第五十二話 魔界になにが起こったか:今日

 翌日、つまり今から三日前。これは普通の日だった。大した事は起きなかった。


 基本的には大凡いつも通り、ジュゼから渡された書類に目を通し、ハンコを押し、イレントやハイの研究状況を確認し、という感じである。尚、セラエノは元の集落へと戻っていった。感謝を述べたのは言うまでも無い。


 ただちょっとした問題の欠片が見つかったのがこの日だった。というのは、数日後に自然界で会議が行われるという話が持ち上がったのだ。前々から話題には出ていた国際会議。先日のブレドール王国のイージス王国侵攻を憂いた王達が、彼の国を糾弾する目的で開く事になった例のアレである。隕石の襲来で延期されていたが、いよいよ実際に開催される事になりそうだという。今となっては開くべきでは無いとエスカージャ殿に助言すべきだったとほとほと後悔しているわけだが、その時も俺はそれを喜ぶべきか少々迷った。ユートが何か動く可能性があると思ったからだ。だが一応手元にはタイムルーラーバロットレットーーー言うまでもなく、ティアの時を操る力がある。最悪、巻き戻し等の手も打てるだろう。そういう算段から、その時はそこまで気に留める事は無かった。一応、エスカージャ殿には、詳しい日程が分かったら教えてくれ、という話をしておいた。向こうもそれには了承してくれた。



 ただ、後から考えると、おおよそこの時点で手遅れだったようだ。



 それから三日後、つまり今日になっても、エスカージャ殿からの連絡は無かった。直通の魔通も繋がらない。いつもは数コールで出るのに、何度掛けても繋がらなかったんだ。これは何かあったんじゃないかと思って、兵士を偵察にやったら、その兵士が慌てて報告してきた。


 自然界の各国が一斉に挙兵したという話が持ち上がってきた。信じられるか?三日後、急にだぞ。しかも、ブレドール王国だけじゃない、他の国も全部、一斉に、だ。


 話を聞いた時は絶句した。ジュゼもトンスケも、その場にいた全員が凍り付いた。


「何かの間違いだろ!?」


 報告してきた兵士に叫んだが、間違いありませんと言われてしまった。そう言われたらどうにもならないしゃないか…。魔通が繋がらないのも恐らくこれが一因だろう。だがどうして?俺は全く分からなかった。


「すぐにこちらも迎撃の準備をせねばなりますまい。」


「各国への念の為働きかけをしましょう。無意味やもしれませんが…。」


 トンスケとジュゼが提案をした。だがそれ以上にまず現状を知る必要があると思った。幸いというべきだろう、俺の手元にはそれを実現出来るものがある。


「いや、待ってくれ。イージス王国へ行って、何があったのか探ってみよう。」


 [空間!!]


 俺がディメンジョンコンキュラーバロットレットを起動すると、ジュゼとトンスケは頷いた。大凡何をしようとしているのか理解出来たようだ。


 [Vote!!][Dimension-Conquerer-Ballot-ler!!]

 [Calling!!][天・地・自・在!!ディ・メ・ン・ジョ・ン・コンキュラー!!][降臨!!]


 彼女らはディメンジョンコンキュラーギアを装着した俺に捕まった。それを確認すると俺は、転移のアイコンをタップした。


 [空・間・転・移!!ディメンジョントランスファー!!]


 その宣言と共に、俺達はイージス王国城下街の入り口へと飛んだ。




 入り口から見ただけで、街は異様な空気に包まれていた。皆が正気を無くしてゾンビのように彷徨いている。そして門番はただただ「魔界は悪、魔界は滅ぼす」とぶつぶつ呟いていた。よく見るとその先に居る住人達も同じ様に口をモゴモゴと動かしていた。これは間違いなく何かあった。


「ここから時を止める。お前達も動けるようにするから、それぞれジュゼは街中、トンスケは街の外を探ってみてくれ。俺は城の中を探る。」


「承知しました。」


「了解ですぞ。」


 二人が頷いたので、俺はタイムルーラーバロットレットを取り出し、ギアを変更した。

 [時間!!][Vote!!] [Time-Ruler-Ballot-let!!]

 [Calling!!][停止!!倍速!!巻き戻し!!ターイムルーラー!!][降臨!!]

 

 そして、時間が停止した。


 ティアが感知した時間操作というのは、恐らくこの時の物だろう。



 俺は二人を動けるようにしてから、二人と別れ、城内部へと入り込んだ。城門は開いていた。兵士達がわんさか出てきてたからな。そのお陰でドアの操作とかは必要なかった。時間の流れから解放する対象を増やしすぎると、コントロールが利かなくなる可能性があったので、それは大分助かったところではある。


 エスカージャ殿がいる広間に行くと、彼もまた先の街の人達のような異様な状態で停止していた。顔は虚ろで、どこか遠くを見つめている。やはり何かおかしい。手掛かりが無いかと辺りを見回すと、彼が何か持っているのを見つけた。それを上手く彼に触れないように見てみると、それは国際会議開催の依頼だった。その依頼書の末尾にはブレドール王国の国印がされていた。


「ブレドール王国から国際会議を提案した…?」


 何か怪しい気がした。この手紙が何かの手がかりになるかもしれない。俺がそれを手に取り持ち帰ろうとした時、ふと目に入ったものがあった。王の近くに側近が何人か立っていたのだが、その内の一人の表情だけが、他の連中のものと違っていた。慌てふためいているというか、青ざめているように見えた。


 もしかすると、この人は正気なのではないか。俺の頭に閃きが走った。俺は最悪の事態に備え、再度時間停止をする準備をしながら、その人だけを動かした。


「ああ、どうして、どうしてこんなことに…?」


 その人は時が動き出した瞬間そう口にした。ビンゴ。この人は正気だ。


「ちょっと、ちょっと、落ち着いて。」


「ん?」


 その人がこちらを見た。そして驚きの表情を浮かべた。


「ひゃあ!?ま、魔王…陛下!?なんでこんなところに!?」


「それは追々。最初に聞きたいのですが、貴方は正気ですか?」


 普通だったら失礼にあたる質問だろうが、その時の俺にはこれくらいしか言葉が浮かばなかったし、向こうも意図を理解したらしく、何も言い返す事無く頷いた。


「え、ええ。もしかして、この状況をどこかで聞きました?」


「状況は初めて見ました。ですが、この国の兵士達がこちらに向かっているという話を聞きまして。」


「おお神よ!!もしかするとどうにかなるやもしれませぬ!!」


 彼は手を合わせて天を仰ぎ、それから言った。


「そうなのです!!兵士達、いや王がまずおかしくなり、「魔界は悪、魔界は滅ぼす」と言い出して。ああもう聞き飽きましたよこのフレーズぅ!!」


「みんなが口にしだしたと?」


「そうなのです!!私以外の全員、目が虚ろになり、突然それしか言わなくなったのです!!私が何か言っても何の反応もしないのですよ!!もう何がなんだか!!それが三日前の事です。三日ですよ三日!!三日間もこんな言葉ばかり聞かされてもうウンザリですし、何よりこのままだと大戦争ですよ!!犠牲も出ますよ!!どうにかしないとならないのですが、何がなんだか分からなくて、もうどうすればいいやら…。お願いです!!助けてください!!」


 彼は俺に縋り付いて泣き出した。何とかしたいのは山々だった。だが何が起きたか分からない。そして俺はその言葉を聞いて彼と同様に青ざめていた。三日前。始まりが三日前。あの噂が流れた時。


 それはある事を意味していた。時間の巻き戻しではどうにもならないという事だ。


 世界全体の時間巻き戻しはどう頑張っても一日、あるいは俺の体を生贄に捧げれば辛うじて二日が限度と言ったところだろう?俺が今そうティアに尋ねると、彼女は頷いた。そう。俺もその時悟った。この事態を完全に"無かった事"には出来ない。タイムルーラーでは解決出来ないのだ。


 ではどうする?原因を突き止めるしか無い。


 そこで気になったのが、この正気を保っている彼が何故正気を保てているかという点だ。何か思い当たる節がないかと尋ねたが、何も分からないという。


「最初は確か、その手紙を読んだ王がおかしくなり、そして大臣、そして兵士、そして…という感じでどんどん広がっていって。」


「手紙?」


「王が持っているアレです。ずーっと持ってるんです。寝もせずに。」


「これに何か秘密が…?」


 俺が手紙をマジマジと見つめていると、彼が叫んだ。


「ん!?」


「どうしました?」


「なんで気付かなかったんだろう。気が動転してたのかな…。」


「ちょっと。教えて下さいよ。」


「ああ失礼。なんかこう…魔力が薄らと感じられるんですよ…。その国印から。」


「魔力?」


 手紙に魔法でも掛かっているのだろうか。というかなんでこの人は魔力を感じ取れるんだ?


「ええ。私王宮魔導師やっておりまして。魔物対策で採用されたんです。」


「魔導師…?」


「あれ、ご存知ないです?自然界にも魔法が使える人はいるんです。凄く限られてますし、先天的な要素が大きいですけれど。それに…その、この国以外だと、あんまり良い目で見られないとは聞くので、公言する人は少ないですけどね。」


 その人に少し詳しく聞いてみた。彼によると、自然界でも稀に魔力を持って生まれる者がいるらしい。ただその魔力は非常に微量なので、ジュゼのように肌の色が変わったり、そういう事はないらしいが。その後は努力次第では魔法をある程度使えるようにする事も出来るらしい。彼は元々イージス王国の生まれで、イージス王国は魔界とも交流があったので、魔界で勉強を重ねて魔導師になったのだとか。


 それを聞いて一つ思い当たる事があった。


「…この城で魔法を使えるのは?」


「私一人です。…あ。」


 この回答で一つの仮説が成り立った。


 この手紙に掛けられた魔法は、魔力が無い人間に効く。


 だがこの仮説が正しいとすると、恐ろしい可能性に行き着く。ーーー自然界にいる人間は、魔力を持たない人間が殆どだ。もし、その全員にこの魔法が掛かるとしたら、どれだけの数になるのか。更に厄介と思われるのは、拡大力である。少なくとも城下街全体は魔法に掛かっているように見えるし、彼に聞くと、国内のどの街もこんな調子らしい。という事は、すでに自然界全体にこれが広がっているのではないか。とすれば、魔界に向かっているという勢力の数は如何程になるのか。


「「…どうしよう。」」


 彼も同じ考えに至ったのか、俺と彼の言葉が被った。

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