第六話 オレだよオレ、魔王だよ
俺はどうすべきか迷った。この魔通を取るべきか否か。頭の中で瞬間的に幾つかの可能性が駆け巡った。
まず、俺が、魔王が転生したとバレていない場合を考えてみる。この場合、何故この魔通が鳴っているのか?考えられる要因としては、この『未送信メール』が関係している事だ。急いでメールの受信日に目を通す。まだ見ていないメールも含めて、おおよそ三ヶ月毎に送信されている。そして最後の受信日は、今から三ヶ月前。定期連絡としてメールのやり取りをしていたのであれば、その連絡が元魔王から来ない事でこの魔通が掛かってきているという可能性が高くなる。まずこれが一つ目の可能性として考えられるだろうし、可能性としては一番大きいものである。
二つ目。先日竜族と狼族の諍いを止めた事で、中身の入れ替えがバレた、或いはバレかけている場合。この場合、魔通を掛けてきている時点で、完全にバレたとは少々考え辛い。希望的観測かもしれないが、疑いは掛けられていたとしても、確信を持っていたとすれば、所謂『プランB』を実行に移している可能性の方が高いように思う。もし今俺がタブレットを発見しなければ、何も気付かず三ヶ月間内政に明け暮れていただろう。その方が向こうに取っては都合が良いはずだ。それなのにわざわざ魔通を掛けてしまっては、気付く可能性を上げるだけになってしまう。魔通を掛けている以上は、最悪でも疑いを持ったので連絡してきた、というレベルと考えて然るべきだろう。
掛けてきた理由としては他にも考えられるだろうが、大きな可能性としてはこの二つになる。問題はこの魔通を取るべきか否かだが、どちらにせよ取るしか無い。しかも元魔王のフリをして、だ。
以上の思考を一回目のコールの間に完了した俺は、受話器に手を置き言った。
「今から賭けに出る。何かあったら話を合わせてくれ、いいな。」
「分かりました。それと魔王様、一人称は普段も我でした。」
「ジュゼ殿の台本は普段と変わらない喋り方でしたので、あれを思い出してくだされ。」
二人は、俺が何をしようとしているのか理解してくれたようで、電話を取った後のアドバイスをくれた。ありがたい。俺は意を決してその受話器を取った。
『も、もしもし。』
その時の俺は緊張のあまり声が上擦っていた。普段だったら自嘲していただろう。だが今は笑えない。笑う余裕等無い。
『もしもしー?エレグ様ー?魔王エレグ様ー?』
『あ、ああ。我だ。どうした。』
『あ、良かったー。連絡無かったから心配してたんですよ?』
呑気な口調が受話器越しに届いてくる。調子が狂いそうになるが、罠かもしれない。油断はしないように受け答えを続ける。
『す、すまん、少々ごたついていた。あー、あれか?メールの件か?』
『ええ、それで心配で魔通かけたんです。何かあったんですか?』
『いや、何、部下の始末に手こずっただけだ。予想以上に厄介でな。』
ジュゼが何か異議を申し立てようとしていたが、トンスケが静止した。
『なんと…。エレグ様を手こずらせるとは、中々やりますね。』
『全くだ。だがまあ所詮は雑魚よ。我の手で屠っておいた。もう邪魔はいないぞ。』
トンスケが何か異議を申し立てようとしたが、ジュゼが静止した。
『流石エレグ様!それが聞きたかった!…ところで。』
受話器越しの相手は心底嬉しそうにそう言った後、急に重々しい口調に変えた。
『連絡したのはもう一つありましてね?部下が最近、竜族の村と狼族の村でエレグ様を見かけたっていうんですよ。基本外に出ない事にしてたと思うんで、どうしたのかと思いまして。』
答え辛い事を聞いてくる。本当にバレていないのだろうか。心臓が爆発しそうになってきた。だが胸を押さえながら必死に思考を巡らせまともな回答を考える。
『あー、その件か。まず城の部下全員を処理してしまうと、流石に我の生活にも支障を来すのは分かってくれるな?』
『ええ勿論。大臣クラスだけは下手に動かれると困るから始末するって話でしたもんね。』
『あ、ああ。それで生かしておいた狼族の部下が居るわけなんだが、そいつが泣きついてくるんだ。『故郷が滅びる』『何とかして下さい』『でないと死にます』なんてな。』
『馬鹿ですねー。魔界は弱肉強食、弱いから滅ぼされるだけだってのに。』
せせら笑いが受話器越しに聞こえてくる。この魔通相手はどうも生理的に好かない相手のようであった。
『全くだな。だがそいつが、よりによって料理長だったのだ。そいつの料理が絶品でな。ここで助けないと、残り三ヶ月不味い飯を食わされることになる。それが嫌だったんでな。』
『なるほどー。まあ確かに、美味いものを食わせる相手は生かしておいても良いかもしれませんね。しかし、相手の竜族を皆殺しとかでは無く、仲裁に入ったそうじゃないですか。エルグ様にしては中々珍しいですね。慈悲深いと言いますか。』
怪しまれている。何とか取り繕わなければ。
『あー、まあ、なんだ。一度くらい魔王らしく多少の慈悲を見せてみるのも良いかと思ってな。それに相手は我が同族、多少は抵抗して楽しませてくれるかと期待したのだ。だがあの奴らと来たら、リーダー格を瞬殺したら慌てふためいて逃げていきおった。滑稽で仕方なかったぞ。』
そういって出来る限りわざとらしくない笑い声を上げてみる。すると受話器の先の人間は機嫌が良くなったように聞こえた。
『アッハッハ、いやいや失礼、そういう事でしたか。確かに、いつもエレグ様と言えば抵抗者は瞬殺でしたからね、そういう風景を見るのも初めてでしたか。どうでした?乙なものでしょう?』
『う、うむ。我と同族とは思えない程の狼狽ぶりだった。あれが見れただけで満足というものだ。』
聞いただけで吐き気がするような世界だ。
『いやー、そういう意図でしたか。失敬失敬。もしやとは思いましたが、万が一エレグ様の偽物だったり、億が一エレグ様が心変わりでもしていたら、計画の変更をしなくてはと思っていたんですよ。連絡もありませんでしたし。』
偽物、心変わり、その単語を聞く度に鼓動が激しくなってくるのが感じられる。ストレスで気持ちが悪い。口を抑えるとジュゼが背中を摩ってきた。
『ですが安心しましたよ。全く杞憂だったようで。いやいや失礼しました。』
その口調には本心からの安堵が込められているように感じた。
『わ、我を疑うとは随分偉くなったものだな。…今度あったら殺してやろうか?』
出来る限りの凄みを込めて言ってみた。
『アッハッハ、それはやめて下さい。』
流された。
『お許し下さい。計画に失敗があったら大変ですしね。ですがこれで安心しましたよ。もう邪魔者も居ないし、エレグ様が連絡くれない理由も分かった、これで私も一息つけるというものです。』
『まあお前の苦労も理解している。許そうではないか。ところで頼みがあってな。』
『はい、なんでしょう。』
ここからは今まで以上に賭けだ。一歩間違えればバレかねない。だがそれでも、情報の少ない俺たちにとっては、これを聞かないわけには行かなかった。
『本当にすまないんだが、プランBの実行時の資料を紛失してしまってな…。』
俺は出来る限り深刻そうに、心底申し訳なさそうに言った。言った瞬間、ジュゼとトンスケがギョッとした顔でこちらを見てきた。
『えー?困りますよ。』
相手の口調は多少硬化したが、疑いの色は無く、呆れた様子しか感じられなかった。
『すまん、要らないファイルと一緒に間違えて消してしまったようなのだ。悪いが、もう一度送って貰えるだろうか?』
言ってしまった。普通なら怪しまれても仕方ないが、どうだろうか。ジュゼは手を合わせて天を拝み、トンスケは音を立てないようにしながらもガタガタと顎を震わせていた。
『わっかりましたー。じゃあこの後送りますね。』
全く怪しむ様子は無かった。
『うむ、それでは頼む。では次は三ヶ月後、…という事は、当日になるかな?』
『ええ。その辺もまとめてありますので、もう一度確認しておいて下さいね。』
『ああ、すまんな。では三ヶ月後、よろしく頼むぞ。』
『はーい。では失礼しまーす。』
ガチャリという音が受話器の向こうから聞こえてきた。こちらもガチャリと受話器を置く。その瞬間、俺たち全員、ハァと息を吐き、安堵のあまり力なく地面に座り込んだ。多分、多分だが、バレずに乗り切れたと思う。断崖絶壁に張られた綱を、長い棒を持ってバランスを取りながら何とか渡りきった、そんな疲労感と達成感の両方が去来していた。だが心の中でもう一人の俺がそれを咎めた。
「いや、いやまだだ…。まだ油断は出来ない…。」
俺はそう呟くと、フラフラと立ち上がり、例のタブレットを手に取った。そう、まだだ。資料が届いて、その内容がちゃんと見られて、それでいてそのファイルが本物である、つまりバレていないと確信出来なければならない。
するとタブレットのメールアプリに通知が届いた。メールが届いたのだ。送信元は不明だったが、本文は「もう無くさないで下さい。」という一文と、例のフレーズのみ。そして添付されているファイルにはパスワードがなかったが、ウイルスチェックにも引っ掛からず、開いても普通の文書ファイル。作成日付・更新日付は今日ではなく三ヶ月前の日付。ファイル名は「プランB」。内容は流し読みする限り、人員の配置や"魔王様"の予定行動についてまとめた文書のようであった。
日付、ファイル名、内容、全てが本物である事を示していた。
俺達三人は抱き合って喜んだ。
「上手くいった!!上手くいったぞ!!」
「やりましたな魔王様!!」
「ああ流石は魔王様!!素晴らしい演技でした!!」
全員涙すら流していた。俺も今まで生きてきた中で一番嬉しかったと言っても過言では無いかもしれない。感涙に咽び泣くというのはこういう事かと実感した。
だがこれはあくまで前哨戦に過ぎない。本題は文書の方である。俺達は恐る恐るその内容に目を通し始めた。
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