第九話 へそくり・やりくり・くにづくり

 国庫に着くとそこはやはり空であった。そこそこ広い金庫に金が一切入っていないというこの光景は中々見られるものではない。見たくもない。その中に二人きりで入ると、ジュゼが話を切り出した。


「これはあまり、やりたくなかったのですが、この状況では致し方ありません。」


 そう言うとジュゼはパチンと指を鳴らした。瞬間、空だった国庫の奥が開いた。そこには大量の魔界の札束が置かれていた。


「これ…は…?」


「私のようなケチくさい人間が、幾ら魔王様の命令とは言え、全て費やすという事を許すとお思いですか?ちゃんと全部は使わせないようにこうやって隠しておいたのです。大体百億マール(1マール≒1ドル)はあります。」


「おお…!!これで何とか国の運営に回せる資金が出来る…!!流石ジュゼ!!助かった!!」


 トンスケ達の稼げる金はたかが知れている。どうしても大掛かりな事業を計画する上では、まとまった金が必要になる。これはまさしくそれに使える金額であった。これで住居の改善や道路整備など、公共事業に着手出来るというものだ。無論、バレないようにまずは計画する段階ではあるが。


「しかし、今の指パッチンだけで開くんなら、魔王にバレてもおかしくないんじゃないか?」


「心配ご無用。今のは私の魔法ですから。指パッチンが条件となって発動する魔法です。これでなければあの壁は開きません。」


「へぇー。…ん?」


 ジュゼの指パッチンでしか開かない扉、財政難の話は前から出ていたという事情、そしてジュゼは今まで黙っていたという事実から考えてみよう。…こいつ、この金をどう使うつもりだったんだ?俺が冷ややかな目で見つめると、ジュゼはオホンと咳をして言った。


「そこはまぁ、その、どうにもならない困った状況に置かれた場合、というのに備えたわけですよ。」


 限りなく怪しいが、あまり疑いすぎるのも彼女の気分を害する。ここはそういう事にしておこう。


「わかった。信じるよ。…だから今持ってる札束は戻せ、な。」


 俺が考えている隙に、彼女は先ほどシュミードに渡した札束の倍はあろう厚みの束を手にしていた。


「…ちっ。」


 彼女は舌打ちをしながら、その札束を国庫に戻した。何がちっ、だ。バレないと思ってんのか。全く。



 再び玉座の間に戻ると、トンスケが指示出しを終えて帰ってきていた。


「ご指示通り、演技を指示しておきましたぞ。それと、信頼出来そうな何人かには、特に辺境に行った時に、例の組織の情報を探るようにも指示しておきました。余計でしたかな。」


「全然。むしろありがたい、助かるよ。」


 今こちらが持っている情報は少ない。特に組織の全体像や首謀者については、あのタブレットを調べたが詳しい事は分からなかった。情報は出来る限り集め、そこから取捨選択していく、というのが良いやり方だろうと思っている。今は取捨選択する事すら出来ない。


「しかし、やり辛いですな。悪政を敷くのが敵の思惑だった、というのは。」


 全くである。支持率を上げる工夫をすれば敵にバレかねない。かといって何もしないと支持率は上がらない。何度も言っているが俺としてもうんざりである。もう少しの辛抱か。まとまった金が手に入った事を伝えると、トンスケは喜んだ。


「素晴らしい!!これで色々出来ますな!!…何が出来ますかな。」


「まずは都市計画だろう。辺境までの道とか舗装されてるのか?」


 ジュゼは黙って窓を指さした。自分で見ろという事か。癪だが仕方ない。自分で見てみた。


 窓の外、城下町の先。城下町を囲う壁の向こうには、魔界の木々が生い茂り、舗装された道はなかった。踏みならされた土が道らしき形に整えられているが、それだけだ。木々の向こうに街が見えるが、そこの周りも同様であった。魔法があるのだからと空を見てみたが、空は巨大な翼竜やら何やらが飛び交い、魔人や獣人が飛んでいるのは殆ど見かけない。


「まぁ、交通は劣悪ですね。地面はほら、魔物とかが居るので整備が進まなかったり、整備しても壊されたりでどうにもならないのです。空は危険です。あまり速度を出すと他の人とぶつかるので、飛行には免許が必要ですし。」


「『魔界で一番儲かるのは転移魔法屋だ』なんて言う人もいますな。安全ですし、転移魔法を使えるものは限られますから。」


 トンスケの言葉に、転移魔法が使えるジュゼが豊かな胸を更に張ってふふんと言わんばかりにしている。こいつは本当にいい性格してやがる。全く。


「車とかの移動手段はあるのか?」


「ないですね。魔王様の世界と比較すると、平均的な技術的レベルは魔法がある分こちらの方が上なのですが、その手の技術はあまり発展していません。」


 元の世界についての知識を持っているジュゼが答えた。


「魔界はとにかく生きるのが最優先でした。生き残る上で重要となる武器・防具や、魔法を使いこなすための知識・技術は発展の一途を辿りました。ですが一方で、それ以外の分野が取り残されている状態です。交通手段はその際たる物です。これは足を速くする魔法を使えばいい・空を飛ぶ魔法を使えばいい・転移魔法を使えばいいなどの理由から、優先度が低く捉えられています。」


「それだと大量の人員の輸送なんかは大変じゃないか?」


「どの方法も取れない、という場合が殆ど無いので、そこまで苦労はしないですね。」

 ふーむ。だが苦労はしているのか。苦労を楽にする、それが技術の使い所であり、支持率を上げるポイントでもある。


「なら、その手段を提供すれば、評判上がるかもな。」


「そちらの世界で言うジドウシャ、とやらですか?」


「ああ。」


「ジドウシャ…?」


 元の世界を知らないトンスケが首を傾げた。


「こっちの世界にも馬車はあるだろ?」


「ええ、ございますな。」


「あれの馬が無いやつ、みたいなもんだ。自動で動く車。」


「ほう。それは便利そうな。」


「しかし事故が多数起こっているようでしたが。かく言う魔王様自身、事故で死ぬところだったではないですか。」


 ジュゼが思い出したく無い事を言ってきた。正確には死んだわけだが。元の魔王の精神と、俺の元の肉体が。


「まぁな。事故は怖いが、多人数が移動出来る手段としては便利だ。そこら辺はリスクとして仕方ない部分もある。…事故を減らすのと、多数の輸送に使えるのは電車か。」


「電車…、電気で動く車、ですか。知る限り、レールの上しか動けないようですが。」


「その代わり安定した輸送手段として使える。人や物を多数運べるしな。この世界なら魔法で動力を補えるから、線路さえ敷けば使えそうじゃないか?」


「確かに。ただ動力についてはこの世界にはございませんので、新たに研究・開発する必要がございますね。」


「城内にその手の研究者はいるか?」


「生憎、方々に散ってしまいました。中には物理的に。」


 恐ろしい事を言ってくれる。前任の仕業だろう。全く余計な事ばかりしてくれる。


「仕方ない、金で呼び戻してくれ。ここ数日間は目立った動きが出来ない分、技術研究と都市計画を進める事にする。住宅を立て始めるのはその後だな。」


「分かりました。では研究者を見繕って参ります。」


「変な思想に染まってない奴で頼むぞ。」


 俺が言ったのは、要は例の敵の「魔界には混沌を」みたいな思想に染まっていない奴、という意味である。


「わかっております。見つけ次第お連れしますので、一応直接確認をお願い致します。」


「あいよ。」


 そう言うと会釈してジュゼは部屋から出て行った。この辺は彼女が一番適任だろう。



「むー、我輩はその辺の知識にはとんと無頓着でしたので全然ついていけませんぞ…。我輩も何か役に立ちたいのですが…。」


 トンスケが肩を落とす。物理的にではない。


「トンスケには軍の采配とかその辺をお願いするから。そこはお前じゃないと出来ないからな。適材適所ってやつだ。当面はジュゼと都市計画の構築になると思うから、悪いがトンスケは諜報の方を頼む。例の組織の情報収集とかな。」


「おお、その辺りは我輩得意分野ですぞ!!承知しました。お任せあれ。」


 そう言ってトンスケも部屋を出て行った。やる事が出来て足取りが軽く見える。いや骨だから元々軽そうなんだが。



 誰も居なくなった玉座の間で、俺は一息吐いた。漸く先が見えてきた。最初は俺なんかが魔王なんて出来るのかと不安で倒れそうだったが、どうにかこうにか、やっていけそうだ。


 だが本題はここからだ。敵にバレないように、三ヶ月という期間内で、一定の支持を得ないといけない。プランBのおかげである意味支持率に対する敷居は下がった。"誰も魔王に選ばれない"のが敵の目的である以上、俺の対抗馬はいないか、敢えて無投票を訴えてくるだろう。それを無視して俺に票を投じてくれる、そんな人々を増やさなければならない。


 そのためには、敵にバレない程度の実績を積み重ねていくしかない。地味な仕事になるが仕方あるまい。幸い、ジュゼとトンスケは信頼出来そうだ。信頼に足る仲間が居るというのは何より心強いものだ。


 俺はもう一度城の窓から外を見た。目を凝らせば、辺境の更に先、未開拓領域まで一望出来た。いつかあそこまで足を踏み入れてみたい。折角こんな世界に来たのだ。少しは冒険もしてみたいという欲求が湧く程には、この世界にも徐々に慣れてきたような気がする。


 だがまずは眼下の街だ。今もまだ人々はボロボロで歩いていた。彼ら彼女らに普通の生活をさせてあげるためにも、出来る事から手をつけねばならない。俺はぐっと固く拳を握りしめた。


「やるぞ。」


 そう一人呟いた。

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