第五話 金と食糧はどこへ消えた?

 私は緊張した面持ちで魔法通話機の受話器を手に掴んだ。周りには大臣一同が集結し、通話が終わり次第すぐに対応が出来るように待ち構えている。

 私は自然界の王国の一つ、イージス王国の王である。イージス王国は自然界の中で最も大きな王国であり、人口も自然も豊かな住みやすい国であると自負している。そんな私がここまで慌てているのは、ある場所から急に魔法通話、通称魔通が入ったからだ。普通の場所ではここまで驚いたり、大臣達まで呼んで対応するなどという事はない。数年間音信不通であった、魔界からの連絡だったからこそ、ここまでの大事になったのである。

 魔界とは一人の君主、魔王が支配する広大な土地である。特筆すべきは住民の凶暴さである。彼らは魔界から自然界を訪れ、突然人を襲う事があった。私が王になる前は、それによる人的・物的被害が甚大だったため、諸国連合で戦争を仕掛ける話も真面目に議論されたと聞かされている。それが取りやめになったのは、出兵直前に魔王との会談が持たれ、人員の行き来を限定するための魔法を施行する事で合意が為されたからだ。所謂「検問所魔法」である。これ以降、魔界との会談のために、「魔通」なる珍妙なカラクリを貰い、それを介して本格的な外交を行う事となった。今では自然界の被害はほぼゼロである。だが三年ほど前、新しい魔王が着任してからは、パッタリと連絡が途絶してしまった。特にこちらから呼びかける用件も無かったので、何かあったのかと思いつつも、触らぬ神に祟りなしとも言うので、そっとしておいたというのが今までの経緯である。

 それが今朝、急に鳴り出した。起こされてそう聞いた時の私の顔は何と焦燥と恐怖に包まれていたであろうか。どのような用件か全く想像もつかない。分からないという事が私に恐怖として襲いかかっていた。

 だが一国の君主として、その危機を乗り切らないわけにはいかない。私は意を決して受話器を耳元に当てた。


**********


「あーもしもし。イージス王国国王、エスカージャ様でしょうか。私、魔王エレグ・ジェイント・ガーヴメンドと申します。いえいえ、全然、待ってなどおりません。突然のお電話申し訳ございません。ところで、少々お時間よろしいでしょうか。あ、ありがとうございます。今当方では死霊族の食料を探しておりまして、つきましてはそちらの死者の死体など余っておりませんでしょうか。…え、火葬?死霊にならないように?あー、そもそも死者の尊厳のために無理?…あ、まぁ…そうですよね…。いえいえ、そちらの宗教的事情も把握しておりませんで、こちらこそ大変失礼致しました。…いえ、とんでもございません。でありましたら、こちらで対処致しますので、問題ございません。この通信に関しては、お忘れ頂ければと。はい、はい、今後とも友好的な関係を保てればと思っておりますので、どうぞよしなにお願いいたします。はい、それでは失礼致します。」


**********


「今のは聞かなかったことにしよう。」

 私は受話器を置いて、大臣全員と顔を合わせてそう言った。疲れているのかもしれない。もう一度寝ることにする。そう告げて寝室へ戻った。それを止める者は誰もいなかった。


**********


 俺は魔通を切ると、溜息を吐いた。

「ダメでしたか。」

 ジュゼが少しだけ残念そうに、それ以上にやっぱりといった感情を込めて話しかけてきた。こいつは絶対に分かっててやらせたと思う。

「そりゃそうだろう。誰が「死体下さい」ってお願いに「いいよ」って言うんだよ。あー、くそ、物は試しで電話しちまったが、これで恨まれたらどうしよう…。」

「まぁ、馬鹿かな?と思う程度で、恨みはしないでしょう。」

「誰が馬鹿だ。…やれやれ、弱ったなぁ。」

 俺は玉座で頬杖をついた。


 ジュゼの提案は、自然界の死体を貰う、という案であった。自然界の死体は、魔法を使える者でなければ、死霊族にはならない。なのでそれを食糧として仕入れるのはどうだろうというものである。だが、この世界でも埋葬の習慣はあるらしい。というかよくよく考えれば、余程の事が無い限り、死者の尊厳というものはどんな異世界でもありそうなものである。その考えに至らず、電話をしてしまう事自体がおかしかった。俺の疲れが溜まっていたのかもしれない。酷い事を聞いてしまった。断られて当然である。今度何かお歳暮でも贈ってご機嫌を取ろう。そういう習慣があるのかは知らんが。

「…そもそもよく考えると、金で普通の家畜とかを輸入すればよかったんじゃないか?」

 あんな酷い会話しなくても、普通に売ってくれるものを売ってくれと頼めば良いのではないか。ああ俺は本当にバカだ。もう一度連絡を取ろうと受話器を手に取った瞬間、ジュゼはそれを止めた。

「ダメです。」

「なんで。」

「ウチに外貨があるとでも?」

 無いの?

「…食糧も無いのに金があるわけないじゃあないですか。」

 それを聞いて俺は憤りを抑える事が出来なかった。この無能な体が!!無能な体が憎くて堪らん!!食糧!!金!!住民の幸福度維持に欠かせないものを何故こいつは簡単に消費してきたのだ!!お前は魔王だろう!!

「この体の持ち主はさぁ!!三年間も何してたんだよ!?魔王のくせに国家転覆でも謀るつもりか!!」

 俺は一通り地団駄を踏んだ後、もう一度玉座に座り頬杖をついた。

「落ち着かれましたか。」

「はぁ…。落ち着いちゃいないが、もうやる気が無くなった。」

「そう仰らず。まだチャンスはございますよ。多分。」

「そうだといいんだけどなあ。…金ねえ。焼石に水かもしれんが、とりあえずトンスケに売れそうな素材は裏で売っておくように言ってくれ。食糧にならない部分な。食糧にするのは最優先で。…とりあえず今思いつくのはそれくらいか…。ちょっと寝てくる。金の集め方考えないと。」

「承知しました。良い夢を。」

 嫌味かお前。まあいい。ジュゼも色々やってくれているのは知っている。感謝はしている。だからその付けている高そうなネックレスの金がどこから出ているのかについては聞かないことにしよう。とりあえず俺は頭を冷やして休むことにした。



 ここ数日ドタバタしてまともに目にできていなかったが、改めて魔王の自室を眺めてみると、予想以上に質素であった。勿論、普通の部屋とは違う。質の良い絨毯やカーペットは敷かれているし、机やベッドも豪華ではあるが、私物らしきものが無いという意味だ。一体何に金を使ったんだと言いたくなる。食糧もだが、元の魔王は自室に引きこもって浪費していたらしい。その、口にはしたく無いが、色々女も呼んで毎夜毎夜ワイワイやっていたとか何とか。だがこの部屋にそういった形跡は見当たらなかった。綺麗に清掃したという話も聞かないし、不意打ちで魔王を謀殺したはずなので、魔王自身が片付けたとも思えない。魔界の生活に疎いのでよくわからないが、何に国庫や食糧庫を空にする程費やしたのか、殆疑問である。

「はあ。」

 俺はベッドで眠りにつく前に、事務用の椅子に座って溜息を吐いた。そして俯く。

「ん?」

 俯くと、引き出しにタブレットが挟まっていた。急いで仕舞ったせいで閉めきれずにつっかえていた。画面が傷ついていないのが幸いだろう。だが問題はそこでは無い。これを仕舞ったのは俺では無いという点だ。俺はタブレットの電源を入れてみた。ボタン配置や使い方は元の世界と変わらないようだった。結局使い勝手は人間の形をしていればみんな同じという事だろう。ロック画面が表示された。四桁のPINコードを入力するよう求められた。これも変わらないのか、と俺は思わず深い溜息を吐いた。少なからず俺は異世界に期待を抱いていたようだ。いや、そんな事を考えている場合ではない。PINコードをメモしたりしていないだろうかと、挟まっていた引き出しを開けた。最初は何も無いように見えた。だがよく見ると、引き出しの中に隠し蓋があった。それを開けると、四桁の番号が書いてあった。

「セキュリティがなってないなあ。」

 パスコードやPINコードを設定しても、メモを取っては意味がないのだ。まあそれはいい。とりあえず入力してみると、メールの送信画面が表示されていた。


『ほぼ完了した。大臣共は気付いていない。明日には抹殺する。代理を立てるのに三ヶ月は確保出来る。その頃には』


 内容はこのようなものであった。途中で書き終える前に仕舞い込んだようだ。短文ではあるが、内容は少々不穏であった。抹殺?部下?何のことだ?何か嫌な予感がしてきた。それを下書き保存し、他にメールは無いかと探してみると、送信元不明のメールが何通か残されていた。


『システムの自力解体は不可能とのこと、了解した。プランBの実行を決定した。ついては金と食糧を送って欲しい。人員の準備を進める。』

『提供感謝している。そちらの状況はどうか。』

『魔王の評判は落ちている。人員も十分に確保出来てきている。プランBは成功に向かっている。』

『予定通り、三ヶ月後にプランBを実行する。そちらの準備は大丈夫か。大臣共に気付かれてはいないか。』


 そして全てのメールの最後に、この一言が付け加えられていた。

『Chaos is worthy of the world.』

 直訳すると、『混沌こそこの世界に相応しい』。


 不穏すぎる。というかこれはまさか、いやしかし、そんなことあるか?俺は慌てながら机の中を更に漁り始めた。すると何故か隠されていた魔通が見つかった。しかもさっきの自然界向けと同じく、どこかへの直通のようだった。それ以外にも見つかったものがあった。魔界のシステムに関する研究資料だった。魔界のシステムというのは以前聞いた、魔物か否かを判断するシステムである。選挙のシステムもそれに組み込まれている。その資料には最初の手紙と同じ筆跡のコメントが幾つか書かれていた。


『魔力を込めたが破壊不可。』

『住民による革命でシステム変更が可能?』


 ダメだろこれ。マズいだろこれ。ヤバいだろこれ。

「じ、ジュゼ!!トンスケ!!至急、否、大至急我の部屋まで来るが良い!!」

 俺は机の上にあった城内放送でジュゼとトンスケを呼んだ。この二人だけは流石に信じられる。というかこの二人も関わっていたらどうにもならん。



「どうされましたか!?」

 トンスケが慌ててやってきた。

「夜伽はお断り致しますよ。」

 ジュゼが澄ました顔で言ってきた。

「ジョークにしてはキツいぞソレ。ともかくこれを見てくれ。」

 俺は手元のタブレットを見せた。すると見る見る二人の顔が青ざめていく。ジュゼは元からだったが、更に青く青くなり、正しく真っ青である。

「こここここここここここここここここここここ!?これはなんですかな!?じょじょじょじょじょじょ冗談にしてはぶっぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ物騒すぎますぞ!?」

 トンスケが慌ててカタカタカタカタと骨を鳴らす。落ち着け。俺が書いたんじゃない。ジュゼはその事は理解しているようだったが、文面が文面だけに珍しく取り乱した様子で尋ねてきた。

「これは…え…?何これ…。どういうことですか…?」

「それを俺が聞きたくて呼んだんだ。心当たりは?」

 その問いに二人は首を横に振った。

「ございません。私も初めて見ました。これは一体…?このタブレットは、元魔王様が良く使われていたのを記憶していますが…。」

「下書きを書いたのが元エレグ様だとして、他の受信メールの送信元が誰だか分かりませんな…。しかし最後の一文は…どこかで…。」

 トンスケが考え込み、そして、「あーーーーっ!!」と叫んだ。何かを思い出したらしい。

「そのフレーズ!!辺境で動いている組織の一員が言っていたフレーズです!!」

「組織?あれか?魔界のシステムを転覆させてしまおうとか言っている?」

「ええ正しく。引っ捕らえた連中がそんな事を口走っておりました。まさか、元魔王様が…?」

「す、少なくとも、その敵組織とやらからメールを受け取っていたのは間違いないようです。…謀らずも、魔王様の言葉が的を射ていたようですね。」

 確かにさっき『魔王のくせに国家転覆でも謀るつもりか!!』と叫んだが、まさか本当に国家転覆を謀っていたとは露にも思わなかった。

「この受信メールを消せば発覚がもっと遅れたでしょうに、バカな元魔王様でしたね。…お陰で事前に察知することが出来たわけなので、そこは感謝せねばなりませんが。」

「確かにな。」

 しかし恐ろしいのは、"明日には抹殺する"の一文である。

「明日…これを書いたのがもし魔王様の転生の日だとすれば、本当にギリギリだったようですね。少々寒気がして参りました。」

 いつも寒そうだが、今この時に限っては余計に寒そうであった。結果として、この転生を悪用した謀殺は、自らの身を守る上でも大正解だったわけだ。もし少しでも時期がズレていたらどうなっていただろうか。このプランBとやらが発動されていた事は想像に難く無い。ロクな事にはなっていないだろう。二人は勿論、この魔界も、だ。



 その時、突然ジリリリリリリリというベルが鳴った。魔法通話機のベルだ。俺たちは一度顔を見合わせ、そして同時にそのベルの方を見た。それは机の上では無く、手紙があった棚の奥から鳴っていた。先程見つけた、どこかに繋がっていると思われる、専用回線の魔通が鳴り響いていた。

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