第507話【キャム、全権大使になる3】

<<リト・グラフ視点>>

街の外まで見送りに集まった群衆と別れて、我々は王都への道へと走り出した。


我々騎士団の馬は良く鍛えられており、重い鎧や旅も荷物も気にせず走っているが、キャム殿の馬もなかなかの駿馬であるようだ。


「キャム殿、いくら独り身の気軽さとは言え、あまりにも荷物が少ないのではないのか?」


「ああ、実は『マジックバッグ』のスキルを持っているんです。

冒険者っていうのは日々旅の中で生活してるんで、生活に必要なものはいつも持ち歩いているんですよ。」


気軽に言うが、マジックバッグのスキルなんて噂にしか聞いたことが無い。


なるほど荷物が少ないことは分かったが....


「キャム殿、度々質問して申し訳ないのだが、そんな軽装で大丈夫ですか?」


「ああ、今日は森を抜けるんで一応手甲はしていますよ。」


わたし達の鎧は騎士団の証として着ているのもあるが、当然身を守るための物でもある。


そんな普段着のような格好で、もし野盗にでも遭遇したらどうするつもりなのだろうか?


そんなことを考えながら馬は軽快に駆けていった。


この調子なら夕刻には王都に到着できそうだな。

そんなことを考えながら森の細道を駆けていると、折られた大木が道を塞いでいた。


飛び越えることも可能だろうが、倒れた木の枝が思ったよりも高く、止むを得ず馬を止めることになった。


シュッ!!!


馬を降りて大木に近付いたところで突然矢が射掛けられたのだ。


間一髪剣を抜いて目の前に飛んできた矢を弾き飛ばす。


「敵襲だ、応戦体制をとるぞ!」


部下2人をキャム殿を挟むように配置させ、次の襲撃に備える。


間もなく、矢が雨のように降り注いできた。


我々は全身を鎧に包んでいるため、多少の矢など気にすることは無いが、キャム殿はあの軽装だ。

1本の矢が致命傷になりかねない。


「キャム殿を守.....」


部下2人に守られていたはずのキャム殿がいない。


次の瞬間、「ぎゃあ、わー、ひふぇー...」と大勢の男の悲鳴が森に響き渡り、木の上から次々と武装した男達が落ちてきたのだ。


そして森に響いていた声が途絶えたと思った時には、キャム殿は何事も無かったかのように馬に跨っていたのだった。


「野盗の始末はどうしましょうか?」


何事も無かったかのようにこちらに微笑みを向けるその男にわたしは戦慄を覚えた。


これがS級冒険者なのかと。


わたし達が野盗13人を縛り上げている間、キャム殿は大木の前まで行き、そこで2度3度剣を振るう。


すると、あれほどの大木が細切れになり薪のようなサイズに切り揃えられていた。


それを数本単位に纏めて、マジックバッグから出した紐でくくると、マジックバッグにどんどん収納していく。


そして野盗を全て縛り終える頃には道を塞いでいた大木は跡形も無く消えていた。


わたしは部下のひとりを先行させ、近くに代官所へ向かわせた。


これでしばらく後に代官所の者達が野盗を回収してくれるだろう。


「ちょっと時間を喰ってしまいましたな。少し急ぎましょう。」


キャム殿の言葉に頷き、馬を王都に向けて掛けさせた。




王都の城壁に到着し、団長に使いを出す。陛下への帰還報告と謁見許可を得るためだ。


「キャム殿、本日は我が家に泊まって頂こうと思っている。」


「リト殿、恐れ入る。よろしくお願いします。」


この時間からでは陛下への謁見は明日の午後以降となるであろう。今日はキャム殿をじっくり観察させて頂くことにしよう。


父上に事情を説明し、執事にキャム殿を客間へと案内させる。


旅の疲れを落とすため入浴を勧め、夕食までの時間を部屋で寛いで頂くことにした。


そして夕食の時刻となり、食堂のテーブルに我が家の一同が着席している中、執事に案内されキャム殿が現れた。


「「まあ!」」


母上と妹から感嘆の声が上がる。王都の高級仕立て屋でも見ないような高級感のあるスエード生地の略礼服に、見たことも無い革の靴、しっかりと整髪油で固めた髪型と端正で精悍な顔つき、そして見事に引き締まった体躯。


どれをとっても貴公子、いや伝説に伝わる勇者殿と言っても過言でない姿だったのだ。


「キャム様、こちらへ。」


我々に優雅に一礼したキャム殿は慣れた足取りで執事に案内されて席に着く。


「キャムと申します。本日は晩餐にお招きいただき有難うございます。」


「うむ、当家の当主ジャンだ。大したおもてなしも出来ぬが、楽しんで欲しい。」


父上の挨拶を終え、わたしの方から家族を紹介していく。


その度にキャム殿は会釈をしながら微笑みを返していた。


「キャム殿、S級冒険者ともなれば、このような貴族との交流も多いのですか?」


食事が始まり、デザートを待つ間、わたしはキャム殿に質問した。


「ええ、そうですね。私自身はあまり得意ではないのですが、各国の王家や上級貴族様の依頼で仕事をすることも多々ありますので、いつの間にかこういった雰囲気にも慣れてしまったようです。」


「キャム様、その素晴らしいお召し物はいかなる生地を使われているのでしょうか?」


「これは10年程前にダンジョン内で斃したレッドドラゴンの腹部の裏革を良くなめしたものを使用しています。


まだドラゴンの魔力を帯びているようで自動で温度調整が出来るため、重宝しているのです。」


妹の質問にも微笑みながら優雅に答えるキャム殿。


まあ、返答の中にドラゴンを斃したって文言が入っている時点でおかしいのだが。

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