第五十五話 止まらない、止められない

 走り始めて数分後、俺達は人々の群れに遭遇した。その量たるや圧倒されるものがあり、思わず二人ともたじろいでしまう。


 だが何もしないわけにはいかない。彼らを助け、魔界を助けなければならない。


「いくぞ。」


 [覚醒!!]


「ええ。」


 [勇気!!]


 俺達はバロットレットを起動し、改めてそれぞれのギアを装着した。


 そして意を決して、群衆の目の前へと覚悟を決めて飛び出した。


「お前達止まれ!!これ以上の進行、この魔王たる我が許さんぞ!!」


 見栄を切ってみるが、大した反応は無い。ただ「魔界は悪、魔界は滅ぼす。」と繰り返すだけだ。張り合いがない。聞こえてないか、聞こえていても反応ができないか。後者なら嫌な話だ。


「まずは前にいる人から順に戻していくわ。」


「おう。」


 サリアは[V]にダイアルを合わせ、トリガーを引く。


 [Vanish!!]


 その叫びと共に剣から光が発され、その光を浴びた人達が正気に戻っていく。


「おお…。」


「助かった…。」


 だが少しすると再び苦しみだし、また同じ言葉だけを繰り返す。即ち、「魔界は悪、魔界は滅ぼす」という単語だけだ。


「くそっ、やっぱりダメか。」


 舌打ちをする。


「他に手はないものかしら?」


「どうも空気自体に魔法が影響してるみたいだから、空気ごと吹き飛ばすとか?」


 俺はそう言いながら風のアイコンをタップ、ヘルマスターワンドをシールドモードに変形させた。適切な武器が見当たりないので、とりあえずである。


「俺に続け!!」


「おう!!」


 サリアが威勢よく応じる。


 [ヘルマスター!!][ウインドシールド!!]


 ヘルマスターワンドの音声と共に、風の障壁が出来上がる。俺はその盾を持ち上げ、頭の上で回転させる。それに合わせてサリアが[Vanish!!]と発動、魔力を風の障壁にぶつけて全体に広げられないか試してみる。だが、全てには無理がありそうだ。先頭のある程度の集団ーーーVanish単体の時よりも多いーーーは元に戻ったが、その後ろにはまだまだ魔法に洗脳させた人々が大勢居た。結局空気を入れ替えても、そこからまた魔法にかかってしまう。これはキリがない。


「あーもう!!何度もかかるのが厄介ね。」


 流石にサリアも辛くなってきたらしい。


「せめて一回かかれば終わりとかならマシなんだが…。」


 ボヤいても仕方ない。他に何か方法を考えようとした時、声が聞こえてきた。


「無駄ですよ。」


 聞き覚えのある声だった。数日前に聞いた事。勿論誰かも覚えている。


「ユート!!」


 俺が叫ぶと、サリアが一瞬こちらを向いてから、俺の目線の先を見た。


「ふ、フヒェヒェ。フヒェヒェヒェヒェ!!いやはや、ここまで上手く行くとは!!準備した甲斐があったというもの!!」


 フード姿の男が拍手しながら隊列の中から前へと出てきた。


「こいつが!?」


「ああ、例のバカだ。」


「ーーー見た事ある。ブレドール王国の王に挨拶しに行った時、確か王様の横にいたわ。」


「ふふふ、覚えているとも"勇者"よ。私はユート・デスピリア。勇者であり、そして今はプレドール王国の大臣をやっている。以後お見知り置きを。」


 ユートはわざとらしくお辞儀をした。


「今度は本体の登場か。お前何がしたいんだ?」


 サリアがブレイブエクスカリバーを、俺がブレイドモードへ切り替えたヘルマスターワンドを向けながら尋ねると、奴はまたフヒェヒェと不気味に笑いながら言った。


「言ったでしょう。魔界に与する者を消し、邪悪なる魔王を滅ぼすのだ。」


 そして手を広げた。


「見たまえこの軍勢を!!この人の量を!!皆が魔界の滅亡を望んでいる!!」


「何言ってんの!!アンタが操ってるんでしょ!?」


 サリアの言葉に彼はしたり顔で答える。


「ンーフッフッ!!ヒェーッヒェヒェヒェヒェェェェ!!。いやぁその言葉!!その言葉が聞きたかった!!そうそうその通り!!私が組み上げた洗脳魔法が皆を操っている!!それは認めよう!!だが!!君たちはこの魔法の真の発動条件に気付いていないようだ!!」


「なんだよそれは!!」


「教えてあげようじゃあないかぁ。」


 先日会った時よりも余裕のある、極めて嫌味な顔で奴は言った。


「この魔法はねぇ、魔力がない、つまり自然界の人間に作用する。そして!!ここが重要だ!!人々の魔界に対する嫌悪に反応するのだ。そしてその嫌悪を増幅し、まずその嫌悪感を取り除こうとするように働く!!つまりだ!!この大軍勢は皆全て!!魔界に対し"滅びろ"と心内では思っているということなのだよ!!」


 ユートは勝ち誇ったように言った。つまり何か、ここにいる全員がーーー魔界をーーー。


 俺が愕然とする中、奴は狂ったように笑い出した。


「フェーーーッヒェヒェヒェ!!やはり私が正しかったのだ!!魔界は悪なのだ!!人々が嫌悪し、人々が邪魔だと思い、人々が滅ぶべきと願う存在なのだ!!だから私は正しい!!勇者は魔界を滅ぼす!!それが正しい勇者のあり方なのだ!!」


 テンションが上がったのか、ユートが手を上げて叫び出した。


「そう!!私が!!私がここまでした事は、全て無駄ではなかったのだ!!」


 その勢いで奴が被っていたフードが取れた。


「ーーーこのような、このような醜い体になった事もまた、意味があったのだ!!」


 フードで隠した彼の顔は焼け爛れ、片目は垂れ下がっていた。まるでその姿は、死霊族ーーーゾンビのそれであった。

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