第543話【異世界保健機構(AHO)8】

<<リリス視点>>

ヤビックさんからの緊急連絡のあった後、わたしはイリヤ様と一緒にスミット星にやって来ました。


ヤビックさんの報告では感染者多数とありましたが、実際に来てみると隔離施設にはふたりしか居ませんでした。


どうやら、ここからかなり離れた集落で大量の感染者が出ていると想定されるそうです。


それと、目の前のベッドに横たわる女性が、昨日、賑わう市場にいたことも判明していました。


イリヤ様が陣頭に立ち、こちらの方達に次々と指示を出して行きます。


街の消毒と感染者が通った場所を中心とした抗菌薬の配布等、以前わたしの星でこの病気が発生した時の手順をなぞるようでした。


「わたし、あの亡くなった男性の集落に行って確認してきます。」


イリヤ様の指示の元、次々に対策が取られる中で、なんとなく王都でのパンデミックは起こらずに収束しそうな予感がありましたので、わたしは黒死病の発生源と見られる集落を確認しに行くことを志願しました。


男性を発見したと言うサーミスさんが、一緒に行ってくれることになり、多くの医薬品を積んだ馬車で、幾人かの医師を連れて王都を出ました。


サーミスさん達が辿った道を逆走して、途中に感染者がいないかを慎重に確認しながら、男性の発見地点までやって来ました。


ここで足どりがわからなくなったのですが、幸いにも同行者にこの辺りを知っている方がいて、幾つかの集落に目星をつけることが出来たので、1つづつ回ってみることにしました。


そして最後の4ヶ所目に漸く彼の子供がいる集落を見つけることが出来ました。


いえ、正確にはそうかどうか、その時は分からなかったのですが、少なくともこの集落は黒死病による全滅の危機にひんしていたのです。


そこはまさに地獄絵のような光景でした。


完全防護服に身を包んだわたし達は、家々を回って行きました。


既に息絶えた者も多く、何とか息をしている者達も既に虫の息です。


しばらく進むと、一際大きな建物があります。


訪ねてみると、そこは村長の家でした。


そこにはやせ衰えた何名かの男女がおり、村長らしき方がこちらを睨みつけているのが分かりました。


「わたし達は王家からの要請で、国際連合の異世界保健機構から来た者です。


食糧や薬を提供させて頂いて構いませんか?」


わたしは優しく声を掛けて、相手の言葉を待ちます。


一緒にいたメンバーはその対応にじれったさを感じているようですが、団長としてわたしはそれを制しました。


なぜならこういった状況の場合、人は疑心暗鬼になってしまうのです。


近くにいる者が、次々と病に冒されていく。


それも黒い不気味な色を身体に残しながらです。


次は自分かも、あいつが病気を持っているかも。


疑いだせばキリがありません。


そして、その疑心暗鬼は時として無差別殺人を引き起こしてしまうのです。


幸いにもわたしの星では起こらずに済みましたが、それでも、それは起こりうる状況でしたし、他の星では多くの事例が報告されています。


ですから、ここは冷静にあちらに寄り添うことが必要なのです。


わたしは出来るだけ安心感を持ってもらうために、これまでの経緯をゆっくりとお話しさせて頂きました。


そして村長は、わたし達の治療を受け入れて下さったのです。





<<ユミル視点>>

ヤミル王女に報告したその直後、わたしは意識を失ったそうです。


あの時はかなり疲れていたし、彼の子供のことが心配で、それも心労となっていたのでしょう。


気が付けば翌日の夕刻になっていました。


身体の調子はイマイチですが、それでもだるさはかなり取れていました。


家に帰ると年の離れた弟達が、わたしの帰りを喜んでくれました。


その頃には身体の調子も良くなっていたので、弟達に「明日は市場へ連れて行ってあげる」と約束したのです。


秋の収穫時期を迎え、市場には色とりどりの沢山の商品が並んでいました。


野菜や果物なんかを沢山買い込み、屋台の串焼きを一本づつ持って、食べながら賑わう街を弟と楽しみました。


頭の片隅にはあの男性の子供のことが離れませんが、わたしひとりでどうする事も出来ず、今は自分の身体を労ることが大事と思うことにしたのです。


そしてその翌日、わたしは再び体調が悪くなり、寝込むことになりました。


ベッドの中で指先を見ると黒ずんで来たのが分かりました。


そしてわたしは自分があの男性と同じ病気であることを理解しました。


恐怖と共に強烈な睡魔が襲ってきて、わたしの意識は途絶えたのです。



わたしは周りの騒がしさに意識を取り戻します。


まだ、身体は重く、目を開けることすら難しい状況です。


再び意識が混濁し、奇跡的に命が助かったことを知ったのは3日後のことでした。

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