第五十三話 御託はいいから

 俺は改めて考えてみた。国際会議の手紙に魔法が掛かっていた、という仮説が正しいとする。国際会議、それはつまり、イージス王国以外も参加する会議、という事は、当然他の国にも手紙が届いているだろう。他の国に届いているという事は、他の国もここと同じような状態に至っている可能性があるという事だ。


「…他の国にあなたのような魔導師は?」


「居るかもしれませんが、今まで聞いた事はないです。王も私の事はあまり公にしませんし。」


 "公にした場合悪い目で見られる事が有り得る"というのが言外に感じられる口ぶりであった。



 俺の思考は悪い方へと向かっていく。だがそれを止められない。



 下手をすれば自然界の住人全員がこの魔法に掛かってしまうのではないか?そもそもこれが人だけに掛かるものなのか?動物達にも掛かっていたらどうなるんだ?


 そして、この事象がそれだけの規模になると、サリアのBreakでも解除仕切れまい。時間停止中にかけて回っても、魔法の解呪そのものは時間停止中では行えない。時間停止解除→魔法解呪という流れになる。だがもし甚大な拡大力を有しているとしたら、解呪したその場から別の人から魔法を掛けられる、という可能性もある。


 手の打ち様が無いように思え、俺は愕然とし、その場に頭を抱えて蹲った。


「うごぉぉぉぉ…。どうしようもねぇ…。」


 悶え苦しむように蹲る俺を見て、魔導師は心配そうに肩に手を置いた。


「大丈夫ですか!?」


 ダメです。


 と、ジュゼとトンスケもこちらに合流してきた。時間が掛かっていたので心配になったようだった。


「魔王様、どうされました?!」


「おのれ曲者!!」


 トンスケは魔導師に向けて剣を向けた。いや曲者はこっちだろう。


「待て待て待て待て、大丈夫、大丈夫だから。この人は王宮魔導師。唯一無事そうだったから解放しただけだ。」


「はい、そうなのです。なので剣を下ろして!!…そういえば、なんで今国王陛下とか大臣とかは止まっているんです?」


「その辺の説明は難しいので気にしないでくれ。」


 下手に時間操作の話をするわけにもいかない。俺は流しつつ、ジュゼとトンスケに事情を説明した。ジュゼは神妙な面持ちでそれを聞いた後、手紙を見て言った。


「予想は当たっています。これには闇の魔法が掛けられています。恐らく、心理操作の魔法と、連鎖爆発の魔法の複合です。効果も予想通り。つまり一つの指示だけを与え、それを周囲に広めていく。単純ですがそれ故にこの国印だけでも掛けられる。」


「でも魔力があると掛からないってのはなんでだろう?」


「魔力というのは、有しているだけで魔法に対する防壁の役割を果たします。特に精神系の魔法には顕著にその特性が現れます。脳が「あ、勝手に操作されそうになってる」と気付くと、自動で魔力を使ってそれに抵抗しようとするのです。」


 脳が勝手にねぇ。


「例えばですが、私が魔王様を操ろうとしたとします。その場合、魔王様が心からそれを受け入れようとしない限り、魔王様の脳は自発的に体内の魔力を使用し抵抗します。それが所謂抵抗値で、これは体内の魔力量や鍛え方により比例します。抵抗値よりも高い魔力を込めないと、操作する事は出来ません。」


 そしてジュゼは手紙を指していった。


「この手紙の魔法は、ーーー正しく解析する必要はありますが、恐らく抵抗値ゼロで掛けられています。つまり、魔力が少しでもあれば掛からない。その代わり、魔力が全く無い人間には掛かる。そういう風に設計する事で、少量の魔力で操作を実現しているように見えます。そしてさらに、連鎖爆発の魔法、つまり操作された人間が別の人間に同じ魔法を掛けるという仕組みも組み込まれているようです。これが発動した結果、この王国全体に、この魔法が発動したという事です。」


 つまり予想通りだったという事だ。それはつまり、最悪の予想もまた現実味を帯びているという事を意味する。


「じゃあ、やっぱり…自然界全体が…?」


「…恐らく、それも魔王様の予想通りと考えられます。」


 それを聞いて俺は泡を吹いて倒れた。



 ああもう、どうにもならねぇじゃねぇかよぉ。






「で、その後魔導師も停止させて、城を出てから時間を動かし、今に至るというわけだ。」


 俺が説明を終えると、サリアはポカンと立ち尽くし、ティアは頭を抱えていた。


「…どう、しようね。」


 ティアが絞り出すように口にした。何も浮かばないのだろう。俺も同じだから気持ちは死ぬ程わかる。


「俺が聞きたい。…どうしたらいいと思う?」


「時間停止は一日が限度、それは変わらない。キミの体を生贄に、なんてのは論外だからね。となると一日の間に自然界全体の魔法を解呪しないといけないわけだけれど…それもキミの想像…通り…かな。」


 その後の言葉は出てこなかった。だが何が言いたいかなんてのは大凡検討がつくという物である。”無理”。この二文字であろう。それは彼女の顔を見れば予想がついた。


 サリアを除く俺達全員が溜息をついた。



「で、アンタさっさと自然界に行かないのよ。早く行きましょ?」


 サリアがキョトンとした顔で言った。こいつは話を聞いていたのか?


「いや、だからさ…。」


 俺が改めて説明しようとした瞬間、彼女がそれを遮った。


「無理、って言いたいの?そんなの、やってみないと分からないでしょ?それに、この間の大群だってアタシがバーっと解放したじゃない。」


 彼女の目には全く絶望の色が無かった。


「ま、とりあえず、やらないと魔界が、自然界が大変な事になるのは分かったからさ、とっとと行くわよ。」


「ど、どこへだよ!!というかお前に物凄く負担が掛かるんだ「ウダウダ言ってんじゃないわよ!!」


 サリアが叫んだ。


「今はとにかく、出来る事をするしかないでしょ!?ここで頭を掻いて何とかなるの!?ならないでしょ!?」


 彼女は部屋にいる全員に向けて、何より俺に向けて叫んだ。


「あの時と同じよ。出来る事はまだある。しかもアタシ達にしか出来ない事が。ならやるべきよ。それが例え、アタシの体に負担がかかろうとなんだろうと!!他の人を、魔界の人達を、自然界の人達を!!みんなを救うためでしょ!?迷う必要がどこにあるの!!」


 俺はその言葉を聞いてすっくと立ち上がった。


「ーーーすまん、無いな!!」


 そう、無い。迷う必要など無い。とにもかくにもやれる事があるならやるしか無い。


「トンスケ、お前は引き続き兵の準備を。最悪の事態のためにも迎撃態勢は整えてくれ。」


「…了解ですぞ!!」


「ジュゼ、ティア、二人は時間の巻き戻しの準備と、別案の検討を。最悪、この時間に戻る事で、別の方法を考えよう。」


「承知致しました。」


「OK。」


「サリア、行くぞ。」


「それはこっちのセリフだっての。」


 そうだったな。


「…ありがとう。」


「それはなんとかしてから聞きたいわね。」


 そうだな。そりゃそうだ。俺は今日恐らく初めて笑みを零すと、ディメンジョンコンキュラーバロットレットを取り出し、自然界と魔界との関所へワープした。

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