第四話 立てよう!施政方針

 我輩はトンスケ。死霊族のスケルトンの一人であり、魔王様の忠実な僕でありまする。と言ってしまうと語弊があるやもしれませぬ。我輩は魔界をより良い方向へと導いてくださる魔王様の忠実な僕でありまする。と言うのも、以前の魔王様には決してまともな統治をしておりませんでした。ですので我輩としては出来る事はしましたが、決して彼を尊敬したりはしておりませんでした、というのが正直なところであります。ジュゼ殿が持ち出した「魔王様入れ替え大作戦」に同意・協力したのもそういう理由でありました。

 一方で今の魔王様は仕えるに相応しい方のようでありまする。先日の城下町の視察以降、ご主人はこの魔界の改革を本気で考えているようでした。

「魔界の街はどれくらいあるんだ?」

 ご主人がジュゼ殿に尋ねますと、彼女は答えました。彼女はご主人が言いたい事を理解しているようで、先を読んで答えていました。我輩もそうしたいものですが、生憎と我輩スケルトンの身なれば、あまり知能が足らんのです。この体が憎い。話が逸れましたな。ジュゼ殿の返答はこのようなものでした。

「広大な国土ですので、全部で万を超えます。細かい集落も含めれば数えきれませんな。我が軍は数万人です、残念ながら全てをカバーすることは難しいですね。」

 ご主人は頭を抱えておりました。打つ手が思いつかないものか、頭を振り出しましたが、角が重いのか、すぐに止めておりました。新しい体には未だに慣れていないようです。玉座に座る時、よく翼や尻尾の置き場に困っている姿を目にします。

「軍の人間は転移魔法は使えるのか?」

 ご主人が尋ねてきたので、我輩は首を横に振りました。

「残念ながら、誰も使えません。あれは光属性、自分と他者の体を光に変える魔法。使い手はかなり限られるのですぞ。この魔界でも数は少なく、確か魔王城で使えるのは…。」

「私ですね。私だけですね。」

 ジュゼ殿がその胸に右手を置き、左手を広げ、自分を強調するように仰いました。彼女は極めて優秀なのは間違い無いのですが、たまにこういうのが出るのと、後金にがめついのが玉に瑕というやつですな。ご主人も呆れておりました。

 …何の話でしたかな、ああ軍の話でした。となると一応現状についてもご説明せねばなりますまい。我輩は口を挟みました。

「ちなみにですが、幸いな事に、現状動きのある敵はおりませんので、過剰に防衛に人員を割く必要はないと思いまする。ですが、稀に反乱分子の噂も聞きますので、軍の全てを派兵する事はお勧めしませんぞ。」

 そういうとご主人は、そこは心配しなくていい、と仰いました。どうやらご主人も全員派遣するような事は考えていないようです。我輩は目を閉じてホッとしました。目を開けると、ご主人が奇妙そうにこちらを見つめていたのですが、何かあったのでしょうか。

 敵についてもご説明申し上げました。敵と言うと想像されるのは自然界の進行やも知れませぬ。ですが自然界と魔界は、一時親交も無く、魔物達が迷惑をかける事も多かったため、不穏な空気が流れる事はありましたが、先代(これはエルグ様の前という意味ですぞ)の魔王様が自然界の王達と友好的な関係を結び、魔物の進攻を阻止する施策を取ってからは、そうした事も無くなりました。エルグ様になってからは放置状態といった感じでしたから、動きが全く無いという状況ですが、まあ悪化しているわけでも無いので、向こうから攻めてくる事はほぼ無いと思われます。

 問題は内にありまして。魔界のシステムを転覆させてしまおうなどという動きが、先代の頃から燻っていたようです。我輩がこの地位についたのはエレグ様の代からですが、引継ぎで話を聞いた次第。これはまだハッキリとした組織名や人員数等も不明なのですが、辺境等目につかないところで蠢いているという話だけはポツポツと入ってきとります。情報については随時収集しているのですが、詳細な事は分かっておりません。そういう組織がある、という事だけです。

 ともあれ危険は無いわけではありませぬ。防備は必要です、と説いたところ、ご主人は同意下さいまして、

「割くにしてもとりあえずは半分かなあ。臨時に動いてもらいたい場合も出てくるかもしれないし。災害への備えとかもあるしな。…じゃあこうしよう。」

 と言い、軍の半分を大きく二グループに分けるよう指示されました。一グループは人口の多い街から、もう一グループは人口の少ない街から、それぞれ巡回するように、と。合わせて国庫から非常食や衣服などがあれば持っていって、現地の状況次第ではあるが、配布するようにとも仰られました。

「二グループに分ける理由は?」

 ジュゼ殿の質問にご主人は答えました。

「人口の多い街だけだと、人口の少ない街の住人が不満になるだろ。なんだただの選挙対策か、なんて思われても困る。中間まではカバーしきれないが、全体を見ていますよ、という態度は見せた方がいいかと思って。」

「なるほど。私は良いと思います。」

 ジュゼ殿の意見に同感でした。いやまともに考えて下さる魔王様で本当に嬉しい限りです。我輩も骨折り甲斐があるというもの。

「我輩もですぞ。では早速準備して参ります。」

「よろしく頼む。」

 そういうと我輩は合点承知と張り切って出て行きました。


 食糧庫に行くと、倉庫番のスケルトンが何か頼りなさそうにしております。どうしたのかと尋ねると、

「あ、トンスケ様。いや、その、なんだ、何でもありません!!」

 その顔色の悪さで何でもないはないでしょう。何かあったようにしか思えませんぞ。ですが今重要なのは、ご主人の命に従う事です。

「まあ一旦置いておきましょうぞ。食糧庫の備蓄量を確認しに来たのですが、資料はございますかな?」

「…。」

 倉庫番が黙りました。

「…まさかその顔色の悪さ、備蓄量に関係しているとか?」

 我輩の質問に、彼は頷き、沈黙のまま扉を開きました。そこにはーーー。


**********


 俺が玉座でトンスケを待っていると、ジュゼが言った。

「あの、食糧に関しては、その、期待なさらずに。」

 歯切れが悪い言い方である。何か理由でもあるのか、と尋ねようとした時、トンスケが飛び込んできた。

「た、た、大変ですぞ!!食糧庫は殆ど空でした!!配れる程の量は残っておりませんぞ!?」

 俺はジュゼの方を振り向いて睨む。

「…元の魔王様が豪遊していたのはお伝えした通り。その結果、国の食糧にも手をつけ始めまして。」

「まさか…。」

「備蓄も含めてほぼ無くなりました。」

「グアーーーーーッ!!」

 俺は角に触らないように頭を抱えた。最悪の状況である。衣食住揃ってこそ普通の生活。食は特に重要で、日々の活力を得るには必要不可欠である。その重要な食が欠けているのはマズい。非常にマズい。というか俺もマズい。

「不幸中の幸いと申しますか、一応魔王城務めの分は密かに別にしておりましたので、確保できております。そこはご安心下さい。」

「安心はしたが、それでもマズいな。民が飢えてるのにこっちだけ食うのも気が引ける。食糧を確保しないとどうにもならんな…。」

 するとトンスケが、

「しからばこのトンスケ、妙案がございますぞ。」

「言うてみ。」

「派遣先に魔物が居た場合、その魔物を狩る事で食糧にするというのは如何でしょうか。」

「…魔物って食糧になるの?」

 俺の疑問点としては二つ。それって共食いにならない?というのと、死霊族への転生という魔界のシステム上、食べる前に腐るのでは?という点である。それを察したのか、トンスケが答えた。

「共食いになるのではと思われるかも知れませぬが、我ら魔界の民、その点は慣れっこですので問題ありませんぞ。」

 慣れっこだからいいのか?そういうものなのか?俺は何と言ったらいいか困って言葉を濁していると、彼は続けて説明した。

「後、死霊族も火を通せば死にますし、普通に食えますので問題ありませんぞ。」

「…腐ったりしないの?」

「腐るのは日数経過した場合ですな。清潔なゾンビはちゃんと食えます。」

 清潔とゾンビという単語が結びつかない。だが俺の常識はあくまで元の世界の常識。この世界の常識とは違うのだろう。切り替えていかなければなるまい。

「まぁ、まぁそういう事だとして、だ。しかし魔物ってのは死んだ後も魔物扱いになるのか?」

「基本的に魔物となった時点で、魔界の住民としての権利を失います。それは転生後も変わりません。そういう法律です。そうでないと、魔界がどんどん死霊族で溢れてしまいますし、魔物に堕ちてまで生き長らえたり欲望を満たそうとするものも抑止になりませんので。」

 これはジュゼの言葉である。なるほど。魔物のレッテルを張るのにはそういう理由もあるのか。

 ついでに聞いた話であるが、魔物かどうかというのは、魔界の住人全員に付与された祝福魔法が解かれているかどうかで判断するらしい。魔界に生まれ落ちると、魔界全土に構築されたシステム魔法により、「魔界の住人である」という祝福魔法が付与される。魔物になる条件、即ち、他の魔界の住人を数回以上襲うなどの条件を満たした場合に、その祝福は解かれ、魔物として認定される、という事らしい。元魔王もこの祝福は解かれていたが、どうにも強すぎて対処のしようがなかったらしい。魔物が魔王になる事を想定していなかったとの事で、システム側では対応出来なかったのだとか。例外処理が甘いな。敵とやらも元魔王に接触すれば一瞬で制圧出来たんじゃないか?と思わざるを得ない。

 ともあれ、当面の間はトンスケの提案に乗るしかないだろう。トンスケにその方針で指示を出してくれと言うと、彼は了解と言ってまた出ていった。

「はあ、前途多難ってのはこの事か。他に方法ないものかなあ。」

「それですが、もう一つ案があります。」

 ジュゼがいつもの冷徹な表情で、人差し指一本立ててこちらを向いた。

 案、ねぇ。

 俺はとりあえず聞いてみる事にした。

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