第七十話 水神のお悩み相談

 深い穴の中へと降りていく。俺の翼を使い、ジュゼを抱えてゆっくりと。俺の周りを魔力がキラキラと煌めいている。まるで御伽噺だ。綺麗だと思う暇は無い。下手に刺激すれば反応し、水を生み出して俺達が溺れたりという事も考えられる。バリアで守られているとはいえ、それでも不安は尽きない。慎重に降りていく。


 やがて開けた場所に出た。そこは先程の水流の壁の先。先程ははっきり見えた山がどこにも見えず、ただ水流の壁だけが四方に広がっている事から推測できた。ただし水嵩は壁の高さよりも低い。壁は魔界の天井まで届いていたが、水嵩はどうやら先程居た場所と同じ程度、仕切りとなっている山を超えない程度の高さのように見えた。なるほど、あくまで水流の壁は外界との障壁の役割であり、中身は魔界と然程変わらないようだ。明らかに建物が水没しているあたり、水嵩が増している事も同じようである。だが明らかに違うのは水の魔力の充満の仕方である。先程の通路も同様であったが、魔力がたっぷりと大気中に満ちているのが感じられる。これのせいで洪水みたいな事が起きたのだろうか?ジュゼにも分からないようであった。分からないなら探索だ。という事で俺達は再び水の中へと潜った。



 水の中には何やら大きな壁があった。何だろうと見つめていると、


「だーーーーーれだぁーーーーー?今ぁーーーーー、忙しぃーーーーーんだぞぉーーーーー。」


 何かが間延びした声で俺に語りかけてきた。声の主の姿は見えない。キョロキョロと辺りをジュゼと二人で見回していると、また声が語りかけてきた。


「ワシだぁーーーーー。目の前にぃーーーーー、いるだろぉーーーーー。」


 瞬間、目の前にある壁が動き出した。これ生物だったのか!?よくよく見ると確かに生き物らしい装飾というか、生き物が持っているであろう特徴は幾つも見受けられた。気付かなかったのはとにかくデカかったからだ。ジュゼも驚いている。角のある、何か大きな、生き物。ヒレがあり、二つに分かれた尾が水の先の方に見えた。先の先の方、数十メートルは先に、チラリと少しだけ。そして目の前には角ばった頭のようなものが見える。

 

 …これは、鯨?


「わしゃーーーーーイヌーンド。水のぉーーーーー神ってぇーーーーーやつだぁーーーーー。イヌじゃーーーーーねーーーーーどぉーーーーー。」


 聞いた瞬間言おうとした事を言われてしまった。いや、それどころではない。この巨大な生物が喋るために口を開く毎に水中に怒涛のごとく水流が発生するのだ。吹き飛ばされないように近くのものにしがみつくだけで精一杯だ。


「やめろやめろぉ!!しゃぁべるなぁ!!お前が喋ると面倒な事になる!!」


『仕方ないのぉーーーーー。しかしぃーーーーー、神に向かってぇーーーーー、その言い方はぁーーーーー、いかがなものかぁーーーーー。』


 間延びした声が頭の中に直接響いてくる。魔法による会話だ。出来るなら最初からやってくれ。


『この人の失礼な物言いにつきましては、私から謝罪を述べさせて頂きます。大変失礼致しました。この人はエレグ、現魔王であり、私はジュゼ、魔王の秘書でございます。この度は魔界で起きている大洪水の調査で参りました。』


 ジュゼが割り込むように話しかけた。


『おぉーーーーー、当代のぉーーーーー、魔王かぁーーーーー。最近はぁーーーーー、評判んーーーーー、いいのぉーーーーー。ファーーーーーラ=フラーーーーーモがぁーーーーー、そんな話しをぉーーーーー、しとったのぉーーーーー。』


 かったるい喋り方に、俺のイライラが増していくが、あまりこうとやかくいっても仕方ない。我慢しながら俺は言った。


『まぁその、俺の評判に関しては置いておいて欲しい。それより聞きたいのは、この水の聖域の近くが水没している件だ。何か知らないだろうか?』


『ふぅーーーーーむ。その件にぃーーーーー、ついてはぁーーーーー、実はぁーーーーー、ワシもぉーーーーー、困ってぇーーーーー、いてなぁーーーーー。』


 ダメだ、我慢出来ん。


『あの、もう少し早く喋れない?』


『すまんがぁーーーーー、ワシはぁーーーーー、体がぁーーーーー、デカイだろぉーーーーー?その分んーーーーー、どうしてもぉーーーーー、話し方がぁーーーーー、こうなってぇーーーーー、しまうのだぁーーーーー。』


『いや分からなくはないんだが、幾ら何でも話が進まん。…そうだ。』


 [時間!!]


 俺はタイムルーラーバロットレットを起動し、タイムルーラーギアを装着すると、


 [クイック!!]


 早送りの機能を起動し、イヌーンドの喋り口調という概念にだけ早送りを適用した。慣れるとこんな事も出来るのだから便利である。


『おおぉー、なんかぁー、口というかぁー、喋りがぁー、早くなったぞぉー。』


 あまりやりすぎて彼…?の脳の老化を早めたりするとマズい。その辺りに作用しないようにと考えると、これが限度である。


『これで少しは喋りやすくなったろう。ともかく、話を聞かせてくれ。何があったんだ。魔界全土に影響しかねない。俺に出来る事があれば協力する。』


『ありがたいぃー。実はぁー、この地に眠っていたぁー、暴れ者がぁー、突然んー、暴れ出したのだぁー。』


『暴れ者?』


『うぅーむ。五千年くらい前にぃー、ワシが叩きのめしてぇー、封印したぁー、ガオールという奴のぉー、封印がぁー、解けてしまいぃー、暴れ出したのだぁー。そいつのぉー、せいでぇー、地下のぉー、水脈がぁー、氾濫しておるのだぁー。』


『地下水脈が…!?』


 ジュゼが目を見開く。


『え、それってつまり、この溢れている水が、魔界の地下水ってこと?』


 俺の質問に彼は肯定した。


『うむぅー、恐らくぅー、そうだと思うぅー。勿論んー、暴走したぁー、魔力でぇー、生成されたぁー、分もぉー、あるとぉー、思うがぁー。』


『それってマズくないか?生活用水の量に影響したり、地盤沈下とかそういうのに影響しないか?』


『勿論です。この辺りの水、特にあの聖域前の山の水は、魔界全土へ行き渡る水の源にもなっています。下手すれば魔界全土で水不足などに陥る可能性もありますし、仰る通り、水が無くなった地の沈下も考えられます。あの山ーーーウォーダル山の地盤が緩み、土砂崩れやその他災害に至る可能性も…。』


 俺とジュゼは顔を見合わせ、恐らく同時に青ざめた。放置するわけにはいかない。


『そいつはどこにいるんだ!?俺達が何とかする!!』


『そうかぁー?そいつは助かるぅー。奴めぇー、ワシのぉー、手の届かぬぅー、小さい洞窟にぃー、逃げ込みおったのだぁー。入り口までぇー、案内するぅー、ワシの背にぃー、乗るがよいぃー。』


 俺達は水中を移動し、急いでイヌーンドの背に乗った。イヌーンドはその巨大な尾ビレを降り、水を大きくかき分けながら、深い水中へと潜って行った。水中にはサンゴや海洋植物、そして水中生物の発する光により美麗な光景が描かれていたようであったが、俺達は振り落とされないようにするので精一杯で、それらに目をやる事は全く出来なかった。この手の事件が起きるといつも時間が無いので、往々にしてこういう事になる。嗚呼、もう少しゆっくりさせてくれてもいいんじゃないか?

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