口の中に酸っぱい感触が…やめよう、言葉にするだけでキツい。


「他の方法を探しましょう。」


「そうだな…。だが強行突破は無理そうだし…。」


 こんな滝のようなものをぶった切ったり出来れば楽なのかもしれんが、中の魔力と反応してもっと大変なことになるかもしれない。


 うーんうーんと唸っていると、やがて一つ思い出したことがあった。滝。魔力の滝。かつてティアやサリアと会ったあそこ。確かティアが穴を開けたら、未開拓領域と繋がっていたとか言っていなかっただろうか。


「自然界側から入り込んだりできないかな。」


 俺はその記憶を元にジュゼに説明した。


「行けそうな気はしますね。…言われて思ったのですが、大丈夫でしょうか。」


「ん?」


「この水位の上昇、その穴の先にある未開拓領域が原因ですよね。穴から水が噴出していて、自然界に被害が、という事はありませんか?」


 言われてみれば。…もしそんなことになったら、普通に戦争とかになっても文句は言えない。原因が何にせよ、魔界からの水で自然界が溢れている事になる。矛先は必然的に魔界へと向かうだろう。


「…確認も兼ねて急ぐぞ。」


「はい。」


 俺は再びディメンジョンコンキュラーバロットレットを起動した。これで自然界が水浸しとかになっていたら、穴を開けた張本人である、ティアを生贄に捧げようと心に誓いながら。



 幸いなことに自然界はそのような非常事態にはなっていなかった。平穏無事な、至って普通の状況だった。俺とジュゼは同時に胸を撫で下ろした。これで自然界がどうにかなっていたら俺がどうにかなりそうであった。


 魔力の滝と呼ばれた観光名所。そこには魔法陣と噴出する魔力が相変わらず残っていた。ここに来たのも数ヶ月前だろうか。早いものである。


 だが次の問題は、ここから飛び降りてどうなるかが分からないということだ。危険な賭けになりかねない。


「…ジュゼはここで「ダメです。」


 何かあった時のためにと待つように言おうとしたが、それを読まれたようで、彼女に言葉を遮られた。


「私も行きます。私にも出来ることはあるはずです。」


 確かにジュゼが居てくれた方が心強い。いつも冷静な彼女であれば、咄嗟の自体であっても対応出来るだろう。俺よりは。…だがジュゼをあまりに危険な目に合わせてしまうのも、彼女にとっても、魔界にとっても損失ではなかろうか。そう考えている俺を彼女は更に叱責した。


「魔王様はご自身を低く考えすぎです。魔王様に何かあったら、この魔界で恐らく今後起きることを何とか出来る者は居なくなります。つまり、魔王様に何かあったら、どの道この魔界は終わりです。であれば、私は魔王様を少しでもお助けしたい。それが私の責任であり、義務です。」


「…わかった。」


 俺は彼女の言葉を反芻しながら、深く頷いた。


「行こう。」


 俺は出来る限りの属性バリアを発動しながら、彼女と共に魔力の滝の発出元である大穴へと、二人で手を繋いで飛び込んだ。

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