第八話 武器を作ろう!

 魔王城には色んな施設がある。武器庫、食糧庫(空)、宝物庫(空)、食堂。そして鍛冶屋。


 あの悪夢のようなタブレットを見つけた翌日、俺達はそこに居る信頼出来るであろう一人と対面していた。他の職人達には席を外してもらった。余り多くの人間に事情を話すわけにはいかないからだ。


「魔王様が…別人…かあ。いや、まあそんな気はしてましたぜ。"あの"魔王様だったら、うちの里を救ってくれたりはしなかっただろうからな。」


 身の上を一通り話すと、その信頼出来る狼族の鍛冶屋、シュミード・ウルヴェンが言った。彼は先日救った狼族の里の出身で、俺に対し小競り合いが起きていると知らせてくれた張本人である。俺はそれを聞いてすぐに止めに行ったのだが、その時彼は目をキョトンとして驚愕していた。その時の姿といい、今回のこの物言いといい、本当に前任は信頼されていなかったんだろうと思う。


「時期が来たら皆に話すかもしれないが、今は極秘で頼むぞ。」


「勿論でさぁ。で、本題は何です?わざわざ秘密をバラしに鍛冶屋に来たわけじゃあないでしょう?」


「ええ。その件については私から。」


 ジュゼが割り込んで説明を始めた。妙な陰謀で魔界の秩序が破壊される可能性がある件、それを阻止する必要がある件、今の精神の熟練状況では魔法が十分に使えない件、そのために武器を作って欲しい件。


「なるほど武器か。確かに魔法が使えないと危ないしな。それに"あの"魔王様の体なら、魔力も腐る程あるだろうから、活用しない手はねぇわな。」


 "あの"の部分には相当の憎悪が込められていた。余程ロクでなしだったのだろう。


「ええ。お願い出来ますか?」


「勿論!!」


 彼の返事は極めて威勢に溢れていた。



「さて、まずは設計だな。」


 彼は図面を引き始めた。基本的には俺が持っている杖の形状をベースにする事になった。杖の上部の宝玉の代わりに、円状のタッチパネルを付ける構造になっている。その円状の部分を指差してシュミードは言った。


「このベース回路に幾つかの魔法を登録しておく。それをタッチすれば魔王様の魔力を利用して杖から魔法が発動される。そんな仕組みだ。」


「ちなみにさ、詠唱とかは要らないの?」


 俺が尋ねると彼は答えた。


「…ああ、本当に中身は魔王様じゃねぇんだな。」


 何だその「えー?知らないのー?」みたいな反応。


「今時はそういうのを引っくるめて登録しておくから大丈夫だ。覚えなくても使えるぜ。」


「補足しますと、昔は詠唱して魔法を発動していたのですが、当然と言えば当然ですが面倒なので省略する方法が試行錯誤されました。巻物なら何やらにまとめたり、呪文名に詠唱行為を混ぜ込んだりですね。やがてプログラミングという手法が採られるようになり、現在に至ります。」


 詠唱ってやっぱり面倒なんだな。俺からすると長々と喋るのは恥ずかしいので、無いのは大変ありがたい。…前にそんな特撮あった気がするが、一旦置いておく。


「ま、そういうわけで、一応主要な属性の攻撃魔法を登録しておくことにするぜ。」


「頼む。」


「任して下さいよ。とは言え、その肉体の全ての魔力を活用する程の魔法は、事前に仕込むのは難しい。潜在能力が大きすぎて、回路がパンクしちまう。」


「多すぎる魔力にも困ったもんだな…。」


「ああ。後は魔王様自身が使いこなすしかない。」


「どういうことだ?」


「武器ってのは、使いこなしていくことで段々馴染んでくるのは勿論だが、魔界の武器はもっと特殊で、使いこなす事で武器自身が進化していくんだ。」


「…武器が意思でも持ってるのか?」


「素材が魔界の樹木だからな、元の樹々の意思がほんのりと宿ってる。ベース回路もそうだ。それを武器の意思として統一させるのが鍛冶屋の仕事と言っても過言じゃねぇ。そうして出来た武器は、使用者の意思に反応する。魔王様がこの基本となる武器をちゃんと使いこなしていけば、きっと武器自身が魔王様に合わせて進化してくれるはずだ。全ての魔力を完全に振るえるような武器にな。」


 魔界に来て初めてファンタジー的な要素を聞いた気がする。俺は思わずときめいてしまった。


「武器が…応えてくれる…ってか。」


「ま、そのような時間はございません。まずは基本の魔法だけちゃんと使えるようになれば結構です。魔力が有り余っているその肉体でしたら、基本の魔法でも十分な威力になりますでしょう。」


 ジュゼが割り込んできた。


「夢くらい持たせろよお。」


「夢より現実を見るべきですぞ。」


 トンスケまでが冷たいことを言う。ちくしょう、みんなで寄ってたかって何たる仕打ちだ。


「ま、基本はガンガン使えるようにってのは安心してくれや。それから先は魔王様の仕事ってことで、期待してるぜ。」


 期待。ここに来てからその単語を聞く度複雑な気持ちになる。重く伸し掛かるような感触を覚えたり、軽く軽く感じたり。良い方向に捉える事にしよう。


「応えられるように努力しよう。じゃあ作成の方、頼むぞ。」


「おう。ただなぁ、材料が無くてな。恩人の魔王様にはタダで…と言いたいところなんだが、生憎前の魔王の野郎が給料ろくすっぽ払ってくれてなくてな。俺も金がねぇんだ。わりぃがその分の費用は出してくれるか?」


「ああ。ジュゼ、頼む。」


「分かりました。」


 そういいながらジュゼは札束の入った財布を取り出し、そこから札束を抜き取ろうとして、手が固まった。


「…おい。」


「…うぐっ、うぐっ、私の、私のお金…。」


 ジュゼの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。氷の魔力でキラキラと輝いている。やってる場合か。俺は説得にかかった。


「なぁジュゼ、うちの金は例の妙な組織に流れていたんだろ?」


「…ええ…。」


「例の組織の野望を阻止すれば、流れていた金を取り戻せるかもしれないだろ?」


「…ええ。」


 彼女の顔から涙が消えた。


「取り戻した金はどこに入る?国庫だな。国庫を管理するのは「幾らあれば足りますか?」


 国庫の責任者は財布から札束を出して言った。


「…守銭奴とは聞いてたからいいけどさ。その束あれば足りるよ。足りなかったら返すから。」


「絶対ですよ。でないと殺しますからね。」


 彼女の顔は真顔であった。シュミードは手を振りながら言った。


「マジな顔で言うなあ。わかったわかった。大丈夫だから。」


 そうして彼に金を渡して、俺達は鍛冶屋を出た。出来上がるのは数日後との事である。楽しみだ。



「さて、次はどうすべきか。」


 玉座の間に戻り俺が思考していると、トンスケが尋ねてきた。


「例の派兵の件はどうしますかな?」


「あー、そうだなー。…そうだなあ。」


 下手に兵を動かすと、なんで動かしたのかと怪しまれる気もする。だが一方で、これ以上の治安低下は俺としては見過ごせなかった。思考の末、俺は指示を出した。


「俺の指示じゃなくて、軍が勝手に動いたという事にして派遣しよう。」


「それでは支持率が上がらないのでは?」


 ジュゼの問いに俺は答えた。


「支持率を上げるのが主目的じゃないからいいさ。まずは治安向上が第一だ。という事でトンスケ、頼む。」


「承知しましたぞ。」


 トンスケが出ていくと、ジュゼは神妙な面持ちで考え込んだ。


「良かったんでしょうか。魔王様の統治が届いていないという事で、逆に支持率の低下に繋がるやもしれません。」


「…ま、それでもいいさ。さっきも言ったが、重要なのは治安向上だから。少なくとも武器が出来るまでは正体をバラすわけにはいかないしな。」


 今バラしても、評価の低い魔王が変わったという事で大ごとにはならないかもしれない。でもなるかもしれない。なった時にどうなるか。魔王への反逆や、その他諸々が発生する可能性がある。この肉体が元々持ち合わせている膨大な魔力という抑止力が、少しでも有効になった上でなければ賭けには出られない。


「…そうですか。まあ、魔王様がそれでいいなら、いいんですが。」


 ジュゼは微妙に納得していないように見えた。なんだろうか。心配してくれているのだろうか。嬉しいが、それを言うと怒られそうなので、一旦触れないでおくとしよう。


「そういや気になってたんだけどさ。」


「はい。」


「元魔王って魔物扱いなんだよな?今の俺ってどういう立ち位置なわけ?」


「祝福魔法が解かれて魔物扱いですね。」


 マジか。俺は口を開けて驚愕した。それじゃ魔王に再選もクソもないじゃないか。


「…というのは冗談です。ご安心下さい。魔法が掛けられているのは精神側です。でないと精神入れ替えでアレコレ出来てしまいますから。」


「良かった…。」


 俺は胸を撫で下ろした。これで魔物でしたとかだったら困ってしまう。



 さて、憂いが無くなったところで、次はどうすべきか。衣・食・住の内、衣・食は治安回復と魔物討伐の副産物で何とかするとして、そうなると住である。


「魔界住人って家とか足りてるのか?」


「足りてないところもあります。ほら、竜族の村とか。」


「ああ…。」


 先日の諍いの発端がそれだったのを思い出した。


「しかし住居を作るのも金が掛かるよなあ。」


 俺は頭を抱えた。ここに来てからずっと頭を抱えっぱなしである。


「仕方ありません…。国庫に行きましょう。少しお話しがあります。」


 空のはずの国庫に何があるというのか。訝しみながらも俺は後に付いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る