第三十五話 宇宙に来た魔王
セラエノを迎えてから、俺はとりあえず出来る限りの事をした。書類整理、移動手段の現地視察の派遣、その他諸々。身が入っていたかと聞かれると怪しい。何せ魔界からは見えないが、空の上にはデカイ岩があって、こちらに向かってきているのだ。気が気ではない。
トンスケによると自然界では、吉兆の証などと言われお祭り騒ぎの国もあれば、凶事の前触れとして家に引き籠る国もあり、そんなもの知らないという国もいるらしい。そんなわけで全く足並みは揃わず、国際会議とやらも延期になったのだとか。結果的に戦争には至らなかったのでそこまで慌てなくても良いというのが、イージス王国以外の見解のようだ。その見解はさておき、延期になったのは僥倖とも言えた。万一彼らに何かあって、億が一こちらに侵攻するみたいな話になったら、俺の体がいくつあっても足りなくなる。とりあえずは魔界の内政と例の隕石に集中出来るのは良かった。なお、トンスケには、隕石を破壊するという話は伏せるように言っておいた。変に「魔王のせいで吉兆の証が壊された」なんて広まっても困るからだ。例え友好的なイージス王国にも情報は渡さない。この件で支持率を稼ぐつもりもない。隕石破壊計画についてはあくまでこの魔王城の一部に限っておく事にした。危ないのはアリチャードくらいだが、とりあえず協力的なので、大丈夫だと願いたい。
さて。実時間で翌日、魔法研究室的には数週間後、セラエノ達が俺達を呼び出した。
「出来たわよ。これを魔法ビアブルと名付けるわ。これで基本的には如何なる場所でも生存可能よ。」
それをセラエノはジュゼに教える。彼女は頷き、使い方を理解したようだ。
「一応応用が効くように、ティアにもう少し頑張ってもらって、気圧だけでなく水圧にも対応出来るようにしてる。これでアータの周り数メートルはこの魔界の環境と同一になるわ。例え海の底だろうと、生存可能なフィールドが形成されるって寸法。しかも一定時間は術者の魔力、それ以上は掛けられた側の魔力を使うから、最低限の時間は生存出来るし、それ以降はアータの魔力次第で何時間でも生存可能という優れものよぉ。」
様は「どこでも魔界と同じ環境に出来る」というわけか。おまけにこの肉体の持ち主のアホみたいな魔力量のおかげで、相応に生きていけるようだ。
「勿論、とてつもない重力が掛かるような場所は無理だよ。あくまで一定の条件下のみ。ただ、その一定の条件に、宇宙が入るようには調整しているよ。」
「一応私がテストで隕石の上に転移し、ちゃんと移動も呼吸も生還も出来たので、そこは安心してくれ。」
ティアとスカイルが補足してくれた。だがその話を聞いて一つ思った事があり、俺は思わず口にしてしまった。
「そのまま壊してくれれば良かったのに。」
スカイルが行ったならそれでドカンで済むじゃないか。と思ったが、彼は首を横に振った。
「私はそんな魔力は無い。空間を捻じ曲げ転移する事は出来るが、その応用までは理論段階で実現には至っておらんのだ。そのディメンジョンコンキュラーバロットレットなら出来るかもしれんが。それに何より、私の魔力では長時間の維持が難しい。転移魔法の分も含めると数分いられて良い方だ。そこは貴公のアホみたいに備わってる魔力で何とかして欲しい。」
では仕方ない。折角の転生先の肉体なので活用することにしよう。
「ただ、着いたらまずは隕石の調査をお願いするよ。未知の物質かもしれない。少し探った方がいい。」
ティアが言った。それには同感である。まぁ万が一、恐らくあり得ないが、例えばあれが何かしらの生物だったり、変な機械だったりしたら、ただ壊すのも対応としては雑だろう。念のため確認は必要だ。
「分かった。じゃあ早速行ってくる。」
そう言って、[空間!!]とディメンジョンコンキュラーバロットレットを起動すると、サリアが一歩前に出て言った。
「アタシも行く。力業ならアタシの出番だし。それに、勇者よアタシ。世界を救う!!まさにアタシの仕事よ!!」
彼女は胸を張った。ワンピースで抑えられた胸部が揺れた。目の毒だ。
「いやー、んー、でも、お前魔力あんの?」
「彼女のブレイブエクスカリバーは魔力の塊だから、まぁそこから供給されるだろうから大丈夫だとは思うけれど、無理はしない方がいいんじゃないかなぁ。」
ティアが心配そうに言ったが、サリアはやる気満々だった。
「いや!!これは行かざるを得ないわ!!だって空よ?空の向こうよ!!行けるなら行きたいに決まってるじゃないの!!」
これは…説得は無理か。ジュゼと俺は顔を見合わせて溜息を吐いた。
「仕方ない。すまんがジュゼ、こいつにもかけてやってくれ。」
「かしこまりました。」
「頼むから、いきなり隕石壊すのはやめてくれよ。」
こいつならやれそうだから困る。
「勿論。流石にさっきの会話は聞いてたから、そこは大丈夫よ。」
サリアは[勇気!!]とホープフルブレイブバロットレットを起動しながら言った。本当かなぁと怪しむが、まぁここで信じないのも失礼だろう。分かったと告げて俺はジュゼ達に向き直った。
「じゃあジュゼ、トンスケ、留守の間はすまんが頼む。」
「今回ばかりは仕方ありませんね。わかりました。」
「任されましたぞ。魔王様は、魔界を、この世界をお願いしますぞ!!」
トンスケが力を込めて言う。勿論。最善を尽くすつもりだ。そしてジュゼがビアブルの魔法をかけてから言った。
「サリア様、それに魔王様。お気をつけて。」
「ああ。行ってくる。」
彼女の手には力が篭り、目には微かに水滴が輝いていたような気がした。…大丈夫だ。安心してくれ。きっとちゃんと帰ってくるさ。そして空間転移を起動させようとした時、セラエノが呼び止めた。
「あー、アータ、ちょい待ち。これ。持っていきよ。」
彼女は二対の翼を前にかざし、そこに魔力を込め始めた。すると彼女の体から光が迸り、バロットレットが生じた。だがその風態は今までもらったそれとは少し異なっていた。折りたたむ方向や折りたたんだ時の形が違う。多分今のヘルマスターワンドには挿せないだろう。
「アタシ達ハルピーはアータを魔王として認める。これはその証みたいなもん。とはいえ、今のアータじゃ使えないだろうし、使えても十分じゃないと思うけど。お守りとしてもっときよ。」
お守りか。まぁ確かに、使えなかったとしても、それは確かに心強いかもしれない。
「ありがとう。そうさせてもらう。」
そう言って俺は、ヘルマスターワンドの[転移]をタップした。
[空・間・転・移]
無機質な機械音声とともに、俺とサリアの体は光に包まれた。
そして気がつくと、宇宙に居た。
真っ暗な空間に輝く星々。そして元の世界の地球の如く輝く星。あそこから俺達はここまで来たのだ。…宇宙飛行士のように、艱難辛苦を乗り越えたわけではないが、この光景は感動的なものであった。
「わぁ、青い…。」
「ええ…綺麗…。」
サリアも同感だったようだ。
「アタシ、あんな事があって、本当はどうすればいいのか分からなかった。でも、ここから見ると、アタシの悩みなんて凄くちっぽけなんだって、そう思えるわ。…魔界に来て良かった。」
宇宙へ行った人物は押し並べて同様の事を言う。だがその気持ちもよくわかる。ここから見た星は本当に綺麗で、そして大地は小さく、人の姿など全く見えなかった。いかに世界は広く、いかに人が小さい存在であるかがよく分かる。
それはそれとして、俺達の本題は宇宙に来る事ではない。辺りを見回し、目的の隕石を見つけると、俺達はそちらへ移動を開始した。
そして隕石に辿り着いた。すぐにでも砕きたいところではあるが、まずは言われた通り調査からだ。俺達は目を合わせ、互いに頷くと、それぞれ隕石の周りを回り始め、何か変わったところがないかを探り始めた。すると早々に一カ所見つけた。星に向かって落ちていく側の岩が崩れて、中に何かがあるのが見えた。
「これは…隕石じゃない。」
金属だ。異質な金属、元の世界にも、こちらの星にも無い金属らしきものが、岩の中に埋まっていた。
その金属が急にドアのように開くと、宇宙服を来た生物が突然出てきて、俺と目を合わせて驚いた様子を見せた。
「why?ひと!?ナゼひとがココ二?」
宇宙服を通して、妙なイントネーションの言葉でそれは言った。
「い、い、いや、その、この隕石を、その、壊しに来たんだが、これ、もしかして、宇宙船か何か?」
俺はこの宇宙人らしき存在に何と言えばいいのか迷いながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「yEs!!こレはrOckEtです!!ソシテhElp!!ヤツラが追いつきます!!」
「奴ら?何の話?」
するとサリアが呼んできた。
「エレグ!!あれ!!」
サリアは星が見えない隕石の裏側を指して言った。
「なんだアレ…?」
「隕石の影で見えてなかったのよ!!きっと!!」
そこには何か巨大なものがあった。隕石ほどではない。だが巨大で、隕石の金属よりも異質で、何より生物のような…。
「化け物…。」
三つ目の、大きな翼を持つ、巨大な生物が居た。
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