第二話 魔界ってどんなところ?

 選挙まで三ヶ月。狼族と竜族のいざこざを納めた日の午後、俺は魔界の現状について説明を受けるべく、トンスケとジュゼの三人しか居ない会議室に入った。机自体は材質が良く分からない何かで出来ている。先日の儀式部屋のように脈動し波打つ素材であった。

「それは魔界の木です。」

 不思議そうに見つめている俺に対し、ジュゼが言った。へー、これが木か。…木!?

「随分とまぁ、なんというか、物騒というか。」

「そちらの世界の木は生きておらんのですか?」

 トンスケが尋ねてきた。いや生きてはいる…と思うのだが、多分伐られて加工されるときには死んでいると思う。これは加工済というわけではないのだろうか。

「魔界の木は魔力を宿しているので、伐られた後も脈動し続けます。死霊族に属しますね。言葉を選ばずに言うと、ゾンビ机です。」

 そう聞くと途端に使いたく無くなった。ゾンビという単語を聞くと、どうしても死霊が襲ってきたりする映画が浮かんでしまう。涎とか垂らさないよなこの机?机の下を覗き込んでみたが、そういった様子は見えなかった。

「何か?」

「いや、その、ゾンビと聞くと色々思うところがあってね。」

「はあ。そちらの世界でもなんでもゾンビになっているようでしたが。鮫とか。…まあ、ご心配には及びません。夜急に襲い出したりはしませんので。魔力を宿すという点から、魔界においては最適な材料と言えます。」

 さっきの反逆者に対する扱いといい、倫理観が違うのだろうが、少々気分が悪い。生きながら使われる植物の気分とはどのようなものなのだろうか。俺の心には、改めて異世界に来たのだという実感と、これからどんな常識外れのものが出てくるのだろうという期待と戦慄とが渦を巻いていた。

「気にしてはいけません。彼らはそういうものとして生み出されましたので。」

「木だけに。」

 トンスケがさらりと言うと、ジュゼが爆笑し始めた。

「ぶっ…アハハハハハハ!!」


「…失礼しました。」

 ジュゼはしばし大笑いした後、いつもの氷のような真顔に戻しながら言った。だがその頬は赤く、白い肌とのコントラストで余計に目立って見えた。

「いや、あー、大丈夫だ。とりあえず本題に入ってくれ。」

 弄っても仕方ないし、時間が惜しい。ともかくジュゼに説明を依頼した。彼女は「わかりました」と答えると、パチン、と指を鳴らした。すると、デデーンという効果音と共に、目の前の壁に映像が映し出された。


『新参魔王様に贈る 魔界の全て』

 表紙であった。


「待てや。」

「どうされました。」

「いや何と言うか、これアレだよね?異世界転生ものだよね?それなのにこんなスライド写して大丈夫?ただのギャグ小説になってない?」

「何の話をされているのか分かりませんが、少なくとも私は真面目です。なおお金が無いのでイラストはございません。ご了承ください。」

「いやさ、なんつーかさ、元の世界で見覚えが…。」

 この魔法の世界に存在するには違和感があり、元の世界で見たような既視感があるそのデザインの画面。様はプレゼンテーション用のスライドまんまである。まさかこんなところでお目に掛かるとは思っていなかったので、何と言うべきか困っていると、俺の耳に「ジジジー」という機械が鳴る音が入ってきた。気になったので上を見上げると、元の世界で見た事のある、所謂プロジェクターがそこにはあった。どういう仕組みかは知らないが、先程の魔界の木で出来ているので、姿こそ禍々しいが、形状はどう見てもプロジェクターである。トンスケの方をみると、リモコンを持っている。どうやら単に合図でプロジェクターの電源を入れただけのようであった。絶句である。なんだこれは。

「…あの、これは。」

「そちらの世界にもございましたでしょう。プロジェクターです。」

「それは知っているわい。」

 言いたい事は分かるだろう。俺が言いたいのは、何故それがここにあるのか、という話である。

「説明しておりませんでしたね。この世界では魔法は万能ですが、面倒でもあります。魔法を使うというのは、いわば自分の体力を消耗する行為だからです。人は楽をしたがるもの。それは魔人であっても同様です。となれば、楽をするための技術が発展するのは自明の理と言えましょう。そうですね、物凄く早く走れる自転車があるからといって、自動車が不要という事にはならないでしょう?」

「はぁ、まぁ。」

「つまり。この世界では、極力魔法を使わない、あるいは簡単に使えるようにするように、魔法と同時に科学も発展したというわけです。これも、映像魔法を自動起動出来るようにするために発明された機械です。あとこれも。」

 そういって取り出したのは、元の世界でいうタブレット端末であった。魔界の木で出来ている点は、先程のプロジェクターと同じである。

「これは便利です。魔法で行う複雑な処理が予めアプリケーションとして登録されているので、簡単に実行出来ます。」

 夢が無い!!

 魔法があればあれやこれやなんでも出来ると思っていたのに、現実とはかくも厳しいものだったか。

「無論、魔法があれば極論何でも出来ます。その辺りは後程ご説明致しますが、その点だけはご安心下さい。」

「安心というか、なんというか、なぁ。」

 言葉を失うとはこの事である。少し前までは異世界に来たという期待と戦慄とが俺の中に去来していたが、今去来しているのは失望感と既視感と遣る瀬無さである。

「さて本題に入りましょう。次のスライドに移行します。」


 ジュゼが手元のタブレットを操作すると、次のスライドが表示された。魔界について、魔力についてのスライドだった。

「そもそも魔界について復習しましょう。魔界とは、広くは魔力が存在する地の事を指します。魔力は主に星の地下に存在するので、地下=魔界という考え方で問題ございません。逆に地上、魔力が存在しない世界を自然界と呼びます。」

 外が微妙に暗いと思っていたが、そういう事だったか。だが太陽らしきものはあったように思うが。

「初代魔王が作成したという人工太陽が回転しているためです。外の自然界における太陽の動きと連動するようになっています。」

 つまり一日の長さも自然界と同じというわけか。

「その通りです。」

 分かりやすいと言えば分かりやすい。

「では魔力とは何か。それは物理法則を変更する力を持った原子を指します。例えば炎の魔力は、エネルギーを与えると気温の上昇や何も無い場所に火を発生させる事が出来ます。先程愚か者を始末した際に使用したのもこの魔力です。他にも氷、風、土、光、闇、様々な魔力が存在します。原子なのに力なのか、という点はあるのですが、ここは最初に魔力を発見した方が"素晴らしい力の源"という意味合いで"魔力"と名付けたのが、今日まで引き継がれているためと言われています。余談ですがね。」

「へぇ。」

 なかなか興味深い話だ。なるほどこんなプロジェクターもどきが作られるくらいに技術が発展しているのは、魔力自体、物理法則と関わっているからかもしれない。物理法則を知るために科学技術が発達し、その技術を使って魔法を解析し、その魔法をフィードバックして技術が発展する。なるほど素晴らしいループだ。真面目に羨ましいかもしれない。街並みこそ中世ヨーロッパ風だったが、技術レベルは下手をすれば元の世界より上かもしれない。プロジェクターを見て感じた最初の失望感が、段々と薄れていくのを感じた。


「さて、次に魔界の住民についてです。魔界の住民は、主に魔力を帯びた人間、あるいは獣とその進化体で構成されています。これらを、元が人であった場合は"魔人"、元が獣だった場合は、仮に人型であったとしても"魔獣"と扱っています。例えば魔王様は人に似ていますが、元は竜族、中でも竜人種に分類される肉体ですので、魔獣として扱われます。かといって魔人と魔獣の間に特段の格差はありません。選挙権はどちらにもありますし、どちらでも魔王に立候補する事が出来ます。」

 人と獣の間での格差はないというのは中々驚きだった。魔獣は何かしら差別されていてもおかしくなさそうだが。

「知性の有無での格差はあるのは致し方ありませんが。それでも選挙権は知性の有無に関わらず全員に付与されます。」

「…それはそれで厄介だな。」

「ええ、とにかく総数が多くなります。それに知性の無い魔獣、例えばレッサーゴブリンなどは他の種族に使役されるケースがございますので、そういった方々は主人あるいは主人の支持する候補に入れる事が多くなりますので、票を誘導するのは難しくなります。」

「となると主人にアプローチすべきか。」

「主人との仲が悪い場合もございますので、一概には…。」

 その通りだろう。主人が恩恵を得られて自分に何もなければ、反感を覚えるというケースもある。結局のところはバランスが大切という事だろう。難しいものだ。まあいい、次のスライドへ行ってくれと頼むと、ジュゼは次を表示した。


「次に知っていただきたいのは、魔界の人口構成です。と言いましても、実態としては全量ではございません。といいますのも、魔界の全土の内、約六十パーセントは未開拓のためです。」

「え、そんなに?」

「はい。魔力暴走現象が邪魔で、人が住むには向かない地が未開拓のまま残されています。」

 魔力暴走現象というのは、文字通り魔力が暴走して発生する現象とのことである。魔力同士が反応しあって、その魔力が秘めている力が、誰かが行使したわけでも無いのに発動してしまう現象を指す。分かりにくいだろうか。例えば炎の魔力であれば、空中で突然火柱が立つ。氷の魔力なら、空気すら氷で固まる。雷なら、大地の裂け目から天に向かって雷が舞う。そういった無茶苦茶な事が、何の前触れも無く発動するのが、魔力暴走現象である。そのような現象が発生する場所は、探検するだけで魔力の消費が激しく、とてもではないが住むにも値しないので、未だ手付かずの状態らしい。

「ですので、今分かっている範囲の話になります。なお、選挙権は魔界に居るもの全員に付与されますので、仮にこの未開拓領域の住人であっても、投票所に到達する事が出来れば、投票は可能です。」

「ただまぁそこはあまり考えなくとも良かろうかと思います。今まで見た事ありませんからな。」

「だろうねぇ。」

 トンスケの言葉に俺は同調した。誰かが生きていたとしても、そこからわざわざ投票に来るとは思えん。大体魔王からも放置を喰らっているわけで、そんな奴の投票に行ってどうするのだ、と向こうは思っているだろう。


「本題に戻らせて頂きます。そう言うわけで、今分かっている範囲で申し上げますと、まず魔界の種族というのは大きく次のようになります。」

 そう言ってジュゼは表を見せてきた。そこには大きく次の八種族の名前が上がっていた。竜族、狼族、豚族、鬼族、鳥族、魚族、昆虫族、死霊族である。

「大凡は貴方の元居た世界にあるイメージと同じです。竜族は貴方の世界で言うところのドラゴンと言えば良いでしょう。狼族はワーウルフ等が含まれます。先程見た通り、貴方の世界にもいる狼が進化した姿です。豚族は所謂オーク等が含まれます。鬼族はゴブリン等の総称です。小柄なものから大柄なものまで多種多様です。鳥族は竜族に次いで空を制する種族です。ハルピー等が含まれます。昆虫族は文字通り昆虫から進化した種族です。人型はインセクティアと呼ばれます。魚族は海に住む生き物を総じた呼称です。人型のものはマリーネと呼ばれていますね。死霊族は特殊で、魔界では死んだ後も死霊族となって生き続けます。トンスケはこれですね。各種族の所謂スケルトン、ゾンビを総じてこう呼びます。なので死霊族が必然的に最も多い種族です。なお、死霊族が再び死を迎えると、そこから再生する事は出来ません。ですので死霊族が終点です。」

 ジュゼによると、死霊族の存在が、俺をここに呼び寄せる、というより、元魔王を俺の世界に飛ばす原因になったらしい。元魔王を謀殺しても、この世界で殺したのでは死霊族として復活してしまうからだ。これを回避するには、魔法や死霊族としての復活という様な仕組みが存在しない世界に転移させるのが手っ取り早い。だが肉体ごと転移させるのは、別世界とのリンクの形成に必要な魔力が多量過ぎて不可能。なので取った手段が、精神を切り離して精神だけを別世界の誰かと入れ替える、という手法である。これだと物理的な転移が生じない分、魔力の消費を抑えられるらしい。そこでジュゼが調査して、丁度いい別世界として発見したのが俺の元居た世界で、その時偶然死にそうだったのが俺だった、という訳だ。いい迷惑である。

 ところで先程の分類に一つ気になる事があった。殆どが陸上に住む種族のように聞こえたのだ。それをジュゼに尋ねると、彼女は肩を竦めながら言った。

「仰る通りです。より正確に申し上げると、海の生物を分類仕切れていない、というのが実情ですね。魔界にも海はあるのですが、そこから余り陸上に上がってこないので、陸上の魔獣達があまり気に留めないので研究が進んでいないのです。」

「技術は発展している割に、生物学的なところの研究はまだなのか。」

「興味を持つものが居ない、というのが大きいのかもしれません。魔界は過酷な環境です。必然的に弱肉強食の世界となりがちで、特に地方は、先程の通り小競り合いが続いています。なので、自種族の発展に直結する技術力向上には興味が持たれますが、それ以外の分野は軽く見られているのが実情です。」

 理解は出来るが、世知辛い世の中である。

「少し話が逸れましたが、ともあれ、種族に関してはこんなところです。人口については、死霊族が当然トップで、ついで魚族、昆虫族、あとは同程度といったところでしょうか。」

「なるほどねぇ。ところで支持率は?」

「調べたところゼロでした。」

 一瞬、沈黙が場を制した。それを破るように俺は口を開いた。

「…今なんつった?」

「ゼロです。誰も支持していません。」

「どの種族も?」

「どの種族も。」

 俺は椅子から崩れ落ちた。いやそこまで酷いとは思っていなかったぞ。あんまりにもあんまりすぎる。

「ここから三ヶ月でどーやって立て直せってんだよぉ。」

「そこが思いつかなかったから貴方を、ニノマエ・キヨシ様をお呼びしたのです。」

 嘘つけ。誰でも良かったくせに、こういう時だけご機嫌取りに回るのだから、食えない女である。

「その名前はもういいっていったろ。」

 俺は昔の名前は一旦捨てる事にしていた。人前でも個人的にも、この肉体の名前、エレグと呼ぶようにと二人にも指示していた。名前に愛着が無いかというとそうではないが、命より重要かと言われればそれはノーである。変に呼び分けをして、人前で間違って本名で呼ばれた場合、取り繕うのが難しくなる。それならいっそ、最初から昔の名前は使わず、今の肉体の名前を使って貰った方がいいというものである。

「ですがゼロという事は、これから上がるしか無いということ。前向きに考えましょうぞ。」

 トンスケはカラカラと笑った。まあ、悲観的になっても仕方がない。少なくとも先程の狼族はきっと支持してくれるはずだ。

「そうだな!じゃあ頑張るか!」

「ではまずは魔法の勉強からお願いします。」

 ジュゼが上手く〆ようとしたところに水をさしてきた。わかってますよ。俺は椅子から立ち上がると、練習場へと向かった。



 後日、助けた狼族からは、「何か悪いものでも食べましたか?」というメッセージとともに、胃薬が届けられた。この肉体の元持ち主、どれだけ信用されていないのだろうか。それを考えると胃がキリキリしてきたので、有り難く飲ませて貰うことにした。心の中で涙が溢れてきた。

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