第七話 プランBってなんだ?
俺たちは届いたメールに対し「助かった」とだけ返信した後、タブレットを持って魔王室の片隅へ移動し、並んで座った。別に片隅にいる必要はないのだが、何となく誰にも見られないような位置で見ておきたかった。それは三人とも同意見だった。全員が言葉を交わすことなく黙って同じように行動していた。
書類は所謂「プランB」に関する内容を詳細に書き記してくれていた。そもそも彼らの目的とは何か、という点についても明確に示してくれていた。
彼らの目的は「魔界制御魔法の破壊」。以前説明した通り、魔界の住人には魔物かそうでないかを識別する祝福魔法が付与されている。これを行っているのが、未開拓領域も含めた魔界全土をカバーする『魔界制御魔法』である。選挙制度もこれが全て賄っている。二代目の魔王が確立したとか何とかという話である。初代は太陽、二代目は広大な敷地の制御、魔王というのはスケールが違うのだなあとしみじみ思う。
それはさておき問題は何か、この魔法を破壊されたらどうなるのか。ジュゼ曰く「魔王・魔物という概念がなくなり、秩序無き魔界となる」という話である。魔王というのはこの魔界制御魔法で実施される選挙で決定される。それが行われなくなり、魔王という存在が無くなる。いや、無くならないかもしれない。力によって統治する者は出てくるかもしれないが、元々の定義としての魔王の否定、民主主義の否定となる。更に魔物と魔人・魔獣の区別が無くなる。これはどういう事か。従来は戒め・罪人のレッテルとして「魔物」が存在していた。自分が罪を犯せば、自分が"自由に殺して良い存在"となる、というある種の恐怖が、罪を犯す事を防いでいた。それが無くなれば、元来魔力により力を得た者達の集まりである魔界は、力を振るう者で溢れる危険性がある、という訳である。
そんな事をして何になるのか。俺はそう思ったが、メールの最後の一文を思い出した。『混沌こそこの世界に相応しい』、それは魔界の有り様を示していたのではないか。魔界には混沌をもたらすべきだ、そう考えた奴らが組織だってこれを企んでいる、そういう事なのではないだろうか。
さて、本題に入ろう。本題、それは「プランB」の内容である。
プランAは以前見た資料から、恐らく、魔王となったこの体の持ち主エレグが直接破壊するという強行策。それに対しプランBは、どうも数の暴力というか、革命じみた迂遠な作戦のようであった。
この三年間、この体の持ち主はまともな統治をしなかった。それは「魔王という存在が不要である」と人々に思わせる事が目的であったようだ。「魔王という不安定な存在よりも、魔界の住民全員による統治の方が優れているのではないか」と人々に思わせる。そして選挙へ突入する。
魔界の選挙では、選挙で誰も選ばれなかった場合、魔界の選挙システムそのものに問題があると判断し、魔界住人による魔界制御魔法の変更是非を問う選挙が行われる。よほどの事がない限りこれは起きない。選挙で誰も選ばれないという事態が、選挙に誰も行かない場合にしか起こらないからである(例え投票数が少なくとも、千人以上投票していれば成立するらしい)。だが、無能な魔王以外が立候補しなかったらどうなるか。そして、誰も投票しなければこんなシステム改変出来る、というのが周知されていたら。もしかするとそんな事も起こり得るかもしれない。
そしてシステムの変更是非を問う選挙が行われる期間、その時だけ改変準備のために、魔王城最深部にある魔界の制御魔法を発動しているオーブの防壁が解かれる。それを破壊し、システムそのものを成り立たなくし、魔界に混沌を齎す。それがプランBであった。
一見するとかなり無理がある気がする。だが支持率ゼロの魔王という存在を考えれば、実現も不可能ではないよう思えた。既に人々の間には魔王なんていなくてもいいのではないか、という話も聞こえてくる。対抗馬が誰も立候補しない、あるいは対抗馬が誰にも投票しないように呼びかけたら、実現してしまうかもしれない。
魔界制御魔法の崩壊は、即ち弱者を踏み躙る社会への移行を意味する。"ルールが破られている"のと、"ルールそのものが存在しない"はまた別のものであり、後者はただの何でもアリである。そうなったら、この間の親子や、狼族の集落はどうなる。あのまま見殺しにするのが正しい世界となってしまう。
「許せるかそんなもん!!」
俺は思わず立ち上がって叫んだ。シー、と人差し指を口の前に持っていって黙れのジェスチャーを二人が取った。城の他の人間に何事かとバレては困る。誰がこのプランに関わっているかまでは分からなかったからだ。そそくさと俺は座り込んで元の体勢に戻った。
だが腹の中は沸くり返ったままであった。
ただでさえ荒れ果てた魔界がこれ以上酷くなる。そんな事を許せるだろうか。否である。俺は余所者である。魔王になって日も浅い。そもそも魔王になったのも半ば事故のようなものである。だが、それでも今は魔王なのだ。成りたくて成ったわけではないが、成ってしまったからにはやり遂げようという意思があった。今のままの魔界を見過ごすわけにはいかないし、このような野望なぞ論外である。絶対に阻止せねばなるまい。
「この作戦はほぼ全てが魔界住人に依存しています。止めるにしても、魔界住人に訴えかけなければ阻止する事は難しいと思われます。ですが魔王様の支持率はゼロ。何か言ったとして聞いてくれるとは…その…。」
ここで支持率ゼロが効いてくるとは。そもそも住人からすれば、聞こえだけで言えばこの三年間と変わらないようなものだし、あくまで"変更の是非を問う"選挙に持ち込むだけだ。デメリットはないといっていい。実際には敵が狙っているのはシステムの破壊なので、デメリットは勿論存在する。だがそれが狙いだとは、投票する住人達には知らされないだろう。
「まずはその、なんだっけ?オーブを破壊されなければ何とかなるっちゃなるんだろ?」
「まあ、はい。ただ読んでいくと、次善策として、選挙にてシステムの破壊を提案する事も示されています。」
「システムの変更って名目で、そもそもそれを無くすなんて提案が出来るのか?」
「制御魔法の仕様を確認せねばなりませんが、こうしてプランの一つとして考えられているとすれば、或いは可能なのではないかと。」
厄介な話だ。どの道、人々の支持を、例え一人でもいいから勝ち得なくてはいけないというわけか。
「加えて、投票所で起きるであろう妨害工作も止めなければなりませんな。」
魔界の選挙は魔界全土の数千ヶ所で行われる。投票所内での妨害行為は違法と見做されるが、投票所外では黙認される。誰も投票できないように、投票所入り口で足止めでもすれば、それだけでプランBは達成されてしまう。加えて、投票所を管理している地方の役人どもを買収してしまえば完璧だ。それだけの金と食糧は恐らく向こうに回っているだろう。何せ国庫を粗方奪っていったのだから。
「更に言えば、万一に備えた別プランの存在も考えられます。我々が得られているのは、あくまでプランBの内容だけです。」
それは勿論あり得る。だがそこまで相手に聞くわけにもいかない。
とにもかくにもやる事が多すぎるし、全部が全部後手後手に回っている。俺は頭を抱えた。
「くあー、もー、辛すぎる。」
せめて魔法が使えれば向こうを脅してやる事も出来るのだろうが、如何せん俺の魔法知識は素寒貧である。
「…申し訳ありません。こんな事に巻き込んでしまって。」
ジュゼが珍しく神妙な面持ちで謝った。全くだよ、と言いたいところだが、ここは堪える。というか真面目に答える。
「それは…もう仕方ないだろ。お前らはお前らで出来る事をした結果だから。」
俺がここに居なかったら、もし魔王を謀殺していなかったら、プランBは平然と実行に移されただろうし、もっと酷い事にもなっていたかもしれない。資料にも書いてある。『魔王様のお仕事は、邪魔者を殺す事です。どんどん反感を買うような行動をして下さい。選挙前日に行う討論会でも好き放題暴れて下さい。』と。元エレグだったら盛大に暴れていただろう。
俺じゃなくても良かっただろ、とは言いたいが、俺が来てしまった以上仕方がない。今何とか出来るのは俺しか居ないのだ。いや、俺とこいつら、か。
「だから今は今出来る事をするだけだ。」
「魔王様…。」
「おお…我輩、今初めて魔王様の事を尊敬出来そうですぞ…。」
二人が何やら尊敬の眼差しでこちらを見てきた。今初めてかよ、と文句を言いたくなったが飲み込んだ。
「よし!!まずはアレだ!!三ヶ月の間に魔法を使えるようにする!!そうすりゃ最悪如何にか出来るだろ!!なんてったって俺は最強の魔王と言われている、エレグ・ジェイント・ガーヴメンド様だからな!!」
もう半ば自棄ではあるが、俺は声高に宣言した。
「…止むを得ません。私もポケットマネーを払ってでもお手伝い致します。」
そういってジュゼは懐から財布を取り出した。財布には紙幣がたんまりと入っていた。百じゃきかない枚数である。そんなもん持ち歩くなよと言いたいが黙っておく。それでも気になる事があったのでそれだけは尋ねた。
「…それ、本当に給料だけ?」
「ノーコメントです。さて。魔法を使う練習も必要ですが、それだけでは間に合わない可能性もあります。そこで、魔王様の肉体に宿る魔力を引き出す方法として、魔王様用の武器を作ることにしましょう。」
「武器?武器を作って何が解決するんだ?」
「例えばこのタブレットの中にあるアプリケーションのように、予めどのような魔法を使うかを武器にプログラミングしておくのです。そして、武器を媒介に魔王様の肉体から魔力を取り込み発動させる。魔王様は謂わば、そうですね、元の世界で言うところのデンチという奴です。」
「人を電池扱いか。」
だがそれはいいアイデアだと思った。何せこの肉体には無駄に魔力が宿っている…らしい。実際にはどうだかしらんが、そう聞いている。物凄く強力な電池というわけだ。使わない手は無い。それに俺が魔法を覚えられるかどうかもかなり疑問であるし、不確実だ。努力する気は勿論あるが、三ヶ月という短期間でどこまで習得出来るかは未知数だ。今上がった案の方が、一定の成果は得られる。
「まあ、でもいい案だ。ありがとう。それでいこう。」
「武器でしたら、良い鍛冶屋が魔王城におりますぞ。今日はもう寝ているでしょうから、明日会いに行きましょうぞ。」
トンスケの提案に乗る事にした。俺達は翌日、魔王城のその鍛冶屋とやらに会いにいく事にし、各自別れて眠りについた。
といっても俺は、今後の不安で全く寝付けなかった。
計画実行日、即ち選挙当日まで、あと二ヶ月と二十八日。
果たして、間に合うのだろうか。
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