第五十四話 試運転

「「うわぁ。」」


 思わず同時に感嘆と呆れの混じった声を上げてしまった。


 魔界への入り口、自然界との境界、その近くで魔界に押し寄せる軍勢を見た時の言葉である。


 地平線一面に人が居た。鎧を着た者、着ていない者、武器を持つ者、持っていない者、容姿や装備は様々ではあったが、とにかく大量の人が居て、それがこっちにゾンビのようにゆっくりと歩いてきていた。先頭の人々の目には隈が見える。どうやら寝ずに歩いてきたようだ。疲れを感じないのだろうか。


「な、なななな、なんなんですかぁ、あれ!!」


 この間会った検問所の男が、その小屋に隠れながら叫んだ。


「さっき見えるようになったんですけど、もう怖すぎますよ!!魔物より怖いくらいですよ!!」


「落ち着け。とりあえず部屋に居ろ。…サリア、準備は?」


「いつでもOKよ!!」


 そして彼女がバロットレットを起動した。


 [勇気!!]


「見せてやろうじゃない!!生まれ変わったブレイブエクスカリバーの力を!!」


 そして剣の柄にバロットレットを差し込む。


 [Load!!][Hopeful-Brave-Ballot-let!!]


 今度は音声が普通になっていた。壊れたような何度も繰り返す音声はなく、クリアな音質でそれは叫んだ。


 [Reading!!][Awaken! Your Soul!! Rise up!! Your Bravery!! Gear of Hopeful Brave!!][Rising!!]


 これはこれで普通に感じてしまうのは、俺が何か毒されているのだろうか。


「ん?」


 と、ふとそのブレイブエクスカリバーを見ると、ダイアルが増えているし、ダイアルの文字も変わっている。


「お、おい、なんか機能変わってるっぽいけど、それで解呪出来るのか?」


「多分!!出来る!!やれば分かる!!」


 サリアは自分に言い聞かせるようにも聞こえる言い方で叫ぶと、ダイアルを[B]にセットし、トリガーを引いた。


 [Barrier!!!!]


 するとサリアや俺の周りに何やら透明な障壁が形成された。なるほどバリアのBか。


「じゃあ解呪はどれだ?」


「んー、適当にやってみましょう。」


 適当ってお前…と言いたくなったが今は仕方ない。説明書があれば読むのだが、無いから仕方ない。サリアはあっても読まないタイプだろうけど。サリアは今度は[A]にセットした。


 [Assault!!]


 俺はもうこの時点でダメだ、ヤバいと気付いた。だがサリアは単語の意味を理解出来ないようで、そのまま

「よし!!」と意気込んで地平線の向こうに向けてトリガーを引こうとした。


「そ、それはダメだ!!山に向けろ!!人に撃つな!!」


「へ?」


 俺が剣先を逸らし、近くの山の方に向けると同時にトリガーが引かれた。


 [ホープフルブレイブ!!][スパーキングアサルトブレイク!!]


 瞬間、閃光が迸り、剣先の山に穴が開いた。


 俺とサリア、そして検問所の係員(まだ居たのかお前)の口があんぐりと開いた。


 ーーー誰も居なかった事を祈る。


「す、す、凄いわねーアタシ。さっすがアタシ。」


「感心してる場合か!!もう少し躊躇しろ!!」


「はい…。」


 サリアはしゅんとなって肩を竦めた。


「とりあえずEはどうだ。」


 elaseとかなら消去魔法っぽいんじゃないかと思い提案してみる。eliminateとかそんなコールだったら怖いが。サリアは全く予想出来ないようで、とりあえず言われた通りにダイアルを回した。


 [Exceed!!]


 む、なんか強化魔法っぽくないか。


「とりあえず引いてみてくれ。」


「うん。」


 サリアがトリガーを引くと、剣は叫んだ。


 [Error!!Error!!]


「…本当にこれ直ってるのか?」


「…そう言ってたけどねぇ。」


 どれがどの機能と対応してるかくらい聞いといて欲しい。今回はとにかく時間が足りないのだから。


「じゃあこれ。」


「魔界は悪、魔界は滅ぼす。」


 サリアは[V]にダイアルを合わせた。


「魔界は悪、魔界は滅ぼす。」


 [Vanish!!]


 消失とかそんな意味じゃなかったっけ?本当に大丈夫なのか?


「魔界は悪、魔界は滅ぼす。」


「あーもううっせぇなぁさっきからさぁ!!」


 なんか変な声が俺の思考を邪魔するので、叫んでその声の方を見ると、検問所の兵士が剣を振りかざしてこちらに向けて迫ってきていた。空気で媒介でもしてんのかこれ!?


「ちょちょちょ、ちょっとタンマ!!」


 俺は兵士に向けて手を振ってストップの意を示したが、当然のように聞こえていないようだった。だが先程のバリアがその剣を阻んだ。試してみるもんだな。意外なところで役に立つ。いやそんな冷静に感心している場合ではない。どうしよう。


「仕方ない、使うわよ!!」


「いやそれはちょっと待て!!」


 だがサリアは無視した。こういう時の決断が早いのはいいのか悪いのか。


 サリアがトリガーを引くと、剣から眩い光が発された。先ほどのAssaultの場合とは違い、暖かな光。それが兵士を包みこんだ。やがて光が収まると、兵士は剣を落とし、キョロキョロと辺りを見回した。


「あれ?動ける…。よ、良かった…。」


 これだ。[V]のダイアルで解呪出来るようだ。しかしかかっている間の記憶もあるのか。困った魔法だ。


 俺はとりあえずその兵士を検問所の奥の部屋にぶち込み、ドアを外からホウキやらモップやらで施錠した。最初のうちは「ちょ、何するんですか!!もうしませんって!!」という声が聞こえてきたが、やがて大人しくなり、そして「魔界は悪、魔界は滅ぼす」という声が聞こえてきた。予想通り、空気を媒介にしても魔法にかかってしまうようだ。


「予想以上にマズいな。」


 空気ごと入れ替える?いやそんな事出来ないしなぁ。


「とにかく、これで何とかするしかないわね。行くわよ。」


「…ああ。」


 サリアが駆け出し、俺はその後を着いていく。だがふと疑問が浮かんだ。



 何故彼女は魔法にかかっていないんだ?

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